第70話 幼馴染というものの強さ
ルークが魔物狩りの鍛錬を開始して、五日が経過した。
とうに当初の滞在予定を越えていたラストだが、それでも彼は村に居続けてルークの世話を焼いている。
時折不満そうな顔を見せるものの、彼はそれでもきちんとラストと共に森の中で魔物狩りの技を何とか身につけようと藻掻いている。その姿を見れば、途中で投げ出すことなど出来ようはずもない。
そうして今日も、彼らは朝食を終えると同時に支度を完了させてスピカ村を出発していた。
麦畑のあぜ道を抜けて森へと向かう最中、ぐっぐっと肩の筋肉をほぐしながらルークがぼやく。
「んがっ……ふぁーあ、身体が痛ぇ」
「疲れが取れていないのかい?」
小さく欠伸を漏らした彼に、ラストは心配そうに尋ねた。
「休みが足りねぇってわけじゃねぇさ、てめぇに帰ったらすぐ寝るよう言われてっかんな。ただ、久々に使ったとこがピキピキって突っ張ってよぅ、うまく寝らんねぇんだ」
「筋肉痛か。確かに狩猟と農業じゃ使う筋肉も異なるから、当たり前か……分かったよ、それじゃあ森に入る前に軽く魔力で按摩を施そうか。循環経絡の改善で、痛みは大分和らぐから」
「そうかい。よぅ分からんが効くってんなら頼むわ……げっ」
調子が悪いなら普通は休みを挟むのだろうが、ラストにはその道理は通用しなかった。
すぐに改善策を出したあたり、今日も彼はルークを鍛えることに余念がないようだ。
その鍛錬中毒染みた発想に異論を挟むことなく素直に受け入れていることから、彼もまたラスト色に染まりつつあるようだ。
それを少し遅れてから自覚して、ルークは衝撃に肩を落とすのだった。
強くなるのはともかく、さすがに倒錯的な修験者の如きあり方まで真似するつもりはなかった。
「どうしたんだい、変な声を出して」
「んでもねぇ。っと、そろそろ森だぁな。んならここらでやってくれねぇか。森ん中じゃいつ魔物が来っか分かんねぇからなぁ、いざというときに備えとこうってすると身体がどうしたって強張っちまわぁ」
「さすがに按摩中にまでやれとは言わないさ。その間の魔物くらいは僕がなんとかするよ」
「マジか? ……いや、それでもやっぱ落ち着かねぇ。外でにしてくれや」
「君がそうしたいのなら、そうするけれど。別にどこだって効果には変わらないし。――でも、その前に」
さっと近づいた正面の森に目を向けたラストに、ルークは身体をびくりとさせる。
まさか、またこの何かをしようとしたところで魔物がやってきたのかと彼は危惧する。まだ按摩が始まっていない以上、これは己の担当にさせられるのではないかと顔を顰めた。
「うげ、まさか魔物かよ、こんな浅ぇとこに? てめぇが来てからは畑まで来る奴らの話はとんと聞かんくなったってのに」
「違うよ。……ほら、出てきてくれないかな。早くしないとルークが矢を射かけちゃうよ?」
文句を言いつつもルークは既に魔弓に矢をつがえていた。
滑らかな臨戦態勢への移行に感心しながらも、ラストは今はまだその時ではないと彼の手を抑える。
そうして半ば脅しをかけるように近くの木の向こうにいる気配へと声をかけると、がさりとその忠告を受けた相手が動きを見せる。
「……あたしがいるって、よく分かったわね。もう少し近づいたら驚かそうって思ってたのに。それも魔法なの?」
「レイちゃん!? なしてまたここに……」
肩を竦めながら姿を現したのは、本来ならば村にいるはずのレイだった。
「魔法じゃなくても分かるさ。僕たちが通ってきた道に新しい足跡があって、それがそこの木の裏で止まってるんだからね。誰かがいるって事実は明白だよね?」
「あら、それなら今度からはそれもきちんと消してからにしましょっか」
くすくすと楽しそうに笑う自由気ままな様子の彼女に、ルークが目を細めながら詰め寄った。
「こん森はまだ危険だってのに、なんでまた一人で来てんだべさ!」
「ラストがあれだけ狩ったんだから、村に近い所には魔物なんてもういないわよ。そこまで奥に行く気はなかったしね」
