高倉は遊園地の入り口付近にある椅子に座って煙草を吸っていた。


 日曜日の遊園地は混雑していて、チケット売り場は行列が出来ている。高倉はまだチケット売り場の行列の後方に並んでいる笠木を見た。


 笠木はたまにこちらを振り向いて微笑んでくれる。高倉は笑顔で手を振った。


 高倉は、裁判で執行猶予の判決を受けた。少しは刑務所に入るかと思っていたが、執行猶予だった。


 職場は退職をする事になったが、幸いな事にプログラミングの職を得た。笠木には全てを打ち明け、別れ話も覚悟したが、こんな自分を受け止めてくれた。今は同棲をしている。


 パンツのポケットに入れたスマートフォンのバイブレーションが振動した。高倉はチャットを開くと、笠木から連絡が入っている事を確認した。


 ”まだ並んでるよ。時間がかかりそう。日差しが暑い”と文章が送られてきていた。


 ”だから俺が並ぶって言ったのに。無理しないんだよ”高倉は返信をした。


 高倉は一瞬、スマートフォンを持った右手の薬指にはめた指輪を見た。指輪は日光に反射して光っていた。


 今日は真夏日で日差しが暑い。キャップを被って来てよかったと思った。高倉は被っていたキャップのツバを引っ張り、目元を隠した。


 キャップを被っているのにはもう一つ理由がある。弟の顔が全国に流れたからだ。


 稲葉の上司の佐々木は高倉の気を遣い流さないように手をまわしてくれたが、無理だった。同じ顔として生きる事はこんなにも難しいのかと高倉は思う。


 高倉はこの暑さから、あの実家で燃え盛る炎を思い出した。


 あの日、笠木に別れ話をされた後、弟に連絡をして、実家に呼び出した。

 内容は、もう警察に追い詰められて逃げられないから、最後に兄弟の思い出の実家で二人話をしよう、とだけ伝えた。その後、警察の稲葉にも連絡をした。自首をするからしばらく弟と二人きりで話がしたいと。弟は実家にすぐに来てくれた。


 高倉は、弟が来た後、事前に購入していたロープを手に持って弟にこう言った。「もう俺は疲れたんだ。創也にも別れ話をされた。最後に創也に全部話を聞いてもらいたかった。でも無理だった。もう俺を、ここで殺してくれ」


 高倉は自分で持っていたロープを自分の首に巻こうとした。弟は動揺し止めようとした。


 が、高倉はそれを振り解き、そのまま弟を床に押し倒し、弟の首を手で絞めた。


「もう一緒に死のう」高倉は弟にそう言った。


 弟は抵抗した。弟が苦しそうにしている中、高倉はふと我に返り、躊躇して手を止めた。


「ごめん」高倉は弟に謝った。「俺には、やっぱりお前を殺せない」高倉は涙目になりながら言った。


「今までお前のためを思って色々言い過ぎた。ごめんな」高倉が弟の手を離そうとすると、弟は抵抗して高倉を押してきた。


 その際、高倉は転倒して壁に頭を思い切りぶつけた。そして気絶して居間に倒れた。






 そうだ、気絶して倒れたふりをした。

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