第23話 剣魔複合修練


「ウオオォッ!」


 カンッ、カンッ、と木剣の交わる甲高い音が屋敷の中庭に鳴り響く。

 その中心にて立ち回りを演じているのはラストとエスだ。

 攻守を交互に入れ替えながら相手の身体目掛けて剣を鋭く振るっている。

 それだけでは普通の剣の稽古となにも変わらないように見えるが、今回はなにやら毛色が違う。


「――ッ!」


 ラストが剣から左手を放し、その指先を宙に彷徨わせる。

 先端に灯った魔力の光が軌跡を描こうとする――だが、そこで疎かになった防御をエスは見逃さない。


「そら、そっちに気を取られて剣筋がたわんでいるぞっ!」


 彼女が放った容赦のない横薙ぎが、ラストの脇腹へと襲い掛かる。


「ふぐっ!」


 咄嗟に木剣を差し込んで緩衝材とするも、残りの衝撃で彼の身体は思いっきり横へ吹っ飛ばされる。

 転がって受け身を取り、勢いを殺そうとするラスト。

 彼にお手本を見せるように、今度はエスがその左手に魔力の光を閃かせた。


「そら、今度は手すきになった余の番だ。【雷珠ライジュ】五弾」


 素早く描かれた魔法陣から五つの光る宝玉が出現する。

 ――そう、今日の訓練は剣と魔法を交えての模擬戦闘だった。

 魔法についての知識をそこそこ蓄え、ある程度剣の腕も形になってきた彼の訓練は数日前から次の段階へと移行していた。【剣皇】や【賢者】のように剣か魔法のどちらか一筋に特化したわけではない、ラストの目指す【英雄】ならではの柔軟な戦い方を身に着けるための訓練だ。

 バチバチと不穏な音を立てて輝くそれらの雷魔法が、それぞれ弧を描いてラストの下へ襲来する。

 それを確認した彼は逆に自らの転がる勢いを加速させ、エスの攻性魔法を回避する。

 次から次へと迫る魔法が全て地面に吸い込まれたのを確認してから、彼はようやく地面から跳ねて立ち上がった。

 そのまま木剣を右手で弓を引くような突きの形に構え直し、再度彼女目掛けて突撃する。

 狙いを定めるように前に出した左手が魔力を纏い、エスに接近する中で今度こそ意味を成す魔法陣を描ききった。

 魔法が効果を発揮し、彼の左腕全体に薄い魔力の光が纏わりついて強度を高める。魔力が少ない故に全身を覆えないラスト専用の、部位を限定した強化魔法だ。


「よしっ!」

「ほー、【限定強化テル・フォルス】か。走りながらの揺るぎない魔法陣構築、見事なものだ。ただ、そいつで左腕を盾にしたとして果たして防ぎきれるかな? 両側面から襲われたらどうするか見せてみろ。【雷珠ライジュ】三弾」

