第81話 感謝とけじめ


 ラストとルーク、レイが三人だけで慎ましくも賑やかな宴を開いていると、そこに新たな足音が近づいてきた。


「なんじゃ、こんなところにおったのか」

「んあ? ロイさんこそ、なんだってまたこんなとこに」


 暗闇の中から姿を現したのは、村人たちのところにいるはずの村長ロイだった。

 村の中央で宴の音頭を取っていたはずの彼がこうして一人で彼らの下にやってきたことに、、ルークが不思議そうに片眉を上げる。

 だが、そんな彼をロイは呆れるように軽く睨みつけた。


「なんだってもなにも、おぬしを探しに来たんじゃ。宴の主役が中心におらんでどうする。連中はお前を持て囃したくて騒いどるし、子供たちも熊殺しの話を聞きとうてうずうずしとるわ。はよ行って役目を果たしてこんか」

「はん、嫌なこった。オラがやったことなんて大したこっちゃねぇ。ほとんどラストが組み立てた筋書きに乗ったってだけだってな。そんなんで褒められたかぁねぇ」

「それは帰ってきた時に聞いたとも。それでも実際に仕留めたのはお前さんじゃろ。ええからほら、さっさと行くんじゃ」


 ぐいぐいとロイに腕を引っ張られ、仕方なしにルークはしぶしぶ立ち上がった。

 ここまで強く促されては断るのも難しく、彼は嫌な顔をしながらも、ラストたちに背を向けて村の中央へと視線を寄せた。


「……オラの仕事ってのは狩ることで、ぺらぺら話したり持て囃されっことじゃねぇんだけどなぁ」

「なにをいうか。あんなものを狩って村全体を騒がせたんじゃ、言い訳せんで最後まで責任を取れい!」

「しゃあねぇな、分かったよっと」


 ついにロイに叱られて、ルークは重い足取りをしながらも村人の輪の中へ向かっていった。

 その先で主役の登場に歓声が上がる中、空いた一席にロイが腰を下ろした。

 彼は炎越しに、改めてラストへと向き直る。そのただならない様子に、レイがなにかを察して気まずそうに腰を上げようとする。


「なによ、お爺ちゃんラストとなにか話すつもりなの? それならあたしも席を外した方が良いかしら」

「いや、レイ。お前は構わん。そこに座って話を聞いておれ」


 うっすらと炎に照らされて顔に影を作ったロイが、ラストに深刻そうな顔で向き合う。

 そこに刻まれた幾本もの皺により深い影が浮かび上がり、重苦しい雰囲気が漂い出す。

 どのような話が始まるのかと覚悟して待つラストとレイの前で、ロイが意を決したようにがばりと勢いよく頭を下げた。


「さて、ラスト君。まずは初めに感謝をさせとくれ。この死にゆくしかなかった村に活気を取り戻してくれたこと、いくら頭を下げても足りんじゃろうがな」


 頭を下げたまま自嘲するロイに、ラストはぶんぶんと首を振った。


「そんなことをされてもっ。僕はただ、部外者でも皆さんに受け入れてもらえるようにと出来ることを精いっぱい頑張っただけで……」

「これは村の人間はもちろんのこと、並大抵の人間には出来んことじゃ。君にとってはたったそれだけでも、ワシらにとっては奇跡も同然の出来事だった。どうか、謙遜せずに受け取ってくれんかの」


 そこまで言われれば、彼も断ることが出来なかった。


「分かりました。では、その感謝を受け入れさせていただきます」

「すまん、ありがとうの。せめてこれくらいはさせてもらわなければ、ワシの気が済まんくての」


 ロイはしばらくの間、そのまま無言で頭を下げ続けていた。

 肉の焼ける音が静かに響く中、彼は延々と感謝の印を伝え続ける。

 やがて、これはいつまで受け取り続ければいいのだろうか――そんな疑問がラストの胸中に湧き上がってきた頃、ロイが体勢を変えないままに再び口を開いた。


「それで、一つ聞きたいのだが。君はそろそろ、この村を出ていくつもりなんじゃろう?」

「……っ!」


 その突然の問いかけに、レイが目を見開く。

 彼女は忘れていたのだ――ラストといることがあまりに楽しくて、それが当初の予定期間を超えてしまったことで、この村の生活の一部として当然のように考えつつあったせいで。

