第十五章 告白

 笠木は、目が覚めたら病室のベッドの上に居た。横に居た看護師二人が何やら話しかけてきた。


「そんなに重症ではなくて良かったです」近くに居る看護師に言われた。


 あの後救急車で運ばれて病院に連れてこられたが、パニックと煙の影響で意識が朦朧としていて、記憶が曖昧だった。その後眠ってしまったらしい。


「有理君は」笠木は近くに居た看護師に話しかけた。「有理君はどこに」


「最初に一緒に運ばれてきたあの二人の男性ですか?」看護師はこちらを見て不安そうな声で言った。


「一緒に運ばれた方は無事ですよ」看護師はそれだけ言った。


 笠木は寝かされていたベッドから立ち上がろうとした。


「駄目です、まだ安静にしていてください」笠木は看護師から立つ事を止められた。






 稲葉は、道警本部の取調室の一室で、顔や腕にガーゼを貼られ、所々に火傷のある高倉を正面から見て座っていた。稲葉の隣には佐々木が座り、佐々木も顔や腕にガーゼが貼られている。


 稲葉は一瞬、自分が右手に持ったバインダーに目線を落として、自分の腕にもガーゼが貼られているのを見た。ガーゼの中の火傷の痛みを忘れようと、目の前に座っている高倉に目線を戻した。


 高倉と稲葉と佐々木の三人は、机を挟み正面から向き合って座っていた。高倉はずっと無表情で何も言わず、病院で手当てを受けた後は、何を聞いても警察の問いかけに頷くくらいで、始終無言のまま警察署に連行されていた。


 佐々木は咳払いをした。


 稲葉は高倉に話し出した。


「まず整理させてください。貴方方は私達が調べた通り、一卵性双生児の双子です。貴方はずっと行方を知らないとおっしゃっていましたが、行方不明の貴方の双子の兄の高倉有隆さんは、貴方がずっと匿っていたという事で合っておりますでしょうか?」稲葉は高倉に聞いた。


「そうです」高倉は俯いたまま答えた。


その後、すぐに顔を上げ、稲葉を見てきた。「有隆は無事なんですか」目を見開いて聞いてきた。


「それは…」稲葉は言い淀んだ。


それを佐々木が次の言葉で繋いだ。「さっき電話で連絡が入ったが、残念だが」


「そうですか」高倉はまた俯いた。


 稲葉は佐々木を見た。佐々木は眉間に皺を寄せていたがこちらを見て頷いたので、稲葉は話し出した。


「お兄様は」稲葉は話し辛かったが、仕事だと勇気を振り絞って口を開いた。「一連の行方不明者の殺人事件の犯人として私達は、貴方の行方不明のお兄様を疑っていました。ですが貴方は行方を知らないと黙秘を続けました。この罪は理解しておりますか」稲葉は言った。


「理解しています」高倉は俯いて言った。


「犯行に使用された車は、貴方の車だった。それを何らかの方法で貴方のお兄様は使用し、女性を拉致した。そして恐らく、殺し、お兄様所有の山の井戸に捨てた。貴方はご自宅の合鍵をお兄様に渡していたのですか?」稲葉は聞いた。


「そうです」高倉は俯いたまま答えた。


「普段貴方は、貴方の車のキーはご自宅に置いていたのですよね。お兄様は合鍵を使用して貴方の自宅に入り、貴方の車のキーを奪い、貴方の車を使用した。貴方はお兄様の犯行を知っていたのですか?」稲葉は聞いた。


 高倉は沈黙した。俯いて沈黙したまま、喋らなくなった。


 佐々木がその沈黙を破るように、話し出した。「高倉さん、貴方がお兄さんを匿っていた場所は、貴方のマンションの近所ですよね。貴方から連絡をもらった後、すぐにお兄さんがやって来て車に乗るのを、私共も見ていますので」


 稲葉は、先程高倉のマンションから高倉の北区の実家に行く途中に、高倉と背丈も顔もそっくりの男が、高倉のマンションの近くの月極駐車場に停めてあった軽自動車に乗って実家に行く姿を見ていた。


「そうです」高倉は言った。


「貴方のお兄さんは三年前から行方不明だった。何故三年間も行方不明扱いにして、匿っていたんですか」佐々木は聞いた。


「それは」高倉は佐々木を見て口を開いた。「双子のもう一人の身を案じたからです」高倉は言った。


「身を案じた?」稲葉は唐突に聞いた。「どういう意味ですか」


 高倉は稲葉を見て一瞬口を開いたまま沈黙したが、話し出した。「嫁の一件のせいです」


「お嫁さん」稲葉は言った。「そういえば貴方は既婚でしたね」


 稲葉は手元に持っていたバインダーに入った資料を見て言った。高倉は沈黙したままだ。


「そういえば貴方のお嫁さんも、貴方のお兄様と同時に行方不明になっておりますね。お兄様と二人で駆け落ちをするからと、当時の貴方のご自宅に書置きがありましたが」稲葉は手元の資料から顔を上げて高倉を見て言った。「当時はお嫁さんのご実家から行方不明届を出されておりましたが、内輪揉めという事で処理されていましたが」


「そうです」高倉は稲葉を見て言った。「嫁は」一瞬言い淀んだ。「殺されました。山の、井戸の中に遺体が入っているはずです」高倉は話し終えた後はまた俯いた。


「殺された」佐々木が横から高倉に話しかけた。「誰にだ」


「それは」高倉は佐々木を見て虚ろな目をして言った。「双子のもう一人の方にです」


 稲葉は佐々木を見た。佐々木は一瞬沈黙したが、高倉を見て聞いた。「何故だ。そして何故それを高倉さん、貴方は知っているんだ」


「双子のもう一人は」高倉は虚ろな目をしたまま言った。「情緒不安定でした。嫁を殺した後、私を呼びました。私は嫁の遺体を確認し、証拠隠滅を手伝いました。嫁が捜索される事を防ぐため、嫁だけではなく双子のもう一人と駆け落ちをした事に見せかけて内輪揉めという形ですぐに処理をされるように、双子のもう一人をしばらく行方不明扱いにするように、身を隠させました」


「自分のお嫁さんを殺されておいて、何故お兄様を庇ったのですか」稲葉は疑問に思い聞いた。


「嫁は」高倉は俯いて言った。


「私は嫁が嫌いでした」高倉は吐き捨てるように言った。「双子のもう一人は自分の唯一の家族です。自分の血縁者を優先しました」


「そんな事あります?」稲葉は疑問に思いつい口から言葉が出ていた。


「つまり、その、お嫁さんと普段から貴方は仲が悪かったという事でしょうか。書置きにあったように、お兄様と貴方のお嫁さんが不倫関係にあった事も嘘なのでしょうか。殺人を犯したのはあくまでお兄様で、貴方はその証拠隠滅の手伝いをしただけだと?」稲葉は疑う視線を高倉に投げた。


「そうです」高倉は言った。


 稲葉は黙り込んだ。


「書置きは、貴方方兄弟どちらかがわざと残したものか?」佐々木が聞いた。


「そうです」高倉は言った。「ですが」高倉は言い淀んだ。


「何ですか」稲葉は聞いた。


 高倉は一瞬躊躇した後、深く息を吸い込み、稲葉のほうを真っすぐ見て話しだした。その目は虚ろではなく、切羽詰まったような表情だった。


「まず、前提として間違いがあります」高倉は言った。


「最初に、私には妻はおりません。結婚歴もありません。そして私は高倉有理ではありません。私は、双子の兄の高倉有隆です」

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