第61話 無言の応酬


 村へ戻ったラストとレイは、幸先よくすぐにルークと遭遇することが出来た。

 彼は村の出口付近に立って、麦わらで編んだ大きな籠の背負い具合を確かめていた。


「あれは……荷運びかな?」

「んー、にしては籠が汚いわね。土とかべっちゃりくっついてるし、草むしりなんじゃない?」


 既に青い粒をつけた麦穂たちには、その恵みのおこぼれに与ろうと虫たちが集う。加えて撒かれた肥料の栄養を吸い取ろうと、雑草も否応なしに根を伸ばしている。それらの処理をしなければならないため、農家には毎日の畑の整備は欠かせないものだ。

 狩りを止めて体力を持て余していたルークもまた、暇さえあればその作業に駆り出されているのだった。

 やがて籠の紐の長さを調整し終えた彼は、森から戻ってきた二人が自分を見つめていることに気づく。慌てて彼は視線を逸らすが、今日のラストはその無言の拒否に応じなかった。


「やあ、こんにちは。調子はどうかな、ルーク」


 明らかに嫌われているにも関わらず、彼は躊躇うことなく距離を詰めて挨拶した。


「……」

「ちょっ、あんたねぇ――むぐっ」


 だが、ルークはそれに無視を決め込んでさっさと畑の中へ入っていってしまう。

 そんな失礼な素振りをする彼をレイがたまらず呼び止めようとするが、ラストの手によってその口を塞がれてしまう。


「ごめん。でも、まだ大丈夫だよ。これくらいは予想の範疇さ。なにも最初から良い反応があるなんて思ってないよ。レイは今しばらく様子を窺っていてくれ、まずは僕一人でやってみるから」

「けほっ。……そう言ったって、あの態度じゃいくら経っても無理そうだけど」

「まあまあ。それに、最初から二人がかりでいっちゃうとルークだって身構えちゃうだろうし。……あ、ミラレさん。ちょっと良いですか?」

「おぅ、ラスト君にレイちゃんでねぇか。なんだべさ、んなに身体くっつけて」


 ラストはちょうど傍を通りがかった腰の曲がった男性に話しかけた。

 その姿はルークとほとんど同じ格好で、籠を背負って陽射し避けに頭に同じく麦で編んだ帽子を被っている。


「あはは、ちょっと色々ありまして……それより、今から草むしりですか? 精が出ますね」

「んだ、あいつら油断すっとすーぐに生えてくっからな。ルークと一緒に毎日やってんだけど、抜いた傍から生えてくらぁ。ったく腰が痛くてしょうがねぇべ」

「もしよろしければ、お手伝いさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 若い身体を羨ましそうに見つめる彼に、ラストはお手伝いを申し出た。