 だが、彼はあくまでも遠い夢を目指す旅人だ。いずれ別れが訪れるということを彼女は受け入れていたはずなのに、無意識の内に記憶の隅に封じ込めていた。

 それを思い出して悲しそうな顔をする彼女に軽く頭を下げ、ラストは頷いた。


「はい。ルークも狩人として働けるようになってくれましたから、そろそろお暇する頃合いかと思っていました。村人の皆さんにお別れを告げて、二日か三日後には次に出発しようかなと」


 ルークの壊れた弓の修繕もしなければならず、魔族シェラタンの残した骸などの後片付けも残っている。

 しかし、それらを終えれば彼はすぐさま出立するつもりだった。


「じゃろうな。それで、これまでずっと先送りにしておったことを片付けておきたい。……積もりに積もった、魔物の代金の清算のことじゃ」


 平べったい地面を目と鼻の先に近づけながら、ロイはよりいっそう頭を深く下げて、言い切った。


これ以上・・・・誤魔化すのも礼を失するがゆえに、最初から白状させてもらおう――本当に申し訳ないが、支払いは出来ん。お主の働きに報いるだけの金子は、そもそもこの村には存在せんのだ」

「なっ、なに言ってるのよお爺ちゃん!?」


 あまりに理不尽で礼を失するロイの言葉に、レイが驚く。

 だが、彼は今の言葉を引っ込めることもなく、申し訳なさそうにその理由を説明する。


「もとより度重なる重税とこれまでの魔物の襲撃によって、金はなかったんじゃ。それ故に、君がなにも言わんことを良いことにこれまで働いてもろうてきた。本当に、すまなんだっ……」


 更に深く頭を下げ、ロイは己の額を地面にこすりつける。


「……いえ。もとより僕は、村にいさせてもらう対価として魔物の討伐をさせていただくつもりでしたから。既に十分な報酬は貰っていたつもりだったので、別にそんなことは構わないのですが」


 ラストからしてみれば、ロイの告白は大したことではなかった。

 彼としては見知らぬ旅人を出迎えて、一時的な家まで与えてくれた分、十分に心遣いは受け取っていたつもりだった。その上でお金までせしめることは、おこがましいとさえ思っていた。


「それに、この村が困窮していることは初日の宴で伺っていましたから。そんな所からお金を無理にいただくわけにはいかないでしょう」

「それでも……ワシは、君がそう思ってくれていることを心の奥で信じておった。心優しいラスト君のことだから、真心を込めて謝れば結局は許してくれるだろうと。君の真面目さに付け込んで、甘えておった……すまぬ。ワシは本当に、醜い大人じゃ」


 そうして懺悔するように己の罪を告白するロイの肩に、ラストがそっと手を添える。


「それもまた、村人を守るためには苦渋の決断だったんですよね」

「そうじゃ……村の長としては、たとえ騙すことになろうと、取らねばならぬ判断だったのじゃ……」

「ならばなおのこと、お金を請求するつもりにはなりませんよ。……もしあなたが僕が許すのを良いことに自分の懐だけを肥え太らせようとしていたのならともかく、誰かを守ろうとしていたのならば責めることは出来ませんよ。後悔と謝罪は受け取りましたから、もう頭を上げてください。いつまでもそうしていられる方が、逆に辛いので」


 そう言うラストだが、ロイは頑なに頭を上げようとしない。

 彼が困ったように視線でレイに助けを求めても、彼女もまた祖父と同じような声の調子で呟いた。


「……それでも、やっぱり駄目よ。全部は払えなくても、何かしらは返さなきゃね」

「うむ。どうか、ワシに最低限のけじめをつけさせてくれんだろうか。村人の生活を差し出すことは出来んが、せめてなにか代わりに差し上げられるものならばなんでも差し出そう。この老骨の命一つで済むならば、好きに甚振ってくれて構わん」


