第6話 剣技の披露


 屋敷の外庭へ出たラストが案内されたのは、白い外皮を持つ巨木の前だった。表面は金属のような光沢を放っているが、青々と生い茂る葉っぱの様子から実際に生きていることが伺える。

 周囲を見れば他にも奇妙な樹木や草花が点々と生えており、彼はこの区域が通常の自然とは隔絶した異界として構築されているように感じた。


「ここは余の実験場さ。屋敷の中では行えない、天体の魔力なんかを利用する時のね。そしてこいつはその実験作の一つだ。ラスト君、真銀ミスリルって知ってるかい?」

「……魔力感応性を持つ希少金属ですよね。さっきの魔剣や、魔法使いの杖に使われる素材です」

「その通り。人間界の一部じゃ神の金属だなんて言われて崇められてたりしてるが、んなことはない。地中の奥深くで自然の魔力と金属に一定の圧力がかかることで出来るんだ。余はその生成条件をおよそ五百年前に突き止めた」

「なっ!?」


 真銀ミスリルは様々な人間がこぞって欲しがる代物だ。

 単純に永久に錆びない装飾品として重宝されることもあるが、その真価は魔法の発動媒体として使用することで威力の増幅が見込めることだ。自然で産出される代物は他の金属を多少含有しているものがほとんどであり、その純度が高ければ高いほど累乗的に増幅率が上昇する。

 その量産方法が確立されたともなれば、誰もがそれを手に入れようと躍起になるに違いない――それこそ人を殺してでも。

 それを想像してぞっとしたラストが、エスの様子からして公開していないことに安堵する。

 もしこれが世に広まっていれば、今より戦争が活発になってより多くの悲劇が生まれていたに違いない。


「で、その後に金属と生体の融合なんて研究をやっていた時に偶然うまくいったのがこれだ。名称は魔銀樹ミストルティン。特性は植物の柔軟性と再生力、そこに真銀ミスリルが加わり魔法素材としての価値も有するようになる。今回はこれを使って剣を作ろうと思う」

「……え、いやそんな貴重なものを使わなくてもっ」

「別に余にとっては貴重でも何でもないが」

「僕にとってはめちゃくちゃ貴重ですぅっ!」


 【英雄】の一族であっても軽々しく触れる代物ではなく、ラストの記憶が正しければ父ライズの保有する宝剣の中でも真銀ミスリルが使われたものは片手の指で数えられるほどだった。

 とはいえ一度決めた以上エスは変えるつもりはないようで、無造作に一つの枝を風の刃で斬り飛ばした。


「ああっ!?」

「騒ぐな、木なんだからまた生えてくるさ。枝の一本くらいで騒ぐんじゃない。そらっ」


 彼女が落ちてきた枝を掴んでつつーっと指を這わせると、それに従って木材の表面が削れ、剥がれていく。

 瞬く間にミストルティンの枝は一振りの子ども用直剣へと変貌を遂げたのだった。


「ほら、早速振ってみると良い」

「……は、はい」


 最後に持ち手の布が巻かれ、ぽいっとラストに手渡される。

 彼は恐る恐る受け取ったその木剣の刀身を覗き込む。きらりと輝く表面の向こう側に、驚きを露わにしたラスト自身の顔が映っていた。

 その直剣は、どうみてももはや木に戻ることはできない。

 こうなればちゃんと剣として大切にあげるしかないと諦め、ラストは試し切りとして両手で軽く上段から振り下ろす。


「……っ。振りやすいです」

「だろ? 君の体格に合わせて重心なんかをちゃんと調整したからな。何度も買い替えるような量産品じゃその辺りを掴むのに一々手間がかかるが、そいつはずっと君の身体に適したままだ。君の魔力を吸って、君に合わせて成長し適応する。多少の歪みやささくれだって勝手に直っちゃう、お姉さんの特製さ! いやー、中々に良いものが出来た!」