「……ふっ!」


 強く息を吐くと同時に、ラストは言葉ではなく行動で彼女に答えを返す。

 左右から迫りくる三つの雷弾、それらの軌道を初動から予測する。

 彼から見て左から二つ、右から一つ。

 素直に払いのけやすいのは左側だが、魔力の少ない彼は少しでも余力を残す必要がある。

 ラストは左から迫る二つを素早い足捌きで回避し、残る一つを強化魔法を纏った左腕を前に出して打ち消した。

 そのまま勢いを衰わせずに果敢に突っ込むラストに、エスは余裕をもって称賛の笑顔を見せた。

 彼女の余裕を今日こそは崩してみせようと、彼は両手に握り直した剣を大きく振りかぶって跳ねる。

 上空から落下する勢いを乗せて、剣先を地面に突き立てたままの無防備な彼女へとラストの刃が襲い掛かる。


「うん、元々狙いは鋭かったがなおさら鋭くなっている。いいぞラスト君――しかし、弱点を狙うばかりでは逆に読まれやすい。余に攻撃を当てるにはまだまだ早いな……む?」


 エスは瞬時に木剣を抜いてラストを下から迎え撃つ。

 衝突する木剣――しかし、彼女の手に伝わった衝撃は妙に浅い。


「せい……やっ!」


 ラストは剣から力を抜いて流れるように着地し、そのまま地面に手をつくほどしゃがみこんで隙となった彼女の膝へ向けて斬撃を放つ。


「ほう、本命はそちらか? ……いや」


 エスが己の下半身へ目を向けようとすると、ちょうど同時にラストの背中側から新たな攻撃が現れた。

 一般的な火球の魔法よりも小さな火球が二つ、彼女の顔面へと迫る。

 顔には眼球、鼻、耳と重要な器官が備わっている。

 たとえ小さな炎でも、当たれば怯んで隙を晒してしまうだろう。


「面白い――ふぅっ!」


 エスは笑いながら強く息を吐いた。

 それだけで彼の魔法は容易く、蝋燭の炎のように吹き消されてしまう。

 だが、彼にはそこまでも計算の範囲内だったようだ。

 そうして彼女が息を吸い込もうとしたところで、ラストはいつの間にか拾っていた一握りの土を投げつけた。

 土埃が舞い、吸い込んでしまったエスは思わずむせた。


「ぶほっ!?」

「――そこだっ」

「ちょっ、君正気か!?」


 慌てふためくエスの姿に、勝機を見たりとラストは今度こそ全身全霊の力を込めて木剣を振るった。


「なんてなっ」


 エスの脚に魔法陣を介さない純粋な魔力が纏われる。

 ラストの全力がエスの魔力の壁とぶつかり、一際大きな炸裂音を鳴らした。

 それでも、残念なことに彼の剣撃は完全に阻まれてしまったようでエスの身体はびくともしなかった。

 お返しとばかりにエスがラストを蹴り飛ばす。


「余が【魔王】時代にどれほどの小細工を弄されたと思う? この程度はまだまだ余には通じんな。 さあ、仕切り直しだ」

「っ、まだだっ!」


 このまま同じ展開を繰り返したところで、同じように距離を取らされるだけだ。

 ラストはすぐさま指で魔法陣を描き、蹴りを受けきった左腕の強化を切ってその分を今度は両脚に魔力を纏わせる。

 遠くへ飛ばされるより先に素早く地を蹴って反転し、再び剣を振りかぶる。

 それを迎え撃とうとした彼女の木剣と衝突するところで、今度は刃の一点に魔力を集中させ――。


「おっと、そいつは危ないな」


 剣と剣が切り結んだ瞬間、エスは僅かに剣の位置をずらして魔力の集中した場所から己の剣を外してみせた。

 狙いを外されたラストは、今度は素直に距離を取る。

 だが、彼女は今度はそれに対して追撃を仕掛けるようなことはしなかった。


「……ほぅ」


 代わりとばかりに、彼女はぴりっと痛みの走った自身の頬をさらりと撫でた。

 その手にじっと目を落とせば、うっすらと赤い血が付着していた。


「火球に土くれと来て本命と見せかけた木剣すらも囮で、真の狙いはこれか。しかし、どこから攻撃を出した? この肌に僅かでも切り込みを入れるほどの魔法、陣を描く動きを余が見逃すはずもない」

「……」

「答えないか。まあ良い。戦いの最中に手の内を明かすのは愚策。だが……ふ、ふははっ! 年頃の女子の柔肌に傷をつけたんだ、それも顔に。余も興が乗った、ここは多少本気を出させてもらおうか! お仕置きだ、ラスト君!」


 興奮した彼女の全身から、ラストに合わせて抑え込んでいた魔力がゆらりと放出される。


「くっ……」


 見ているだけで身が竦みそうなオーラに対し、ラストは諦めずに攻撃の意志を見せる。

 歯を食いしばって、彼はどんな攻撃が来ようと一点集中で貫いてみせようと木剣の切っ先に魔力を集中させる。

 そんな彼に対して不穏な笑みを見せながら、エスが魔法を唱えた。


「【雷珠ライジュ】百連弾――【雷崩カミナダレ】!」 


 それ単体の威力は先ほどまでの魔法と同じだ。

 だが、数の桁がまったく異なる。

 エスの背後に展開された大量の雷玉が、一気にラストへと迫る。

 彼はすぐさま一番受ける怪我の少なそうな抜け穴を探すものの、その魔法の嵐は絶妙にラストが抜けられないように出来ている。


「あばばばばばっ!?」


 結局、彼はあえなく感電してばたりと倒れてしまうのだった。

 こうなればもはや勝負の結果は決まったも同然だった。

 エスは荒ぶっていた魔力を収めてラストの下へ近づいた。


「ふっ、お仕置きはこの程度で済ませてやろう。うん、力を押さえていたとはいえ【魔王】の不意を打って傷をつけたんだ。誇っていいぞラスト君」

「……傷って言ったって、ほんのちょびっとだけじゃないですか」


 雷撃の怪我が回復したラストが立ち上がる。

 その顔には残念そうな表情を浮かべている。

 そんな彼を勇気づけるように、エスは言葉を続けた。


「まあな。それでも、あの犬っころと戦うには十分だろう」

「本当ですか!?」

「ああ。剣と魔法を組み合わせる剣魔一体の戦い方の基礎は十分形になっている。それに加えて場のものを柔軟に使う発想力も見れた。刃に魔力を集中させる強化斬撃と迷いのない剣筋も合わせれば、【五頭獄犬クイントロス】の首を断ち切ることは可能だろう。どうだ、明日にでもやってみるか?」

