第十七章 日記
一
稲葉は高倉の自供を聞いた後、疑心暗鬼に囚われたが、高倉の言っている内容は確かに辻褄が合うと感じていた。双子のどちらかは判断しかねたが、それは後から指紋を採取すれば判別出来ると判断した。
警察では、井戸から遺体が出る前既に、札幌南警察署で勤めている警察官の調べた情報から、まず高倉を調べ始めていた。
今年の四月と十一月に高倉に似た人物が行方不明の女性と会っていた姿が防犯カメラに映っていた事から、それを調べた畑山という警察官が高倉を容疑者リストに入れていたからだ。
その後、遺体が井戸から出てきた後は、道警に捜査本部が設置され、稲葉と佐々木が捜査を担当する事になった。高倉には四月も十一月の件もアリバイがある事から、高倉の身辺調査をし、高倉の家族構成を調べた。
そうすると、高倉には現在行方不明の双子の兄が居る事が分かった。その後兄に目を付け調べるが、行方は分からず、高倉に何度も居場所を知らないかと確認をしたが、高倉は知らないと言い、その他は黙秘するだけだった。
高倉の兄は弟と同じくエンジニアをしていた。だが行方不明になるタイミングで、職場を辞めていた。友人も少なかったようで、誰も行方を知らなかった。
稲葉と佐々木は、高倉の北区の実家の近所を聞き込み捜査した。近所の聞き込みだと、子供達はあまり外に出て来る事はなく、あの家庭には深く関わりたくなかったという愚痴を聞いた。
高倉の家庭は、高倉達兄弟が十一歳の頃に、母親を絞殺した父親が首吊り自殺をしていた。壮絶な過去だなと稲葉は思った。
その後、兄弟はそれぞれ別の親戚に引き取られていた。高倉の兄を引き取った西区の自宅を訪問して高倉の話を聞いたが、高倉の行方は分からないとの事だった。
稲葉は佐々木に内緒で一人、高倉に捜査令状が出る前に尾行をするようになった。
だが、高倉はいつも職場と自宅の往復だけで、怪しげな様子はなかった。その後、しばらく自宅から出てこなくなった。
高倉の実家が全焼する数時間前に、稲葉と佐々木が高倉のマンションの前で高倉を見張っていると、高倉から急に稲葉の業務用のスマートフォンに連絡が入った。連絡先は、何か分かれば連絡をしてくださいと、高倉に事前に渡していた名刺の番号だった。
高倉は電話越しに言った。「今から全てを告白します。双子のもう一人を匿っていたのは私です。全てお話します。今まで騙していてすみませんでした」と。
「ただ、兄弟でこれから自首について最後に話をするので、少しだけ時間をください。お願いします。今から北区の自分達の実家に行きます。そこで話し合いをします。実家の前まで来てください。その後警察に自首をします」との内容だった。
その電話の後、高倉が自宅のマンションから急いで出てきて、自分の黒い車で実家に向かう姿を確認した。稲葉達も車で後を追おうとしたが、近所の月極駐車場に近付く男の気配を感じた。
その男は、高倉と容姿がそっくりだった。この男が行方不明だった高倉の兄だと察した。その男は軽自動車に乗り、高倉の向かった方面と同じ方面に車を走らせた。
稲葉達はその後を追い、北区の実家の前で待機をしていた。しばらくすると、高倉の恋人である笠木がやって来た。笠木が家の中に入ろうとするのを稲葉は止めたが、笠木は稲葉に中に入れてくださいと懇願してきた。
稲葉は、あまりに時間がかかる三人の話を苛々しながら待っていた。だが、その終わりは突如やってきた。
家の二階の一室から火の手が上がったからだ。高倉の叫び声も聞こえた。稲葉は佐々木と共に家の中に入った。
すると玄関の目の前の開いた扉越しに、一階の居間に誰かが倒れている姿を発見した。
高倉だった。
高倉はどうやら意識を失っているようだった。佐々木に高倉を起こしてもらい、稲葉は二階に上がった。
そこには床に座って動かない笠木と、奥に誰か燃えている風景が見えた。その後四人で家の外へ避難した事を稲葉は思い出した。
