V. I. P.

第21話

「悲しみよ、さようなら」

 これが僕が勤めるQ社のキャッチフレーズだ。「人間の記憶から悲しみを消す装置」で悲しみを忘れたい人々に忘却を提供する。

 僕はこのQ社でコンサルタント、申込相談係を担当し、日々、人々の悲しみを消す手助けをしている。


「きゃあぁ」

 僕の向かいの席で、先月店舗から転属になった後輩の女性社員、新富さんが小声で叫んだ。

「何かあった」

 僕はパーテーションから顔を出して訊いた。

「俳優の三ツ沢翔さんから申込ですぅ」

「へえ」

「へえって、三ツ沢翔さんですよ。嫌いなんですかぁ」

「好きとか嫌いとかじゃなくて、この仕事してると時々有名人からの申込もあるから。いちいち気にしないよ」

「これ、保存してもいいですか」

 申込や相談のメールは、トラブル防止のため全て保存されるようになっている。

「自動で保存されてるよ」

「いえ、私のスマホに」

「は?ダメだよ、ダメダメ、そういうの。入社時に誓約書書いたでしょ」

 個人のデリケートな情報を扱う仕事だけに、情報漏えいにはとても気を使っている。僕も入社時に「業務で知り得た情報を一切他言してはならない」と誓約書を書かされた。

「絶対他人に言いませんから、ね、」

「じゃあさ、例えばもし三ツ沢さんの個人情報がネットとかに流出した時、君がやったんじゃなくて他の知らない人がやったとしても、君は疑われるし、犯人が君じゃないと言っても、個人情報を社員が持ち出せる会社だって言われて会社の信用も落ちるんだよ。君が会社を辞めるくらいじゃ済まされない事態になるよ」

「でもぉ」

「すごい額の損害賠償請求されるかもしれないよ」

「百万とか二百万とか」

「甘いよ。桁が違う。会社の信用を落として売上が下がったらそんなもんじゃ済まない」

「ええ」

 彼女は不服そうな口をした。

「桜木さん、よく我慢できますね。人に言わずに」

「だって僕、プロだから。キリッ」

「ぷははは」

 実際のところ、僕自身もつい友人や家族に喋ってしまいたくなる。僕の場合、社員食堂で同僚たちと話すことで、なんとか気持ちを発散させているが、例えば恋人や配偶者がいる人は、話したくならないのだろうか。

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悲しみよ、さようなら 桃園沙里 @momozono_sari

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