第118話 魔の瞳に怪盗の魂を捉えて


 屋敷の正面玄関から悠々と侵入してみせたアルセーナ。

 その見事な手際を見せつけられて、観客は大々的な歓声を上げて彼女を褒めちぎっていた。

 しかし、それも束の間、ヴェルジネアの街の熱気は騎士たちとの対決の間と比べて大きく鎮静化してしまった――それはある意味必然だった。

 なにせ舞台が建物の中に移ってしまえば、彼らには【怪盗淑女ファントレス】の活躍を直接見ることが出来なくなってしまうのだから。


「あーっ、見えなくなっちまった……」

「これじゃどうなってるのか分からないよ……」


 それはラストが連れてきた子供たち、アズロとローザも同様だった。胸躍る二人の騎士との駆け引きにいつの間にか握っていた拳を弛緩させて、彼らは落ち込んだ様子を見せる。

 眼下の人々はこの暇もまた【怪盗淑女ファントレス】の観戦における醍醐味だと言ったように、屋敷の内部でどのような駆け引きが行われているのかを予想しては、それを話の種にして楽しんでいるようだ。

 しかし、これまでにアルセーナの活躍を直接目にしたことの無い二人には自分たちで想像を膨らませるのはまだ難しいようだ。

 つまらなそうに頬を膨らませる子供たちのために、ラストは一肌脱ごうと話しかけた。


「――仕方ないな。それなら僕が、アルセーナの中での活躍を教えてあげるよ」

「お兄さんが? でも見えないのに、どうやってアルセーナのことが分かるの?」

「ふふっ、僕のこの瞳は特別性でね。たとえそこにどんな邪魔者があろうと見通すことが出来るんだ。もちろん、あの金色の壁の向こうの怪盗だって見えてるよ」


 自信ありげに胸を張るラストに、アズロは打って変わってわくわくとした目を向けた。

 だがローザは彼の言うことを完全に信じることは出来ないようで、そこそこの信頼があってもなお、胡散臭いものを見るような態度をラストに向けた。

 彼女はラストが魔力を、その源たる魂を見通せることを知らない。

 建造物を見透かして、魂のある生物だけを捉える――魔力のないローザには、魔力を纏うラストの瞳が映し出す視界を想像できないのも当然だ。


「えー……いくら私たちを抱えて壁を登れるお兄さんでも、それは出来ないと思うな。壁の向こうなんて、どうやっても見れないよね?」

「嘘じゃないさ。それなら試しに、その眼鏡でよーく見ていてごらん。今から怪盗の現れる場所を教えてあげるからさ。――二階の左から七つ目のおっきな窓を見てごらん。階段を駆け上がったアルセーナが、あと五秒後に見えるからさ。四、三……」

「わわっ! どこ!?」


 彼の言葉を信じ切っていたアズロは、慌てて屋敷の方を凝視して窓の数を数え始める。

 半信半疑の表情を露わにしながらも、ローザもまた物は試しと視線を元に戻してラストの言った窓を探しだす。


「二……」

「あ、あれだっ!」

「あそこだよね? でも、本当に……?」

「一」


 二人の子供たちは、なんとかラストの秒読みが終わるより先に彼の示した窓を見つけ出した。

 彼らが声を上げ、ラストが最後の一秒を数えると同時に――、


「ほら、来るよ」


 その言葉と同時に、廊下を疾走するアルセーナの姿が一瞬だけ窓を横切った。


「本当だ! 本当に見えたよ!」

「うっそぉ……なんで? まさか本当に見えてたの?」


 再び怪盗の姿を目に捉えることが出来て素直にはしゃぐアズロに対し、ローザは背後に控えていたラストへとばっと振り返った。

 その彼女の眼には、まったく変わらない笑みを浮かべるラストの顔が映る。


「ね、言っただろ? だから怪盗の実況は任せておいて。僕が君たちの目になって、アルセーナの活躍を話してあげる。良い子にしていた君たちにだけ、特別だよ? あ、次は三階へ行くみたいだ。一番左の階段かな? それを上に登ってるね」