「――はい!」


 彼女の挑戦的な問いに、ラストは迷うことなく頷いた。

 彼の木剣を握る腕の力が、自然と強まる。

 この森における一つの壁と呼べる魔犬との戦いを見据えて、彼の身体は武者震いが止まらなかった。


「そう逸るな。戦いは冷静沈着に進めなきゃな。……ところで、余の不意を打ったあれは結局どうやったんだ? もう教えてくれてもいいだろう?」

「あれですか? 別に大したことをしたつもりはないんですが。普通の風の刃の魔法陣を描いただけですよ」

「でも、魔法陣なんてどこにも描いてなかったろ」

「ちゃんと描いてましたよ、こんな風に」


 ラストが手のひらを見せると、そこに魔力が自動的に魔法陣を編んでいく。

 彼は指先を筆がわりにすることなく、魔力を直接操作して陣を構築していたのだ。それが剣を握る手のひらの中ともなれば、簡単には見極めることが出来ないのも仕方のないことだった。


「お姉さんがいつも転移魔法を使うときには、わざわざ指を使っていませんよね? 魔力そのものを操って剣に纏わせたりする方法はもう学びましたし、いずれこれも出来るようにと自由時間でこっそり練習してたんです」

「確かにいつかは習得させるつもりでいたが……勝手に身に着けていたとはな」

「駄目でしたか?」

「いや、そんなことはないぞ。しかし、そこまで考えてわざわざ他の強化魔法は指で描いていたのか?」

「はい。たまにはお姉さんを驚かせたいなーと思いまして」

「ふっ、余の予想を超えて成長するとは面白いなぁ君は。それにこの魔法陣……」


 彼女は感心するように頷きながら、ラストの手に描かれたままの魔法陣を分析した。


「攻撃範囲を縮小する代わりに一点の攻撃力が上昇するように改造されているな? 消費魔力を減らすと同時に威力を並のものより高く引き出せるようにするとは、大した応用力だ。思えばその片鱗は転移魔法を使った時に見せていたが、自分でいつの間にか形にしていたとはな! ああ、十分驚かされたとも!」


 気づかないうちに大きく成長していた弟子の頭を勢いよく撫でながら、エスは心底楽しそうに笑い声をあげた。


「……そうして意外性を見せつけるところは、まさにかつて相対した【英雄】を思い起こさせる。これならあやつのことも、任せて大丈夫そうだな」

「なんのことですか?」

「なんでもない。君があの犬を倒せたら、改めて教えてあげよう」


 小さな呟きを聞き咎めたラストの頭をぽんぽんと叩いて、エスは一足先に屋敷の中へと戻っていった。

 残されたラストの耳には、ばくばくと高鳴る心臓の鼓動が大きく聞こえる。

 以前はただ逃げることしか出来なかった相手と戦えるだけの段階になったと言われたことが、エスに自分の工夫を認めてもらえたということが、中々彼に落ち着きを与えてくれない。

 エスはその次も見据えているようだが、そんなことは今の彼には関係なかった。

 ――目前となった【五頭獄犬クイントロス】との戦いに絶対に勝って、己の成長を実感したい。力の無さを理由に家族に捨てられた自分が、エスの隣に着実に近づいているのだと証明したい。


「――そうだ。僕でもお姉さんの笑顔の傍に並び立てるだけの資格・・があるって、示さないと」


 絶対に失敗は出来ないと、彼は内心で強く意気込んだ。

 そうでなければ、彼女に多くの時間をかけて育ててもらった恩を返せないのだから。もし彼女が倒せると言った犬を倒せなかったその時は……彼女の期待に応えられなかった、その時は――そこまで考えたところで、ふと、彼の頭に誕生日の記憶が蘇った。

 ……どくんっ、どくんっ、どくんっ。

 隠しきれない心の奥の動悸は、収まるどころかどんどん強くなっていく。

 それが強者との戦いに向けた興奮か、それともまったく別の感情によるものなのか。

 今の彼には、区別がつかなかった。

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