稲葉が佐々木と共に始終俯いたままの高倉を取調室で観察していると、一人の警察官が何かを持って取調室に入ってきた。
「取り調べ中にすみません。高倉の実家の耐熱金庫から、一冊のノートが発見されました」警察官はゴム手袋越しに手に持ったノートを佐々木に渡してきた。
佐々木と稲葉はその警察官から受け取ったゴム手袋をはめ、佐々木がそのノートを受け取り、中を開き内容を軽く確認した。佐々木は表情を曇らせ、ノートを閉じると無言で稲葉にノートを渡してきた。
稲葉もノートの中身を軽く確認した。
「高倉さん、これは弟さんの日記のようです」稲葉は高倉に言った。
高倉は、俯いた顔を上げ、稲葉の持っているノートを見た。一瞬動揺したように見えた。
「確認しますか」稲葉は言った。
「いえ」高倉は目を背けて言った。「結構です」
「再度詳しく内容を確認させていただきます」稲葉はそう言うと、持っていたノートを再度開いた。
稲葉はパラパラと日記を読んだ。中には文章が端的に羅列していた。
“また殺しをしてしまった。もう終わりだ。自分を制御出来ない”
“また自由になれなかった。兄さんは僕だけの家族なのに、あの男が邪魔だ。まだ女じゃないだけましだけど”
“また嫌な女に絡まれた。殺してやろう”
“兄さんは僕を裏切らないと信じているけど、もう限界だと怒られた。何で怒るのか分からない。邪魔な売女は殺せ”
“兄さんに、恋人に何かしたら許さないと言われた。僕より恋人優先なのか”
“兄さんをまた巻き込んだ。兄さんは何も悪くないのに。全て僕が悪いのに。証拠隠滅罪の時効はいつ来るのだろう。僕はあれから沢山人を殺してしまった。もうだめかもしれない”
“殺したい願望が止まらない。自殺も出来ない。もうだめだ”
“兄さんに責められた。もう死ぬしかないのか。あと3年、ただ何もせずに生きて罪を償おう。三年経ったら警察に全てを話す。兄さんには恋人と幸せになってほしい。兄さんを脅していてすまないと思ってる”
“今日兄さんの恋人の連絡先を、兄さんと、自分のを入れ替えた。兄さんの恋人を殺そうと思ったけど、出来なかった”
“また殺す事を考えてしまった。兄さんの恋人が憎い”
“警察が動き出した。もう限界だ。もう捕まるだろう。兄さんが言った事が凄く悲しかった”
稲葉は読む事に苦痛を覚え、そこでノートを閉じた。
「弟さんにはここで何とおっしゃったんですか」稲葉はノートの一ページを開いて高倉に見せ、その部分を指差して聞いた。
高倉は目を上げ、稲葉の指差した箇所を確認した。高倉は普段かけている眼鏡を今はかけていなかったので、見辛そうに顔を歪めてノートに顔を近付けた。稲葉は持っていたノートを高倉の顔に近付けた。
「多分」高倉は歪めた表情で言った。「自首を促したんだと思います」
稲葉はため息を吐いた。
「貴方の恋人さんに嫉妬していたみたいですね。恋人さんが無事でよかったですね」
稲葉は佐々木にノートを返そうとしたが手を振り断られたので、佐々木の横に待機していた警察官にノートを返した。
「ノートの指紋と筆跡を確認するように」佐々木が横に待機している警察官に言うと、警察官は頷いてノートを持ち取調室から出て行った。
稲葉が高倉を見ると、高倉は無表情に戻っていた。
「高倉さん、貴方の身柄はしばらく拘束させてもらう」佐々木が言った。「貴方の指紋を取らせてもらう。あと、裁判はこれからだが、貴方は犯人蔵匿及び証拠隠滅罪で起訴される。理解してますか」
「理解しています」高倉は言った。
「貴方の行った事は立派な犯罪だ。殺人の件数も全て明らかになれば、刑期がつくはずだ」佐々木は席を立った。
稲葉も座っていた椅子から立ち上がり、上から見下ろす形で、無表情で俯いている高倉を見た。
「刑期か」高倉はふと苦笑いをして言った。
「それはこれから分かる事です」稲葉は言った。
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