第103話 誘いと拒否


 ラストは拝借した長剣の感触を確かめるように握り直す。

 予算第一で揃えられたような、数打ちの鋳造製の鉄剣だ。それも随分と手抜きのもののようで、重心が右端に偏っている。加えて手入れが甘いおかげで刃には錆が浮いており、滑り止めの革帯もほどけかけている。


「――だけど、これくらいなら」


 剣としては落第点でも、棍棒として扱うには十分な強度だ。

 目前の荒くれ者たちに灸をすえるには、ちょうど良いとラストは頷く。


「おらっ! 守れるものなら守ってみろおっ!」


 最初に腕を弾かれた騎士が、威勢の良い声を上げながらラストへ突進する。

 しかし、その勢いは見た目だけで、先の交錯でしてやられたことを気にしているのか腰が引けている。


「言われなくとも」


 ラストは突っ込んでくる騎士に対し、逆に前へと踏み出た。

 普通ならば回避か防御といった受けの体勢を取るはずの相手が攻めようとしたことに、騎士の身体が一瞬、このまま踏み込んでいいのかと速度を落としてしまう。

 巨体の持つ突進の慣性力、それに制動をかけようとすれば負荷がかかって動きが鈍る。

 その隙を見逃さず、ラストは鋭く走らせた剣の面を狙いすました男の手首へと叩きつけた。


「ぐあっ!?」


 ただ腕を殴られた時と違い、指の筋肉と連動する手首に衝撃が走った男は反射的に剣を取り落としてしまった。

 ラストはそれを地面に落ちるより先に足で蹴り上げ、すかさず左手で持ち手をつかみ取った。


「二刀流だと、ふざけやがって! そんなのまともに扱えるはずがない、こけおどしだ!」


 剣を失くした騎士の両側から、新たな騎士が今度は二人、ラストたちを囲っていた輪の中から飛び出てくる。

 どうやら多対一と口にしていながらも、実際は少人数を連続して相手どる形式になるようだ。

 確かに、十人で切りかかれば同士討ちの可能性も高くなる。集団戦闘に慣れないのならばそちらを選ぶ方が、効率的なのだが――。

 力だけで強引に攻めることに慣れ過ぎた騎士たちの動きには、連携もなにもない。


「っ、邪魔をするなこの野郎!」

「なにを、手柄は俺のものだ!」


 むしろ主によって目の前に吊るされた甘いご褒美につられて、互いに獲物へのとどめを奪い合うありさまだ。

 彼らは交互に剣を振りかざしてラストに攻めよるが、それは意志疎通の結果ではなく、どちらが先にラストを切るかの競争の結果でしかない。

 見た目だけは豪快な騎士たちの連撃を手にした双剣でいなしながら、ラストは考える。

 ――これでは、彼ら騎士たちにとっても一対一の方が都合が良かったかもしれないな、と。

 とはいえ、戦いの最中にそんな忠告をしてやるつもりもなく、彼は勝手に見せつけられた隙を容赦なく穿つ。


「そっちの剣の方が使いやすそうだね。貸して貰っても良いかな?」

「うおっ!? なにをしやがる!」


 突然、ラストは右手に握っていた剣を相手目掛けて投げつけた。

 向かってきた剣の鋭い切っ先を咄嗟に騎士が弾き落とすが、なまくらと言えど鉄の塊だ。重量のある鉄剣を弾くには相応の力が必要となる。

 投擲を防ぎ切った男だが、代償として胸元が大きく開いてしまった。

 もう一方の騎士の攻撃を左で防ぎながら、ラストはそこへ目掛けて拳を強く固め――


「せいっ」


 騎士の纏う重厚な鎧の上から叩きつけられた魔力纏う拳が、騎士の身体を真っ向から吹き飛ばした。


「な――こっち来るなんてっ、うわあっ!?」


 鎧ごと殴り飛ばされた騎士の身体が、周囲で様子を窺っていた仲間を一人巻き込んで倒れる。

 まさか鎧を纏った筋肉質の男が宙に浮いて飛んでくるとは思わなかったようで、受け止めた側が悲鳴を上げながら、二人はもつれるように倒れてしまった。

