最終話「涙」

 「何? 話って」

 立川が言う。

 「折り入って、話があるんだけど」愛花が一度言葉を切り、包帯を巻いた手首を触りながら重々しく口を開く。

 「自首して欲しい」

 「自首? なんで?」

 立川は首を傾げると、愛花はボイスレコーダーを掲げて音声を再生させる。

 

 『ごめんな・・・・・・。本当は愛花を殺したくなかったんだ。だけど、あれを見られては生かしてはおけないんだ。ごめん。こうするしかなかった』

 

 『最後に、君の体を触らせてくれ。大丈夫、悪くはしない。ほんの少しだから』

 

 このような音声が続け様に流れると、彼は顔をハッとさせる。

 「それ・・・・・・、いつの間に録っていたのかよ」

 愛花はボイスレコーダーを下げながら「ええ」と言い、こう続けた。

 「君さ、十数年前の事件で捕まった被疑者の復讐を果たそうとしたんでしょ?」

 彼は何も言わず、顔を俯かせる。

 「私の推測なんだけど、君は被害者の姪っ子に当たる人物を探し出し、そしてあの事件が起こった今日、その人を殺した。同じ方法で。だけど、それだけでは君の恨みは晴れなかった」

 彼はまだ顔を下げたままだった。しかし、愛花は続けて話し出す。

 「君は同じ方法で今野美香さんを殺したけど、それでも恨みが晴れず、複数回にわたって暴行を繰り返し、最後には腕を切断した。――違う?」

 彼女は優しく訊ねると、立川は「ふふ」と低く笑う。

 「・・・・・・だからって、なんだよ」

 さざ波より小さな声で彼は言う。

 「なんて?」

 「だから! それがどうしたって言うんだよ!」

 彼はいきなり声を上げて抗議をする。

 「そうだよ! 俺があの人を殺した! 十数年前のあの事件の為に、俺はあの女を殺したんだ!」

 血が滲むような歯の食いしばりを見せると、「だからって人を殺すのは違うでしょ⁉」と私が机を叩いて言う。

 「いくら人を恨んだって、人を殺しちゃ何になるのよ‼ 人を殺したって、もう戻ってこない人は戻ってこないのよ‼」

 「ああ、そうだよ。戻ってくるわけが無いんだよ。けど、俺はどうしても殺したい。その理由があんたたちに分かるか?」

 敵意を感じさせる視線で彼は私たちを見つめてくる。

 私は首を横に振ると、「だろうな」と立川が言う。

 「俺はな、ずっと両親がいなかったんだよ。仕事で。そのいない間に世話をしてくれたのが叔父だったんだよ。なのに、なのに、叔父は警察官のくせに冤罪で捕まりやがって・・・・・・‼ 俺は憎んだよ。犯人を、被害者を。だからあの女を殴りたかった。殺したかった。俺が感じた痛みを死ぬまで感じさせる為に、永遠と殴ってやったよ」

 怒りで満ちあふれる立川を見て、私は「その理由が自分を正当化するの?」と震えた声で言う。

 「は?」

 「その理由が君の叔父を喜ばせることなの? 君の叔父が警察官だって言うなら、きっとこのことを知った叔父さん、悲しむと思うよ。大事な甥っ子が自分の為に手を汚したって」

 そう言うと、彼の目が見開く。そして、そこから目が一筋と流れてくる。

 「・・・・・・そっか、俺、なんてことを・・・・・・」

 彼は天を見上げ、声を震わす。

 「うん。だからさ、自首しよ」

 愛花が手を差し伸べようとすると、彼はいきなり海へと走り出す。

 「ちょっと!」

 私たちもその後を走って追いかけると、急に彼は立ち止まる。

 まるでその背中は、大好きだった亡き叔父を見ている背中のように思えた。

 「・・・・・・ごめん。本当にごめん」

 小さな声で彼は何を言おうとしたかが分からなかったが、恐らくそんなことを言ったつもりなのかな。

 「・・・・・・行こ」

 「あ、うん」

 愛花にそう言われ、私は彼を一人にした。

 

 鼓膜がさざ波で小さく揺らした。まるで立川の涙声のように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある家族の“秘密” 青冬夏 @lgm_manalar_writer

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