 もちろんラストには、そのような憂さ晴らしをするつもりは微塵もない。

 とはいえ他に良さそうな案も思いつかず、彼は本当に困り果ててしまった。


「んーと、そう言われてもですね。正直に言って、欲しいものなんて特になにもないのですが……」

「ま、でしょうね。こんな村にあるもんじゃあんたにとっては物足りないでしょうし。ラストの持ってないもので、お爺ちゃんなら持っているものなんて……あ、そうだ。ねぇ、今後はどこへ行くつもりなの?」


 代わりとして良い案を思いついたレイが、ラストに問う。


「え?」

「この辺りのことについて、あんたは慣れたとはいえまだまだ知らないことが多いでしょ? だったら、そこになにか役に立てそうなものがあるかも。この辺りのことなら、お爺ちゃん結構詳しいんだから」

「なるほどね。それなら、これからスピカ村の近くの大きな街に一度立ち寄って、そこから王都を目指そうと思ってるんだ。あそこには、英雄学院があるからね」


 特に隠す理由もなく、ラストは今後の予定を二人に伝えた。  

 彼の目的は、王都にあるブレイブス家直下の戦士育成学校だった。

 英雄学院と呼ばれているものの、実際には知識を持った優秀な兵士や騎士を輩出するための軍学校だ。それでも、代々の【英雄】となる者が必ずそこの卒業生であり、その名が完全な偽りであるわけでもない。

 ――【英雄】とは自分で名乗る称号ではなく、人々から支持を受けて初めて認められるものだ。

 【英雄】の出身校ともなれば、必ず人々の期待の目が集中する。そこに在籍することが【英雄】となる近道であるために、ちょうど入学が許される年齢になったということもあって、彼はそこに入学しようと考えていた。


「ふむ。それならば、身元を保証する書類はどうじゃろうか。そう言えば村に入る時は色々あって結局確認せなんだが、身分証のようなものは持ち合わせておるか?」

「いえ。あいにくとそう言ったものは……」


 そのロイの思い付きに、ラストは首を振った。

 身ぐるみをまるっと剝がされて追放された彼が、そのようなものを所持しているはずもない。


「ならば、これが良かろうて。身元が分かるのと分からないのでは、この先の信用に大きく関わるだろうからの。特に、ここの近くの街と言えば恐らくは領主のいる街を通ることになるじゃろうが、しかしあそこは身分証明がないと高い通行料を取られるのでな。以前忘れていったときに払えるはずもない値段を吹っかけられて、泣く泣く村まで戻ってきたのを思い出すわい」

「そうだったんですか!? ……いえ、無茶苦茶な重税を課すような領主ならそういうものですか。そう仰っていただけるのでしたら、是非ともお願いします。手持ちのお金もないので、そんなものを求められても支払えませんから」

「うむ。それくらいならばお安い御用じゃ。喜んで書かせてもらおうぞ。そうさな、二日後までには仕上げておこう。そうと決まれば今から準備せねばな。……最後に改めて、本当にすまなんだな、ラスト君」

「いえ、こちらこそ。本当にお世話になりましたから」


 そう言ってそそくさと立ち上がり、立ち去り際にも何度も頭を下げながら、ロイは夜の闇の向こう側へと消えていった。

 遠くから聞こえる村人たちの騒ぎようからして、ルークも当面戻って来れなさそうだ。

 期せずして最後に残ることになったラストとレイが、気まずそうに顔を見合わせる。

 静かに揺らめく焚火を挟んで向かい合った二人は、互いに何を言い出すべきか迷って視線でちらちらと相手の様子を窺う。

 そんなやり取りを繰り返す二人をよそに、宴の夜は更に更けていく。

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