 そのぶつかった衝撃で手から離れた剣が、くるくると弧を描いてラストの下へやってくる。


「よし、こっちの方がまだちゃんとしてる。放っておいて悪かったね、次は君だ」


 彼はその剣を空いていた右手に逆手に収めて重心を確かめつつ、適当にいなしていた左側の男へと向き直る。

 左の剣で攻撃を受け止め、いなすと同時に相手の顔を右の剣で横から強襲する。


「ごっ!?」


 親指と人差し指の隙間から見えていた剣の柄ががこんと男の顎を打ち抜いて、脳震盪になった相手はばたりと倒れた。

 これで四人――残るは六人だ。


「ひゃはっ、こいつのことを忘れてないかあっ!」


 ラストが少しばかり【炎鎖フラマ・カテナ】に縛られていたお仕置き対象から離れていたのを良いことに、次の騎士がそちらへと襲い掛かる。


「もちろんこっちも相手してみろ! ははっ、これならどっちかしか守れないだろう!」

「っ、手柄を取られてたまるか! ここだ、俺たちも行くぞ!」


 ラストと保護対象を前後から挟撃しようとする騎士たちに続いて、残りの四人もここへ来て一気に彼らを囲んでいた輪を崩して駆けだしてくる。

 だが、ラストは慌てることなく、その対処順を見極めて身体を動かした。

 いついかなる時も剣筋を崩してはならない――エスの教えに忠実に動くように、彼は的確に剣を振るう。

 まずは抵抗手段のない、彼が背後に守っている騎士だ。


「――しゃがむんだ!」


 振り向いたラストは魔力を纏わせた刃で、守っていた男性を縛る炎の鎖を素早く断ち切った。

 魔力の見えない男たちにとっては、ただの剣で魔法を切ったようにしか見えず、動揺が広がる。


「嘘だろっ!?」

「あいつ、お嬢様の魔法を斬った!?」


 それと同じく、解放されてもあんぐりと口を開けるばかりですぐに彼の言う通りにしゃがめなかった男性の身体を半ば無理やりに押し倒してから、ラストは順に騎士たちを迎撃する。

 両手に握った双剣に浸透させた魔力がその構成を補強し、今この一時だけ、鉄すら切り裂く魔剣へと進化を遂げる。


「――はっ!」


 宙に筆を走らせるような滑らかな剣閃で、ラストが保護対象の背後から迫っていた騎士の握っていた剣の根元を捉える。

 そうして刃の接触した部位から、ずぷりと相手の刀身にラストの切っ先が食い込んでいく。

 まるで柔らかい肉を切り裂くのと変わらない手つきで、彼は騎士の剣を真っ二つに断ち切った。


「なっ!?」


 剣を斬られた光景に、一人目の騎士が驚く。

 既に脅威度を格段に落としたそちらを放っておいて、ラストは残る騎士たちにも同様の剣を叩き込んでいく。

 彼の左右から迫ってきていた四人の剣を、逆手と順手に持った両手の剣を巧みに使って一筆書きに切断する。


「――なんで剣が斬れるんだ!?」

「剣だけじゃない、魔法まで斬って――まさかこいつ、皇国の出身か!?」

「いや、僕は生まれは君たちと同じユースティティアだよ。育ちはちょっとだけ特殊だけど、ね!」


 そうしてラストは再び振り返り、剣を上段から振り下ろし始めていた背後の一人を迎え撃つ。

 上段から切りかかってきた剣を斬ったところで、離れた剣はそのまま頭の上から落ちてくる。

 故にラストは最後に男たちの心にとどめを刺す一手として、両手に握っていた剣をぽいっと捨ててしまった。


「っ!?」


 驚愕に目を見開く騎士。

 しかし彼はなんら疑うことなく、好都合と顔を凶悪に歪めて剣に込める力を強めた。


「はっはぁ、死ねえ!」


 ラストはその剛剣に、真っ向から対抗した――その額で。

 ――ごぉんっ!

