「それで、私達は入れ替わりました」高倉は言った。


 稲葉は、今聞いていた高倉の供述に驚いていた。何より、高倉の当時の冷静な対応と、今語っている高倉の表情に驚いていた。高倉は始終無表情だった。


「それで」稲葉は聞いた。「何故その後弟さんは、高倉有理さんは、他にも殺人を犯すようになったんですか」稲葉は不審そうな顔をして高倉に聞いた。


 佐々木は横で沈黙していた。


「それは」高倉はまた語り出した。「まず一緒に今の私のマンションで暮らしていたのですが、弟はしばらく自宅に籠っていたので、精神的におかしくなっていました。嫁を殺した罪悪感と、自宅に引き籠っていたせいでしょうか。


 私はなるべく普段からサポートはしていたのですが、ある日私が仕事、今の職場から帰宅すると、弟にまた女性を殺してしまった、と言われました。私は勿論驚きました。弟に案内され自宅の浴槽を見ると、死んだ女性が座っていました。私は問いただしました。何故殺したのかと。


 弟は、久しぶりに飲みに行ったバーでその女性と知り合ったようなのですが、女性は既婚者なのに弟と関係を持とうと誘ったようなのです。それで、弟は多分不倫をしていた母親の影響で、不倫や浮気をする人間が嫌いだったのでしょう。怒りから殺してしまったのでしょうか。


 弟は首吊り自殺をした父親の影響からか、首に執着をしていたようなのです。弟の嫁も、その女性も、今まで他に殺した女性も、皆首を絞められて殺されていました。私は、最初の浴槽の死体の段階で、警察に通報しようと思いました。ですが、止めました」高倉はここで一旦言葉を切り、表情を歪めた。稲葉が口を開こうとする前に、再び話し始めた。


「弟は私も既に共犯だと脅してきました。私は、刑務所にはまだ入りたくなかった。私達の身の保身を優先してしまいました」高倉は項垂れるように俯き、申し訳なさそうに言った。


「ですが」稲葉は高倉を怪しむように見ながら言った。「貴方は殺人犯ではありません。自分が殺人犯ではなく、証拠隠滅に付き合わされただけだと警察に事実を打ち明ければよかったのではないですか」稲葉は言った。「弟さんと入れ替わっただけだと。証拠隠滅罪の時効前でも、殺人犯よりも刑期は軽いです。何故打ち明けなかったのですか」稲葉は高倉に聞いた。


「先程も伝えましたが、私は弟に執着していました。私は正直自分より、弟を守りたかったんです」高倉は表情を歪めて言った。「弟は私の残された唯一の家族でした。弟の人生を壊したくなかったし、弟に刑務所に入って欲しくなかった。まだ自分が殺人犯として刑務所に入った方がましだと思いました。なので、そこからさらに弟の証拠隠滅罪の時効まで待とうと思い、通報出来ませんでした」


「弟さん思いだったんですね」稲葉は高倉から目を逸らさずに言った。「その浴槽にいた女性はどうしたのですか」


「弟の嫁と同じく井戸に捨てました」高倉は無表情に戻り言った。


「その後、弟にこれ以上殺人はしないでくれと懇願しました。また自宅で殺人をされても嫌でしたし、弟と一緒に住みたくなかったので、監視をするために近所のアパートを高倉有理名義で借り、そこに住まわせました。ですが」高倉は息をゆっくり吸い込み吐くと、また話し始めた。


「弟は殺人を止められないようでした。その都度私を呼び、私は証拠隠滅を手伝わされました。弟は犯行前になると、毎回私に連絡をしてきて、明日殺人を行おうと思う、と連絡してきたのです。私は止められなかったし、弟が脅してくるので、断れませんでした。弟とは監視や弟の心のケアのために自宅の合鍵を交換していたのですが、そのせいで犯行に私の車を使用されてしまいました。自宅の鍵を替えようか悩みましたが、弟は私を脅すので、車のキーを自由に使わせてしまいました」高倉は言った。


「車は?貴方は二台所有していますよね。何故犯行に有利になるように二台用意したのですか」稲葉は聞いた。


「車は、最初私は殺人現場に赴く際、レンタカーを使用していました。ですが、それも限界だと思い、証拠を残したら弟が捕まると思ったので、高倉有理名義で二台目を購入しました。そして弟の自宅の合鍵を使用し、弟の車のキーを使用し、それで証拠隠滅のために犯行現場に向かいました。最初は自分の車をこれ以上犯行に使用されたくなかったというのもありますが」高倉は言った。


「ですが女性を拉致する時には弟さんは貴方の車を使用し続けた。何故ですか」稲葉は聞いた。


「それは知りません」高倉は言った。「私を共犯にしたかったのかもしれませんし、自分の車を監視カメラに撮られたくなかったからかもしれませんし、分かりません」高倉は言った。「弟は、二重人格のようでした。私を共犯だと脅したかと思ったら、自分のせいで私の人生を台無しにしたくないと謝ってきたり、情緒不安定でした。私は正直弟を手に負えなくなっていました。なので高倉有理名義の保険証を使わせ、精神科に通わせました」


「弟さんは、精神的に病んでいたと」稲葉は聞いた。


「精神科に通わせても症状はよくなりませんでした。私に恋人が出来てからは、恋人の事も盾に脅されました。私がこのような状況で恋人を作ってしまったのは反省しています。弟の、私は仕事もあって恋人も出来ていいよね、と言う言葉が、私には重かった。もう自由になりたいと思い始めました。それにもう被害者を増やしたくなかったですし、弟にこれ以上殺人をして欲しくなかった。なので、今回私は稲葉さんに連絡をさせていただきました」高倉は言った。

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