「んなわけあるか、森ん中はまだまだ危険じゃ! 奥の魔物だっていつこっち来るか分からん、もし怪我でもしたらどうするつもりだったんだべさ!?」
「はいはい、悪かったわよ。でももう問題ないわ。だって、ここからはあんたたちが一緒だもの」
そんなレイの思わぬ提案に、ルークはぎょっとした目で叫ぶ。
「一緒って、まさかオラたちの狩りについてくっつもりか!?」
「そうよ! ラストがいれば魔物だって平気だし、あんただって魔物を倒せるようになったんでしょ? だったら問題なんてないじゃない」
そう言いつつも、じろりとレイが疑わし気な眼で詰め寄ったルークを見る。
「それともなに? ホントは魔物倒せないのかしら?」
「あ? なんだってんだべ、んな嘘わざわざつくわきゃねぇだろ」
挑発的な彼女の言葉を怪訝に思いながらも、ルークは首を振って否定する。
だが、レイはそれを素直に信用するつもりがないようだ。彼女はルークの目にまっすぐ自分の目をぶつけて、真意を口にした。
「そうね。こんな嘘つく必要なんてないわ。……でも正直、あんたが魔物を本当に倒せるようになって口で言われても半信半疑なのよ。もしそれが本当なら、これまで魔物に襲われたらただ耐えるしかなかった村のあり方も大きく変わることになるわ。だから、あたしはそれを直接この目で確かめに来たのよ。言葉だけじゃなくて、あんたがちゃんと魔物を倒せるのかをね」
「だからって……っ! んならわざわざレイちゃんじゃなくても良がったろうが! そもそもオラたちぁんなこと誰っからも聞いてねぇぞ! ロイさんからも、お前のおっとさんからも! また思いつきで誰にも言わずに来たんじゃないんか!?」
「うぐっ! ……べ、別に良いじゃない! そんなのわざわざ言わなくたって、必要ないじゃない!」
「んなわけあるか、こないだこいつを連れてきたときだって皆がどれだけ心配したと――」
「はいはい、いったん落ち着こうか」
このままではまたラストが村を訪れた時のように、延々と二人だけで言い争い続けることが目に見えている。
そんなことをしている時間がもったいなくて、ラストは彼らの間に身体を割り込ませた。
そして、レイの方へ振り向いてその卵のような綺麗な額をぴしりと指で弾いた。
「あうっ、なにするのよ!」
「今回はルークの方が正しいからだよ、レイ。君が事実を確認したいのは分かったけれど、本当に誰にも言ってないのかい? 僕たちは今日一日ずっと森にいるつもりだし、このまま着いてくるつもりならそのまま君も森にいることになるわけだけれど……そうなったら、ルークの言う通り皆が心配すると思うよ。ザニアさんだって、君が仕事から抜けたら困るだろうし」
「うっ……」
思わぬラストからの援護射撃にレイがたじろぐ。
だが、この程度で引くようならばそもそも、朝早くからラストとルークの先回りをして森で待ち伏せするような真似はしない。
宥めようとするラストの言葉に彼女は、若干目を逸らしながらも言い訳がましく口を開く。
「……あたしがいなくなるのっていつものことだもの。きっと後で怒られるだろうけど、謝れば許してくれるわよ」
「んなわきゃねぇだろ……良いからさっさと村ん戻れって。ただでさえ忙しいんじゃから、人手が足りんくなると困っちまうだべさ」
「ふん、獲物を増やして皆をてんてこまいにさせてるとうの本人が言っても説得力ないわよ」
「なんだとぅ?」
「なによっ?」
売り言葉に買い言葉と、再びいがみ合い始めた二人にラストは嘆息する。
この調子では断ったところで後でこっそりとついて来られかねない。
無論それでも彼にとっては些事に過ぎないのだが、これはあくまでもルークの訓練だ。村の仲間が傷つくかもしれない状況では、レイの様子に一喜一憂して実力を発揮できない可能性がある。
それくらいならばと、彼は仲良く睨み合う二人を見据えて一つの提案を出した。
「このままだとらちが明かないな。仕方ない、そこまで言うのなら着いてきても良いよ」
「おい!」
「やった、ありがとラスト! 太っ腹ぁ!」