「どこが中々ですか。そんな魔剣、元いた場所でも聞いたことないですって。怖いくらいに凄いものですよ、これは。自動で修復されるなんて世の鍛冶師泣かせじゃないですか……でも、僕の魔力なんかで足りますかね?」


 ラストの魔力は普通の魔法使いよりも更に少ない。

 真銀ミスリルが効果を発揮するのに足りるとは、今の彼には到底思えなかった。


「足りるさ。確かに少年の魔力は余からしたらハエ以下だが、植物が地面の魔力を一気に全部吸い上げて成長すると思うのかい? 毎日ちょっとずつ溜め込んで、ちょっとずつ育っていくのさ。雨垂れだって時間を掛ければ岩を穿つ。微々だろうと手間を掛ければ十分効果を発揮できるんだぞ?」

「それは、そうですけど……」

「まま、そんなのは良いから早速その剣を振るう所を余に見せておくれよ」

「――はいっ!」


 自分の手には余る代物だが、ここまでの物を用意されては生半可なものは見せられない――そう、ラストは身体に気合を漲らせる。

 せめてものお礼として、実家で培った剣技を精いっぱい披露しようと彼は思いっきり剣を上段に構えた。


「……ん?」

「では――行きますっ!」


 エスの口から困惑の呟きが漏れたが、既にラストはそれが聞こえないほどに目先の剣筋に意識を没頭させていた。

 彼女の疑問に反応することなく、彼の剣が閃く。


「一ッ!」


 一極集中、ラストは今の一振りに全力を込めて力強い掛け声とともに振り下ろす。

 それが終われば剣を振り上げて最初の姿勢に戻り――もう一度。


「二ッ!」


 剣を握る腕に、身体を支える脚にありったけの力を込めて一撃を放つ。

 幼く完成していない体であろうとその威力は確かな積み重ねを感じさせ、ぶわっと巻き上がった風がラストの前髪を掻きあげる。


「三ッ!」


 腕を振り上げ――再び振り下ろす。


「四ッ! ――五ッ!」


 単純な動作だが、一つ一つに真剣に取り組んでいれば多くの体力が消費され、鉛のような疲労が蓄積していく。

 その繰り返しをエスは、側に立ってじっと見つめていた。

 ただ、その眼は幼い子供の努力に感心しているというよりどこか困惑しているようにも見えた。

 それでも口を挟むこともなく、彼女はもどかしそうにとんとんと組んだ腕を指で叩きながら、ラストがちょうど百回振り終わるまでずっとその様子を見届けていた。


「――九十九ッ! 百ッ! はぁっ、はぁっ……どう、でしたか?」


 疲労困憊と言った様子で汗だくになりながらエスの方へと振り返るラスト。


「……エスお姉さん?」


 彼女の視線に込められているのは、父のような子どもを称賛する意志ではない。

 むしろその逆で、ラストを通してここにいない誰かを非難しているようかのようで――。

 彼がそこまで読み取ったところで、彼女はラストに見られていることに気づいて慌てて表情を元の余裕のあるにこやかなものへと取り繕った。


「ん、ああ。いや何でもないよ。君はそれを毎日続けているのかい?」

「はい。いつもはこの百連素振りを計二回ずつ、午前と午後にやってます。それがなにか?」


 隠された視線にラストが首を傾げるも、エスはそのことについて話そうとはしなかった。


「いや……なんでもないよ。お疲れ、ラスト君」

「でも、なんでもないというには、その……」

「そうだ、それだけ汗をかいたなら水と塩分を取らなきゃな。そのままだと脱水症状になって、また気絶してしまうかもしれないぞ? ちょっと屋敷の方から取ってくるからそこで待っていてくれ!」


 庭の隅っこにあった転移魔法陣を使えばいいものを、エスはわざわざ遠くに見える玄関へと走っていった。

 ラストはその不自然極まりない背中を引き留めることも出来ず、見送るしかなかった。


「……どうしちゃったんだろう?」

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