 およそ肉を打ったとは思えない音が、静寂に満ちていた平民街の通りに鐘のように響いた。


「……化け物だろ、こいつ……」


 信じられないような目でラストを見る、最後の騎士。

 彼の視線の先では、血を一つも流さずに正面にラストの姿があった。

 そして、他の騎士の例に漏れず、彼の剣はぶつかったところから折れていた。


「騎士法第三条。騎士の剣は悪を即座に断ち、善を永遠に護るものであれ。――僕が悪ではなかったから、君の剣では斬れなかったんじゃないかな?」


 ――なんてね、とラストは心の中で嘯く。

 彼は単に、額の一点に集中させた魔力で騎士の剣を受けきっただけだった。


「っ、ふざけるな! そんな馬鹿なことが――」

「君たちのやろうとしていたことよりは、真面目なことさ。これで少しは悔い改めてくれればいいんだけど……どうする? まだかかってくるというなら、相手するけど」


 二つの剣を刃こぼれ一つなく構えるラストとは真逆に、騎士たちは剣を失っている。

 剣を持っていてもどうこうできなかった相手に、今度は素手で挑もうとしたところで返り討ちになることは目に見えていた。


「……そっか。それじゃあ、一応保険をかけさせてもらうよ」


 ラストを睨みつけてはいるものの、彼らは動き出そうとはしない。

 それを戦意喪失とみて、彼はこれまでと同じように【戒罰血釘カズィクル】の縛りを騎士たちの肉体に打ち込んだ。

 騎士たちには見えていないの魔法陣が、彼らの足元にそれぞれ小さく展開される。


「よし、っと。悪かったね、急に押し倒して」


 ラストは先ほど無理にしゃがませてしまった騎士の手を取って、立ち上がらせる。


「す、すまん……」


 少々口調が堅めの騎士は、おぼつかない足取りで立ち上がった。


「気にしないで良いよ。――さて、そっちのご自慢の騎士はもう倒しちゃったけどどうしようか?」


 馬車に備え付けられた窓から一連の様子を見ていたヴェルジネアを名乗る女性に、ラストは語り掛けた。

 最初は最低限の礼儀として敬語をつけていたものの、もはやその必要もないと改めて見せつけられ、彼は遠慮なく普段の言葉づかいで話しかけた。

 ――刹那。


「いや、まだ残っているぞ!」


 視線を馬車の中へ向けたラストの後ろから、先ほど助けられた騎士が剣を振りかぶる。

 いつの間にか拾っていた、無事だった剣の一つが風を切ってラストへと襲い掛かろうとして、


「あがっ!? ぐっ、づぅあっ!?」


 突如その全身を突き刺す激痛に、剣を取り落として倒れ伏した。

 ラストはもちろん、彼に対しても【戒罰血釘カズィクル】を執行するのを忘れていなかった。

 膝を崩して関節を襲う痛みに悶える騎士を見ながら、ラストは呆れるように目を細めた。


「……まさか、助けられてすぐにその恩を裏切られるとは思ってなかったよ。そんなにご褒美とやらは魅力的なのかな?」

「う、ぐっ……ごぁっ……」

「まあ、もう二度と君たちがそのご褒美とやらを手に入れることはないだろうけど。これに懲りて改心した生活を送らなきゃ、もう本当にどうしようもなくなるよ」


 最後にそう忠告を残して、ラストは改めて彼らの主へと振り返った。

 馬車のガラス窓から見える分厚い白化粧の隙間から覗く表情は、失望よりもむしろ、にちゃりと気味の悪い歓喜に満ちていた。


「――素晴らしい。素晴らしいわ、ラストとやら」


 彼女は声を震わせながら、その手に持った扇子でとんとんと窓を叩く。

 その視線はもはや醜態を晒した騎士たちではなく、ラストただ一人に注がれていた。


「もっとこちらへ近寄って、その顔をお見せなさい。おほほほっ、なんて可愛らしい……その上、強さも申し分ないなんて。良いわ、あたくしに仕えるに値する騎士だと認めて差し上げましょう」

「……なんだって?」

「お父様にはあたくしから口添えしてあげましょう。感謝なさい、ラスト。そしてその分、あたくしに忠義を尽くすのです」

「……」


 ラストの向ける冷たい目にも構わず、彼女はつらつらと話し続ける。

 まるで、彼が彼女の意志にそのまま従うことを当たり前だと思っているかのように。

 あまりの傲慢さに、ラストはオーレリーの憂うこの街の闇の一端を垣間見た。

 ――なんでも自分の思い通りに出来るのが当然で、その結果他者がどうなろうと構わない。

 それが頂点に立つ領主の一族の道理としてまかり通っているのだから、自然と街の空気も乾いた刺々しいものに変貌していくのだ。


「さあ、膝をつくのです。頭を垂れよ、ラスト。お前はこれからあたくしの騎士として、あたくしだけに従いなさい。そして、このヴェルジネアの栄光を汚す盗人――あの気に食わない女狐を、あたくしの目前に引きずり出してくるのです!」


 そうして騎士の誓いを強制しようとする彼女の言葉には、崇高さの欠片もない。

 誓いの儀式の持つ意味を欠片も知らないような下劣な響きだ。

 騎士は己の主が導く神聖な示しに同調し、それを叶えるためならば命を賭けたとて惜しむことはない――その忠誠心は騎士の心に自ら見出されるもので、決して他者に押し付けられるようなものではない。

 オーレリーと似たような声で、彼女とまったく真逆のことを平然と言い放つ。

 それが我慢できなくて、ラストは一顧だにせず彼女の当然をはねのけた。


「お断りだよ」


 そうはっきりと告げたラストに、彼女はきょとんと眼をしばたかせる。


「……なんですって?」

「その申し出を受けるつもりはないよ。僕は、君の騎士になんてなるつもりはない」


 もう一度言い直したラストの言葉を今度は理解したのか、彼女はぷるぷると頬を怒りに震わせる。

 それに呼応して、ゆらゆらと魔力が彼女の周囲に陽炎のように揺らめき出す。


「あたくしはヴェルジネアよ。あたくしの言葉に逆らうなんて、お前、いったいどういうつもり?」

「今言った通りだよ。その傲慢な言葉づかい、清廉さとは真逆の堕落を形にしたような外見。どこをとっても君には忠誠の欠片一つも抱く気にはなれないよ――僕の想いは、君のような人間に囚われるほど安くはない!」


 啖呵を切ったラストは、恥じることなく堂々と彼女の前に立つ。

 彼の無礼な態度に、彼女は身の程を知らない平民に罰を下すべくその青き血を滾らせる。


「ふざけたことを。その口を閉じるが良い! 炎よ、我が――」


 その怒りがラストに向けられようとしたその時、他に動く者のいないはずの通りに新たな声が響く。


「なにをしているのですか、お姉さま!」

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