 その提案を受けたミラレは顔をぱっと明るくして歓迎の様子を見せる。彼の表情が、日ごろの畑仕事の辛さを物語っていた。


「ええんか? もちろんおいらからしてみりゃ、めっちゃ嬉しいけんど。今日の狩りは……終わったみてぇだんな」


 ラストの傍には、森から運んできた獲物が山のように積み上がっている。

 レイと一緒に帰る時に、ついでとばかりに寄ってきた獣たちを片っ端から狩ってきていたのだった。


「んじゃ、頼むっぺ。籠はあっちの家ん中あるけぇ、取ってきてくんな。おいらたちは先に畑ん中入ってるさけぇの」

「わかりました。ですが、ミラレさんは大丈夫ですか? 腰を痛めているようでしたなら、お休みしていた方がよろしいのでは」

「へへっ、まだまだ爺は現役さね。気にすんな、ちっとは動かねぇと逆に身体がなまっちまわぁ」


 元気そうに鎌を振りながら、彼はひょこひょことルークに続いて麦を掻き分けていってしまった。

 その姿を心配そうに見送って、必要そうなら回復魔法や按摩も施すことも視野に入れつつラストはレイに振り返る。


「というわけで、今からルークと一緒に働いてみるよ。レイもひとまずは自分の仕事を頑張ってて。僕とルークのことは、しばらくは見守るだけでいいよ」

「んー、分かったわ。あくまでもあたしは手伝うだけだし、あんたがそう言うならそうするわ。でも、困ったらすぐに呼びなさいよ?」


 そう言って、レイはほったらかしだった自分の仕事に向かっていった。

 彼女が帰りを待ちわびていた母親に頬を抓られる姿に軽く頭を下げてから、ラストは自分も仕事の準備に取り掛かろうと教えられた場所へ向かうのだった。



 ■■■



 家の隅っこに残されていた古びた籠を背負い、ラストはミラレとルークに続いて同じ畑に赴いていた。


「……」


 ルークは畑の中央辺りで、黙々と中腰になって作業を行っていた。

 彼は麦の隙間から見えたラストの姿に一瞬驚いたような素振りを見せたが、構わず姿勢を元に戻して作業を続けていく。

 今度はラストは自ら話しかけるようなことはしなかった。

 先ほどの感触から、無理に話しかけても答えが返ってこないことは分かっている。

 今は無理に話そうとするよりも、同じ空間にいることに重きを置こうと彼はひとまず目前の雑草たちに意識を集中させた。


「……よし、頑張ろう」


 籠自体は見た目に反して軽量だが、仕事をこなして土のこびり付いた雑草や虫の死骸を放り込んでいけば徐々に重さを増していく。

 かと言ってそれを周囲の麦の上に置いてはせっかく育った穂が潰れてしまう。段々と重くなっていく背中の荷物に耐えながら、彼らは腰を低くして草をむしっていく。

 周囲の穂を踏んづけたり折ったりしないように細心の注意を払いながら、ラストとルークはそれぞれ目の前の雑草と虫を摘まんでは一緒くたに纏めていく。


「……」


 ルークはラストの姿が見える距離になると、静かに遠ざかろうとする。

 しかし、ラストはそんな彼の意に反して常につかず離れずの距離を保ち続ける。


「……」

「……」

「……」

「……」


 忌々しそうに相手を睨みつけるルークと、視線が合うと軽く笑顔を向けるラスト。

 そうして互いの距離感を計り合っている内に、気づけば畑の掃除は終わっていた。


「――よーし、もういいっぺさ。二人とも上がっていいでよ!」


 ミラレ爺さんのしゃがれた呼び声に合わせて、二人は畑の外へ歩み出た。

 長時間の苦行を経て、ルークの額にはすっかり汗が浮き出ている。それを拭いながら、彼は一休みしようと近くの道に籠を下ろして座り込んだ。

 ラストはここぞとばかりに、その傍に同じように籠を下ろして座る。

 そうしてほっと一息つきながら手を差し出してきた彼に、ぎょっとルークが目を剥いた。


「お疲れさま」

「……」


 いくら話しかけても一顧だにしない相手に対して、笑顔で労いの声をかけるラスト。

 そんな彼に対し、ルークは無言のままどこかへ消えろと目で訴える。

 しかし、宴の夜の時のように引いてはなにも変わらない。

 ラストは構わず、彼に向かってもう一度、強く手を差し出した。


「……けっ」


 少しばかり困惑に眉を潜めたものの、ルークは舌打ちして離れていった。


「ミラレ爺さん、こいつはいつもんとこに?」

「ああ。頼むでよ」


 籠の中身を連日の雑草を放ってあった場所へ引っくり返してから、ルークは次の作業場へと向かう。


「ええと、ミラレさん。僕のもあちらでよろしかったでしょうか?」

「おう。あんがとな、ラスト君。おかげでだいぶ綺麗になったさぁ」


 ラストもまた、確認を取ってから急いでごみ捨て場に背負っていたものの中身を捨てる。そうしてすぐさまルークの背中を追い掛けた。

 彼はラストが追ってきているのを知ると、引き離そうと大股で歩き始める。

 ルークはラストに関わりたくないと、その大きな背中で語っていた。

 それでも決して逃がすものかと、彼もまた早足になる。


「……まだ一日目だ。これから一緒に頑張っていこう、ルーク」


 まだまだ心を通じ合わせるにはほど遠い現状だが、ラストには諦める気はない。

 今は一歩でもルークとの心の距離を詰めるため、何度避けられようと必ず追いつくつもりで彼はしっかりと地面を踏みしめた。

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