責めようとするルークの声に被せて顔をぱっと明るくするレイ。
だが、ラストは釘を刺すのを忘れない。
「でも、その前にきちんとザニアさんに一言言ってきてくれ。大切な娘が長時間いなくなったら不安になると思うから。もちろん、君のお父さんだってそうだし」
「えー……ラスト君のケチ」
「なんとでも言ってくれ、それが嫌なら、どうしても着いてくるのを認めることは出来ないよ。いったん君を村に連れ戻して、簀巻きにしてザニアさんの前に置いておくことになるけれど。それに比べたら、素直に話して許可を取ってきた方が良いと思うけどね」
「そこまでする?」
「君の安全とルークの安心のためなら、多少恨まれてもやるよ」
「……分かったわよ。それなら今話してくるから、待っててよね。絶対、先に森に行かないでよ!」
条件付きとはいえ認めてくれたのならばと、レイはばたばたと服の裾を翻して村の方へ駆けていった。
そのなんとも元気な様子を眺めながら、ルークが肩を落とす。
「ったく、結局こうなんのか……ホントに昔っから変わんねぇなぁ、少しもよぅ」
「良いじゃないか。どうせここで按摩するのに少しかかるんだからね。さ、レイが戻ってくる前にそっちを済ませてしまおう。触れなきゃどうしようも出来ないし、ひとまずその辺りに座ってくれるかな」
納得できないといった表情で地面に腰を下ろしたルークの上着を脱がし、ラストは後ろからその素肌に手を当てて患部である肩に魔力を流していく。
想像するのは、細くほどけた糸のような魔力の触手。それを皮膚組織の隙間からじんわりと浸透させて、回復の途中だった筋組織周囲の新陳代謝を促進させていく。
通常の切り傷などの治療とは違う初めての施術を受けて、ルークは思わず弛んだ声を漏らした。
「くっ……おおぅっ。なんつーか、こそばゆいってか……ぽかぽかとして気持ちえぇなぁ」
「回復が早まって熱を発してるからね。壊れた筋肉が治りつつある証さ。……それで、彼女は前からこんなにお転婆だったのかい? 魔物が出てからも何度も一人で森に出入りしていたようだったけれど」
施術中の雑談に、ラストはレイの話題を選んで持ちかけた。
ルークも先ほどの彼女の様子には思うところがあったようで、ぽろぽろと言葉をこぼしていく。
「……そうだべ。行動的っつーか、お転婆っつうか。ままごとよりもオラたちに着いてきてやんちゃすっことが多かったべ。鬼ごっこして木ん上行って、降りられんくなっておっ父に下ろしてもらうこともあったさぁ」
「ふふっ、それはまた随分と可愛げがあるね」
「そうさな。やっかましいけどその分可愛くてよぅ。いっつもオラたちの後ろを着いてきてたのが、いつんまにかレイちゃんがどっか行くのにこっちが引っ張りまわされるようになって、そいでもオラたちゃあそれが嫌いじゃなかったくて……って、なんでもねぇ!」
「ははっ、随分と関係の良い幼馴染だったんだね。羨ましいよ」
「うるせぇっ!」
つい余計なことまで口にしてしまったと顔を赤くして後ろを睨むルークに、ラストは喧嘩するほど仲が良いとはこのことかと微笑ましいものを見る目をしていた。
それがなおさら気恥ずかしさをかきたてて殴ろうとするも、彼は器用に回避するのでルークは諦めてぶすっとした顔で前を向きなおした。
「今んは忘れろっ。……んで、てめぇにゃいなかったのか?」
「なにがさ」
「レイちゃんみてぇな幼馴染だよ。まさか年の近ぇ誰とも会わなかったってこたぁねぇだろ。オラも話したんだ、そっちも少しは話せや」
「僕の幼馴染かい? ……そうだね。いた、と言えばいたのかな」
「なんではっきりしねぇんだよ。幼馴染がいるかいないかってだけだってのに」
「君達みたいな関係とは少し違うからね。僕の場合、彼らは一緒に遊ぶというよりも競い合う相手だったから。特段仲が良いわけでもなかったしね」
ラストの幼馴染といえば、記憶をブレイブス家にいたころにまで遡らなければならない。
