有隆は、弟には位置共有システムのアプリを使用して、普段有隆の存在する場所に存在させないようにしていた。だが、一度笠木のスマートフォンに入れたゴーストアプリのGPSを確認した際に、笠木と弟が近くに居る事を知ってしまった。二人が鉢合わせしないように、有隆は急いで笠木に電話を掛けた。


 今から自宅に来ないかと誘ってその場から離そうとした。だが失敗し、弟が女性と会っている姿を笠木に見られてしまった。


 そのせいで笠木が自分をたまに尾行するようになった事には気付いていた。大変遺憾だったが、それは笠木を最後に突き放す際に役に立った。


 有隆は、女性の乗った後の車が嫌で毎回徹底的に証拠を消していた。毛髪や匂いが残っていないかを確かめた。何度も念入りに洗車をする事にも疲れていた。


 以前、黒髪の女性を井戸に投げ捨てた時に、女性の持っていたプリクラを見て心が張り裂けそうになった。両親を失った自分と重なった。


 有隆はそのプリクラを井戸の中にわざと捨てた。遺体のDNA鑑定は時間が掛かるので、すぐに遺体の身元が分かるようにだ。


 井戸の遺体を匿名で通報したのは有隆だった。


 本当は井戸の遺体が発見されていない状況で弟が全ての罪を背負い遺体が見つからないよう隠れて自殺をしてくれればよかった。そうすれば有隆の時効まで弟の死体が発見されないようにすればいいだけだったからだ。だが、もうそれは無理だと諦めていた。


 有隆は、弟をもっと追い詰めなければいけないと思った。この状況が長引けばいずれ捕まる事は時間の問題だと思ったし、何より有隆の精神が限界を感じていた。有隆は、もっと早く自分が自首を、通報をするべきだったと理解していた。だが弟が刑務所に入っても万が一出所をしてしまったら、自分や笠木が被害を受けると思った。


 今までは唯一の家族の弟を優先し、また自分の身を優先し生きてきたが、笠木と出会った事で、完全に守りたい対象がシフトした。


 既に弟は有隆にとって邪魔な存在になっていた。有隆は平和に暮らしていくためには、弟の存在をこの世から消す必要があった。


 今まであんなに弟を一番に考えて生きてきたのに、自分がこんな感情を弟に抱くとは有隆は思いもしなかった。

 有隆は、父親に”兄なら弟を守れ、弟の世話をしろ”と言われ、潜在意識にそれがある状態で育った。


 一卵性双生児なのに、自分よりも生きるのが下手で成績もよくなかった弟は、学校でもいじめられていたし、家では母親によく叱られていた。有隆は、母親が弟を叩き始めた時には仲裁に入って代わりに殴られたし、そのせいで腕に根性焼きが出来た。


 学校で弟がいじめられている時は、放課後に弟をいじめていた子供をジャングルジムから蹴り落してやった。その時は不慮の事故という扱いになったが、まだ足りないと感じた有隆は、そのいじめっ子の鞄の中に万引きした商品を入れて通報し、転校までさせた。なのに、その弟の事をこんなに嫌いになるとは思わなかった。


 有隆は笠木とずっと一緒に居たかった。最初は弟が高倉有隆として消えてくれれば、この世には高倉有理という人間だけが残るだろうと思った。


 有隆は弟を自殺に見せかけて殺したかったが、現代社会では他殺を自殺に見せかける事の難しさを理解していた。そうすれば、事が公になった際に全ての罪が自分に伸し掛かる事を理解していた。それこそ二度と笠木に会う事が出来なくなるだろうと思った。


 警察もそこまで馬鹿ではないだろう。双子で血液型やDNAが一致しても、指紋だけは違う。自宅や弟を引き取った親戚の家を調べられたら、入れ替わった事が分かるのは時間の問題だと思った。

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