「――あっ、本当に三階に来た! 凄い凄い、お兄さんの言う通りだ!」


 すっかり元通りに怪盗に夢中になったアズロが、窓の中に途切れ途切れに映るアルセーナを見て興奮したように握った拳を小さく振る。

 それとは真逆に、ローザは怪盗ではなくラストへと視線を向けたままだ。


「……ねえ、お兄さんって何者? 凄い人だってのは分かってたけど、こんなことまで出来るなんて……」


 怪盗よりもラストの正体が気になってしまったらしい少女の問いかけに、ラストはいったんヴェルジネアの屋敷から目を外して彼女と視線を交わす。


「僕が何者かって? 君たちの知っての通り、オーレリーお姉さんの騎士さ。ただ、君たちには見えない不思議なものがちょっとだけ見える、ね」

「……その不思議なものってなんなの?」

「さて、なんだって良いんじゃないかな? それよりも、今はアルセーナの活躍を見ようよ。僕のことはまた今度にでも聞けるし、今は今夜しか見れない彼女に注目した方が良いんじゃないかな?」

「……うん。でも、誤魔化されないから」


 そう言いつつも怪盗への興味が失せたわけではないようで、彼女はせっかく手に入れた権利を無駄にしないべくアルセーナへと目を戻した。

 その視線の先では、廊下の真ん中で少なくない騎士に囲まれる彼女の姿があった。


「おっと、いつの間にかアルセーナは前と後ろから六人の騎士に囲まれてるね。さっきよりも四人も多いけれど、うまく切り抜けられるかな?」

「六人!? でもきっと大丈夫に決まってる、アルセーナなら騎士が何人来たって問題ないさ! 頑張れ、アルセーナ!」

「負けないで、アルセーナっ。騎士になんて倒されちゃ駄目っ」


 騎士たちを前に足を止めたアルセーナを力づけようと、子供たちが小さく声援を送る。

 それを微笑ましく見つめながら、ラストはふと視線の先に佇む女怪盗の思惑が気になった。

 ――彼の見立てでは、ヴェルジネア家の宝物庫は屋敷の地下に存在する。

 彼の目に映る、動く魔力の塊――生命の証である魂がその証拠だった。

 広い屋敷の中に数多く分布する人魂の中には、魔力を発現できるだけの強い力を秘めたものが、怪盗を含めて七つ・・存在していた。

 その中からラストが注目していたのは、地下に構えたまま動きを見せない二つの男性だ。彼らはなにかを守っているかのようにその場所から一歩も動こうとしない。更に、その後ろにはいくつもの魔力の輝き――恐らくは魔道具の気配らしきものが見える。故に、恐らく地中に秘されたかの部屋こそが宝物庫であるとラストは推測していた。

 貴族たちはそこで怪盗を待ち伏せて、やってきたところを自慢の魔法で討伐する魂胆なのだろう。


「……それはまだ分かるから良いんだけど、問題は怪盗アルセーナの方なんだよね」


 しかし、怪盗は迷うことなく上階を目指している。

 彼女がヴェルジネア家の屋敷を狙うのはこれが初めてではない。

 もちろん屋敷の宝物の置き場所も分かっているはずなのに、そちらには目をくれる様子を見せない。


「何のために上を目指してるんだろう? 宝物庫を攻略するのに必要なのかな。それとも、お宝以外のなにかしらの目的があるんだろうか……?」


 神秘的な琥珀の瞳に見えているであろう、彼女だけのヴェルジネア家を攻略する糸口。

 それを解するべく、ラストは思考の海に自らを浸らせると同時に怪盗の一挙一動に意識を集中させる。

 ――その魂は、辛く厳しい海原を渡る風のように荒く輝いている。

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