来る日も来る日も勉強もしくは鍛錬漬けの日々で、彼がよく顔を合わせていた同年代と言えば一緒になって訓練する者たちに他ならない――すなわち、同じブレイブスの親戚たちだ。
誰もが【英雄】の血を引く期待の星であり、たった一つしか用意されていない次の【英雄】の座を目指してしのぎを削り合う競争相手たちだ。
それを周囲の大人たちは勝手に比較して囃し立てるものだから、仲が良くなるはずもない。
子どもたちは親の期待に応えようとするあまり、自然と他の相手を敵視するようになる。
「口を開けば自分がどれだけ凄いかってのをひけらかすばかりでね。この間はこんな立派なことをした、出来るようになったとかばかりで、自分が相手より上かどうかを確かめ合うだけの会話をするのがほとんどさ。これが君たちのような互いを想いやる幼馴染と同じだとは思いたくないかな」
「……お、おぅ」
乾いた笑顔で過去を語るラストに、ルークは不用意に地雷を踏んだことを悟る。
――どうしてこうも、ラストの過去にはろくでもない思い出ばかりがあるのだろうか。親に捨てられたことといい周囲と険悪だったことといい、話していて憂鬱になることばかりだ。
朝から嫌な話を聞かされて気分が重くなるが、ふとラストの声が明るさを取り戻す。
「……ただ、それでも一人だけなら良い関係を築けてた子がいたかな」
良さそうな方向へ懐かしむ素振りを見せた彼に、この暗くなった空気を一掃しようとルークは突っ込む。
「ほーん。で、そいつは男か女か?」
「女の子だよ。珍しい黒髪が魅力的な、ね。確か彼女の母親が極東の出身で、その影響が濃く出てたんだったと思う。今思えば、レイによく似てやんちゃな子だったよ。なにせ会うたびに剣で斬りかかってきたからね」
訂正。こちらもやはり、ルークからしてみれば十分異常な思い出だった。
だが、ラストはそれを嬉しそうに語る。そうなれば、ルークとしても気になってしまう。
「まあ、おめぇにゃお似合いの幼馴染だろうなぁ」
「うん……うん? それって褒めてられてるのかな?」
「褒めてる褒めてる。だからさっさと続きを話せや」
「あー、そうだね……ちょっと危なっかしいけれど、強さを追い求めることにはあの家で誰よりも真摯に向き合っててね。誕生日に贈り物をすれば綺麗な笑顔でお礼も言ってくれたし、あの子と鍛錬してる時が一番厳しかったけど、楽しかったなぁ」
口を開けば嫌らしい噂話だったり格がどうのこうのと騒ぐ他の連中より、ラストの記憶の彼女はとにかく剣一本で全てを語りたがる傾向にあった。
今思えば当然のように殺しにかかってくるのは十分異常なような気もするが、それでも悪くない関係性を築けていたのは間違いなかった。
ラストが彼女と剣を交える際には、他の余計なことをなにも考えずに済んだ。ただ互いに相手だけを剣越しに見据えて、強くなることに明け暮れることが出来た。
なんの気兼ねもなく【英雄】を目指せていたあの時間だけは、彼の過去の中でもかけがえのないものの一つだったと彼は振り返る。
「とはいえ、顔を合わせなくて今年で七年だからね。それに両親も僕のことは死んだって言ってるだろうし、もう僕のことなんて覚えていないんじゃないかな」
外聞を気にするライズやフィオナが【
他の親戚との競争の最中でとうに死んだ者に固執する理由もない。
きっとラストのことなんて何一つ覚えていやしないだろう、と彼は寂しげな声で呟いた。
ラストも英雄を目指している以上、いつかは顔を合わせることになる。
その時には実質初対面ということになるだろうと、彼は遠い目をする。
「……あめぇな」
「え?」
だが、ルークはそうは思わなかったようだ。
「もしレイちゃんが死んだって言われてもよぅ、オラぁちゃんとした証拠を見るまで信じやしねぇ。てめぇが今ここにいるってこたぁ、死体がねぇんだろ? だからよ、多分そいつだっておめぇを覚えてるさ。仲良かったんだろ? だったら今もどこかで生きてるかもって信じてるんじゃねぇのか」
ルーク自身、彼の父親が魔物に殺されたのを、その死体を見るまでは夢だと信じていた。
