第20話

「あった? 永田大臣の息子くんから何か」

 昼食時間に同期の石川と二人で食事をしていると、片倉先輩が現れた。

「おかしないたずらメールならいっぱい来てますよぉ。大臣の息子を名乗ったメール。身分証明書を送ってくださいって返信すると、それきりですけどね」

 僕はあきれ笑いをしながら返事をした。

「やっぱ、いるんだ、そういうの。マジ、暇なのって」


 永田大臣の息子の件が騒がれているからなのか、母からメールが来た。

 母も父も普段は滅多に連絡をよこさない。ウザがられないように気をつけているのだと、実家に住む姉が以前言っていた。

「こんにちは。忙しいですか?ちゃんとご飯食べてますか。部屋をきれいにしていますか」

 母はメールだと丁寧になる。

「正月休みにはいつ帰ってくる? お父さんが、二日に初詣に行きたいと言っています。一緒にどうですか」

 僕は毎年、大晦日は大学時代の友人たちと過ごし、元日の昼頃に実家に帰り、二日の午後には自分のアパートに戻ってくる。大学時代にひとり暮らしを始めてからずっとそうだ。

 両親は毎年、僕が実家に帰る前、元旦に初詣に行っているはずである。二日に、それも僕を誘うとは珍しい。

 この歳になって親と初詣とは気恥ずかしいところだが、こういうのが親孝行なのかもしれないと思い、行ってもいいよ、と返事をした。


 翌朝起きると、姉からメッセージが来ていた。

「お正月、絶対帰ってきなさいよ」

「はい」

「お母さんはソウちゃんに言わないでって言うけど、お父さん、ちょっと問題起こして、揉めたの。一時は離婚かなんてことになったのよ」

「何が起きたの」

「もう解決したからいいの。あんたもちょっとは家のこと気にしなさいよ」

 いいの、じゃないでしょう。いつも姉はこうだ。僕に投げかけといてその先は教えてくれない。

「だから何があったって。浮気? 」

「違うけど、まあ、似たようなもん。絶対お母さんに言っちゃダメよ。やっと落ち着いたところなんだから。蒸し返すようなこと言わないでね。ゼッタイ」

 だったら、初めから僕に言わないでほしい。しかも中途半端にぼかして。

 しかし、それまで平和だと思っていた僕の両親に、波乱が起きていたとは、全く考えもしなかった。でも、今時は、大臣の家庭も、他の人も、どこの家庭でも何らかの問題を抱えているのかもしれない。


 そうして、大臣の息子からの申込がないまま、クリスマス休暇が近づいた。

 夜、仕事帰りの電車の中でスマホを開くと、ネット上で永田大臣のインタビューが話題になっていた。

「大臣、息子さんは記憶を消去したんですか」

 議員会館を出てきた大臣が、若い女性記者からいきなりマイクを突きつけられている動画だ。

 大臣は足を止め、不躾な言い方にも眉を顰めずに答えた。

「先日、子供たちと会ってきました。本来ならプライベートなことだから説明する必要ないんですけど」

「時間をとって、じっくり話し合いましたよ。息子との問題も、全て解決しました、とまではいかないけれど、まあ、これから徐々に関係が改善していくでしょう」

 まだ何か言っている記者を遮って、大臣は声を張って言った。

「そうそう、Q社ね、もし息子から申込があったら断ってほしいってお願いしたら、拒否されたわ。親といえども、申込があったかどうかは教えられないって」

 大臣は、ふふっと笑った。

「まあ、信頼できる会社ってことでいいんじゃないかしら」


 永田大臣の表情は明るかった。きっと、親子の関係は良くなったのだろう。

 僕はなんとなく、永田大臣は悪い人じゃないと思った。

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