笠木は、自宅のアパートのベッドの上で横たわっていた。高倉の家から帰ってきてから、何も出来ずにいた。夕飯を食べる気力も沸かず、シャワーも浴びずに帰宅してからずっと部屋の隅のベッドの上にいた。


 自分の部屋は狭い。高倉の家のように広くない。もうあの家に行く事もないのだろうが。


 笠木は、小さなキッチンとその横の小さな冷蔵庫、浴室とトイレの一体型の狭いユニットバス、むき出しの洗濯機の置かれた、狭い部屋を見た。


 ワンルームの中に冷蔵庫やら洗濯機やら小さなテレビ、本棚、机、こたつ、座椅子、シングルベッドが詰め込むように置いてあり、その周りの壁をコルクボードが所狭しと覆っている。コルクボードには自分の描いたイラストが飾ってある。絵本のようなふわりとしたタッチのイラストだ。


 その中の一つの、キリンの絵を見つめた。高倉と一緒に動物園に行った後に描いたものだ。


 笠木は高倉が初めてこの部屋に遊びに来た時を思い出した。


 高倉はこの狭い部屋を見ても何も言わず、壁に飾られたイラストを見て、絵が上手いねと褒めてくれた。高倉はしばらくイラストを見つめていて、才能がある人は羨ましい、と呟いた。


 笠木からすると、高倉の完璧な容姿に仕事の出来る社会人のようなイメージがとても羨ましかった。


 部屋の真ん中に置かれたこたつと座椅子を見る。この座椅子によく高倉が座って、二人で宅飲みをした事を思い出した。高倉はいつもビールを一杯しか飲まなかった。


 付き合って最初の頃は、高倉とデートをした後はよく笠木の部屋に来ていた。高倉がなかなか自宅に呼んでくれなかったからだ。自宅は汚いからと断られていたが、いざ呼ばれて入ってみたら、殺風景で綺麗に整理された部屋だった事に驚いた。


 笠木は、洗面所に置いてある高倉の歯ブラシなども捨てなければならないな、と思った。


 笠木はベッドの自分の頭の横に置いてあったスマートフォンを手に持った。笠木はスマートフォンの中のアルバムを確認すると、高倉から貰った二人のツーショット写真を表示させた。


 高倉は無表情だった。この瞬間、高倉は何を思っていたのだろうと思う。


 この日はとても楽しかった。なのにその後、あの朝に喫茶店で別れてから、高倉は一切連絡をくれなくなった。


 笠木は右手の薬指にはめた高倉から貰った指輪を見た。この指輪をくれた時、高倉は何を思っていたのだろう。笠木は、この指輪も外さないといけないなと思った。


 笠木は、SNSで拡散されていた行方不明の女性の顔写真が、数日前にテレビでニュースに流れていた事を思い出した。黒髪ストレートの綺麗な女性だった。その女性が、高倉と会っていた女性に似ていた事を思い出した。


 伊藤と一緒に立ち飲み屋に行った際に目撃した女性だ。伊藤はSNSで拡散されていた女性の顔を見て、警察に通報したのだ。


 その後大量の死体が山の井戸から出て来たとニュースになっていた。


 笠木は高倉に何度か連絡を取ったが、何も返事はなかった。自宅にも何度か訪れたが、高倉は自宅の鍵を変えていたようで、合鍵で中に入れなくなっていた。笠木はショックを受けた。


 高倉は一体何に関わっているのだろう。あの警察は、何を疑っているのだろう。高倉は一体何を隠しているのだろう。


 せめて自分に全て話してくれれば別れる選択肢は選ばなかったかもしれないのに、と笠木は思った。むしろ自分は高倉から突き放されたのだろうか。


 ふと、笠木は自分が考えた事に自分で驚いた。もし高倉があの連続女性誘拐殺人事件の犯人でも、高倉がもし自分を突き放していなくても、付き合い続けられると今自分は思ったのだろうか。自分は恋人が犯罪者でも付き合い続けるつもりかと自分を疑った。


 スマートフォンで再度高倉とのツーショットを確認した後、削除しようと思ったが、削除ボタンを押す指が途中で止まった。別れたのに、この綺麗な顔がまた見たいと思ってしまった自分を呪った。また、あの優しかった頃の高倉の表情や声を思い出し、ふと泣きそうになった。


 笠木は写真の削除はやめて、せめて指輪を取ろうと思いスマートフォンをベッドに置こうと思った。その時、スマートフォンに着信が入った。


 着信元の名前は高倉有理だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る