だからこそ、ラストの言う幼馴染もまた同じような気持ちじゃないのかと推測する。
実感の篭った励ましの言葉を受けて、ラストは思わず破顔した。
「……そうだったら、良いかもね」
「きっとそうさ。てめぇはまた旅すんだろ? だったらひょっこり顔を合わせることもあるかもしんねぇ。そん時になにを話すかくらいは考えといた方が良いんじゃねぇの。しばらく顔を合わせてなかったからっつって、その分殺しあわなきゃなんなくなったりしてな」
ルークは適当に言っただけなのだが、ラストにはその光景が嘘とは思えなくて、変わらないであろう幼馴染の様子に笑顔をこぼした。
「あははっ。もしそうだったら、そうだね。彼女が納得してくれるまで付き合わないとね。心配させた分、僕はちゃんと生きてるんだってことを実感させてあげないと」
きっと彼女は――ハルカ・ブレイブスは恐ろしいほどの剣幕で歓喜の殺意を叩きつけてくるに違いない。三日三晩、いやそれ以上の時間をかけてもまだ彼女の怒りは収まらないかもしれない。
しかし、もしそうなったとしたら。
彼女はそれだけ、ラストのことを大事に信じ続けていたということになる。
その光景を想像すると、空しい過去に落ち込みつつあった心が嬉しさに温かくなった。
「ありがとうルーク。君のおかげで、あの頃にも楽しかった思い出があったんだって思い出せたよ」
「はっ、こっちだって散々世話んなってからな。こんくれぇ大したこっちゃねぇ。単に後ろで暗い雰囲気されんのが嫌だったってだけなんだ、気にすんなや」
「そんなこと言わないでよ、本当に嬉しいんだから。……さて、それならなおさら、彼女のためにも僕も頑張らないと。ハルカは剣の天才だったからね。あれからさらに強くなってるだろうし、どんな風に成長してるか確かめるのも楽しみになってきたよ。……今度は周りに被害が出ないように、全力で戦えそうな場所もあらかじめ選定しておいた方が良さそうかな?」
「お、おぅ。そうかい……村の周りだけは止めてくれや」
悲しんでいたラストが持ち直したのは良かったが、それはそれとして世界に新たな危険を招いてしまったような気がするルーク。
だが、その背中を押してしまった以上止めることも出来なくて、彼は最低限の注意だけしてこれ以上考えないようにするのだった。
「やっぱり戦うなら平野が一番かな……ユーリ平原? それともプラヴァス盆地……いや、あの辺りは皇国との戦場になってたはずだから……誰もいない場所、となるとゾンギ谷か、ディカイオ火山……アラダエ砂漠も良さそうだね」
「……」
せめてその選択肢の中に自身の村の近くが出ないことを願いながら、ルークは目を閉じてラストの按摩の快感に意識を委ねる。
どこが犠牲になるのか戦々恐々としていると、たったっと誰かが駆けてくる音が聞こえた。
「ただいま! ねぇ、なにか話してたの? なんかラストが楽しそうなんだけど」
「あ、お帰りレイ。別に大したことじゃないさ。それで、ザニアさんはなんだって?」
「後でちゃんと働くなら良いって言ってくれたわ! それよりも、秘密なんてずるいわよ! 教えなさいルーク!」
「別に、こいつの幼馴染ん話聞いてただけだべ。レイちゃんとおんなじ、お転婆娘だとよ」
「は? 誰がお転婆ですって!? 違うわよね、ラスト!」
詰め寄るレイに、ラストはとっさに嘘をつくことも出来ずに苦笑いで誤魔化した。
「あはは。さ、それじゃあ準備も整ったことだし出かけようか」
「待ちなさい、誤魔化すなんて許さないわよ!」
憤慨するレイとそれを笑って受け流すラストをよそに、ルークは上着を着こみ直した。
逃げるように一足先に森へ入ったラストに続いて、ルークもさくりと足を踏み入れる。
「うっし。んじゃ今日も頑張っかね」
「ええい、後で絶対問い詰めてやるんだからー!」
そして、せっかく許可を取ってきたのに置いてきぼりになるわけにも行かず、最後にレイも森に飛び込むのだった。
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