第111話 食事の誘い


 この孤児院の秘密と、そこに懸けるオーレリーの並々ならぬ想い。

 それらを直接彼女の口から聞いたラストは、複雑な思いを抱きながら彼女を見つめていた。

 彼女の持つ真面目な貴族としての義務感を称賛したい反面、一人で全てを背負い込もうとする強すぎる責任感を止めたくもある。簡単にまとめ切ることの出来ない感情を胸に抱えながら、ラストは少女の手を握る。

 ――しかし、そうして辛い沈黙を守っていたのも束の間。

 腹を空かせるあまりに教会の逆側から突撃してきた子供たちによって、二人の間を満たしていた静寂は一瞬のうちに取り壊されてしまったのだった。


「ねぇお姉さん、お腹空いたよー! そろそろお昼にしよー?」

「そこのお兄さん、誰? もしかしてアズが言ってた、騎士を倒したって人?」

「でも見た目は弱っちそうだぜ? 筋肉もないし。本当に本当か分からないぜ?」

「あーっ、お姉ちゃんと手握ってるー!」


 普段自分たちの世話をしてくれる養母代わりのオーレリーの傍にいる、謎の男性。

 先ほどの話の過程で身体の距離を近づけていた二人は、端から見れば親密そうな男女の関係に見えなくもない。そんな大人っぽい雰囲気を漂わせる彼らに興味津々の子供たちは、怒濤のように質問を投げかける。

 そのあまりに無邪気な元気さに、彼女は曇らせていた顔にいつもの笑みを取り戻した。


「ふふっ。申し訳ありませんね、騒がしくて」

「別に気にならないよ。子供たちは騒ぐのが仕事だからね。ここで全員にじっと無言で見つめられたら、それこそそっちの方が恐ろしくて仕方がないよ」

「確かに、それもそうですね。……ですが、このままでは彼らも離してくれなさそうですね。どうですかラスト君、せっかくですしこちらでお昼を食べていかれませんか?」


 彼らに先ほどの話の中身を勘づかれないように、二人は視線で話題を逸らすことに頷いた。

 冗談のつもりで適当な例えを持ち出した彼に微笑みながら、オーレリーは一つの提案を出した。

 その思いがけない誘いに、ラストは周囲を見やりながら怪訝そうにする。


「良いのかい? 嬉しいお話だけれど、ここにそこまでの余裕があるようには見えないけれど」


 ラストは例を示すように、先ほど干したばかりの洗濯物に目を向ける。

 どれも丁寧に扱われてはいるものの、擦り切れそうになっているものが大半だ。繕ってある所がない服は一つも見当たらず、中には二つか三つの服を無理やり縫い合わせて一つにしたようなものもある。

 きっと生活費も彼女が自分の仕事から捻出しているに違いなく、そこに負担をかけるのは彼にとって好ましいことではなかった。

 だが、彼女は首を振ってラストの心配を否定した。


「ご心配なさらずとも、昨年は菜園が豊作でしたから。その時の収穫がまだ少し残っているので、一食分を提供するくらいの余裕はありますわ。……ねぇ、皆さん。彼は今日、アズロ君たちを襲った騎士から救ってくださったの。そのお返しにお食事を差し上げたいのだけれど、良いかしら?」

「もちろん良いぜ! 本当にあいつらを倒したってんなら、飯くらいやっても文句はねえ!」

「お礼はしなきゃ、だもんね! 大切な家族を助けてもらったんだし、良いと思う!」


 オーレリーの確認に、子供たちの多くも諸手を上げて賛成した。

 きらきらと輝く彼らの目をぶつけられては、もはやラストに断わることなんて出来やしなかった。


「それに、今日の料理担当は私ですわ。きちんとシュルマさんたちの味を覚えたこの舌で勉強しましたから、それなりのものを提供できる自信はありますわよ?」


 そこまで言われて拒否しては、それこそ今度は彼が騎士たちのようなろくでなしになってしまう。


「……分かったよ。せっかくだし、ありがたくご馳走にならせてもらうよ」

「それでは、先に中へ行って待っていてくださいな。今準備いたしますから……皆さん、彼を案内して差し上げてくださいな。それから、食器の方も準備しておいてくださいね」

「はーい! ほら、こっちだぜ!」

「早く行きましょう、お兄さん! 私もうお腹ぺこぺこなの!」


 集団の中から飛び出してきた見覚えのある二人、アズロとローザがラストの手を取って教会の中へと引っ張っていく。

 その二人についていくと同時に周囲から投げかけられる質問に適当に答えながら、ラストは今から食べることになる食事について考える。

 オーレリーの料理の手並みについては、もちろん気になっている。

 本来ならば貴族の女性が自ら料理をするなんて有り得ない話だ。菓子程度ならばともかく、主菜を自分の手で調理するなんて彼は聞いたことが無い。古い記憶を探ってみても、彼の周囲で料理していた女性というのは精々が野営練習の際の幼馴染くらいだろうか。

 ――なお、その幼馴染の料理は蜥蜴や鼠と言った小動物の丸焼きである。それを料理と呼ぶかどうかは、彼女の名誉のためにもラストは深く追求することはしなかった。

 それはともかく、オーレリーのことだから、自分なりに勉強して誰かに提供するのに恥ずかしくない味には仕上げているに違いない。

 その努力の成果をこうして味わえる機会が巡ってきたのは、ラストにとって中々に心揺さぶられることだった。

 それに加えてもう一つ、彼女の手料理を食べれば心の距離を縮めることも出来るのではないかとラストは考えていた。

 同じ釜の飯を食うというように、共に食事をすることは仲を深めることに繋がる。その飯を仲を深めたい相手が頑張って作ったというのならばなおさらだ。


「……楽しみだな」

「おう、姉ちゃんの飯は絶品だぜ!」

「私たちのと同じはずなのに、いつもより絶対に美味しいのよ!」


 ラストの独り言を聞いた子どもたちの称賛に期待を高めながら、ラストは廃教会に足を踏み入れるのだった。


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