第64話 憧憬
「とりあえず座ろうか。立ったままじゃ話しにくいしね」
「……ふん」
暗闇の中、腰を下ろして隣に座るよう促したラストを一瞥して、ルークはあえて気に入らない彼の真正面にあぐらをかいた。
冷たい地面がひやりと尻を撫でるが、それに構わずルークはラストに相対する。
その険悪な雰囲気は昼間と何も変わらない。だが、それでも話を聞こうとしてくれるだけ少しは距離が縮んだように見える。
どうしてルークがそうなったのかは分からないまでも、ラストはそれが嬉しかった。
「なにがしたいのか、だったよね。端的に言えば、僕は【英雄】になりたいんだ」
「……本気で言ってんのか?」
あまりに短すぎる冗談のような言葉に、ルークは目を丸くしてラストの正気を疑った。
しかし彼は躊躇うことなく、間髪入れずに頷きを返して肯定した。
「嘘を言ってどうするのさ。信じるか信じないかは君に任せるけど、僕はそれを目指して頑張ってる」
「……そうかよ。ま、おめぇみてぇな強ぇ奴なら英雄にだって、なんにだってなれっぺ。魔物も倒せて、魔法も使えて……オラみてぇな雑魚にゃあ無理な、夢物語だ」
ルークは肩を竦めながら、真剣な相手の瞳から逃げるように空を見上げる。
ラストの言っていることは、あの遠くに輝く星を掴みたいと言っているのと同じことだと彼は思った。そんな馬鹿げた夢を追うとぬかしたラストに、彼はそれに見合うような適当な反応を返した。
だが、それでも言葉が返ってくるのはルークに対話の意思があるということだ。
この機会に自分のことを出来る限り知ってもらおうと、ラストは半ばひとりごとのように己の境遇を打ち明ける。
「……別に、僕だって最初から強かったわけじゃないさ」
「あ?」
「魔法が使えると言っても、少ない魔力をなんとかやりくりしてる身でね。底辺の魔法使いよりも更に少ないし、彼らからしてみれば君らとなんら変わりないほどの、麦粒一つ分にしか見えない量さ。それで家を追い出されて、僕は父親に魔獣のひしめく森に捨てられた。七歳の時だよ」
その実感の篭った言葉に、ルークは再び彼を驚きの目で見つめた。
ただし、その驚愕の方向性は先ほどとはまったく異なる。
ラストが嘘を吐くような性分でないのは承知していても、その告白の内容はあまりに酷なものだったからだ。
彼自身がラストを殺そうとしたこともまた、到底許されるべきことではない。だが、親が子を飢えた獣たちの巣に放り出すこともまた、それと同等に――もしくは、それ以上の狂気の沙汰に思えてならなかった。
「でも、幸運なことに、そこで暮らしてた人が僕を拾ってくれたんだ。その人と一緒に過ごしてるうちに、憧れるようになって。恩を返したくて、隣を歩きたくなって……。それで、強くなろうって思って今も頑張ってるんだ」
だが、そんな恐ろしい過去をラストは軽く流して話を続ける。
その話し方に毒気を抜かれて、ルークはついその次の言葉の方が気になってしまった。
「……魔物のいるとこで過ごしてるって、そん人はどんだけ強ぇんだ?」
常人ならば決して忘れ得ない絶望をさらりと流したラストが、今度は首を捻って熟考する。
「さて、難しいな。僕も全力を見たことはないし。……たぶん、天と地をひっくり返せるくらいには強いんじゃないかな」
「なんじゃそりゃ。今度こそ、いくらなんでも冗談……だべな?」
「まあ、信じられないくらい強いってことさ。それくらいの認識でちょうど良いと思うよ。そんな人の隣に立とうと思うなら、【英雄】を目指すくらいじゃないと足りないんだ」
ラストはそれ以上その自身の憧れについて語ろうとはしなかったものの、ルークはそこについて深堀りしようとしなかった。
彼が知りたかったのは、その名も知らぬ人物の具体的な英雄伝ではない。
ラストの目指している理想の、その高さだ。
なるほど、確かに天地を引っくり返しても不思議でもないような人物を目指しているとなれば、そこらの魔物なんて途中の石ころ同然に見えて仕方がないだろうと彼は思った。
こんな誰もが寝静まっているような夜にすら身体を苛め抜こうとするほどに、ラストはその夢に真摯に向き合っている。
そんな彼と自分を比較して、ルークはこれでは自分が足元に及ばないのも無理もないと不思議と納得させられてしまった。
これで良いだろうかと視線で確認するラストに、諦観に満ちて落ち着いたルークがゆっくりと口を開く。
「……オラぁ、おっ父に憧れたんだべさ。村一番の狩人でオラの自慢だった、おっ父に」
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