第十二章 疑惑

 高倉は久しぶりに定時で仕事が終わった後、コンビニに寄り夕飯と缶ビールを二本買い、自宅に帰宅した。


 自宅のダイニングテーブルの椅子に鞄を置き、コートを壁にかかっているハンガーにかけた。着ていたスーツのネクタイを緩め、居間のソファーに座り、コンビニで買った弁当を居間のテーブルに置き、買ってきた缶ビールを開け飲もうとした。


 一瞬居間の横にある寝室のベッドに目が行き、笠木の顔が頭に浮かんだが、思い出さないように目をすぐに背け、今年中に作成しなくてはならない設計書の構成の修正図を思い出そうとした。


 高倉が缶ビールを二口と飲む前に、玄関のチャイムが鳴った。高倉は缶ビールをテーブルに置き、居間にあるインターホンから玄関の外に立っている人物を見た。そこにはスーツ姿の男が二人立っていた。


「はい」高倉はモニターの通話ボタンを押して言った。


「夜分に失礼します、高倉有理さんですか」手前に居た男が身分証をかざしながら、モニター越しに話しかけてきた。「我々は北警察署の者です。少しお伺いしたい事があるのですが。今お時間よろしいですか」


 高倉はモニターを消すとため息を吐き、玄関に向かい、玄関の扉のチェーンがかかったまま扉を開けた。


「どうしましたか」高倉は無表情で聞いた。


 手前に居た男の警察官は身分証をかざし、自分の顔写真の部分を見せた。年齢は高倉と同い年くらいの男だった。


 後ろに居た男の警察官も同様の仕草をした。こちらは若い男だった。


「夜分に申し訳ありません。小川葵さんという女性をご存じでしょうか」手前に居た警察官が高倉に聞いてきた。


「いえ、知りません」高倉は言った。


 手前に居た警察官はこちらをしばし見ると、後ろに居る警察官から何やら受け取り、それを高倉に見せてきた。「この女性です。ご存じありませんか」


 警察官はロングヘアーの黒髪ストレートの女性が写った写真を見せてきた。女性は白のフォーマルな衣装を身に着けており、隣にはブレザーを着た少年が写っていた。高校の入学式の写真のようだ。


「知りません」高倉は言った。


「ではこちらの写真に写っている方はどうですか」警察官はさらに二枚目の写真を高倉に見せてきた。


 それは夜の防犯カメラの映像の写真のようで、夜の防犯カメラにしては精度が高く画質が良い写真だった。写真には、スマートフォンを掲げ何かを写真に写そうとしている、明るい茶髪のパーマの小柄な男が、横から写っていた。


 高倉は動揺した。この姿は見間違えるはずがない。創也だ、と高倉は思った。


 笠木は電信柱の後ろに隠れているようだが、防犯カメラからは堂々と横から全身が写っており、怪しげだった。高倉は少し迷った後、「知り合いです」と警察官に伝えた。


「お知り合いですか」警察官は意味深に高倉を見てきた。「この方は今北警察署でお話伺っているところなんですが」警察官は言った。


「え?」高倉は動揺を隠せずに言った。「創也が?何故ですか」


「ただのお知り合いではないようで」警察官は疑心暗鬼にこちらを見てきた。


 高倉は無言で写真を見ていた。


「この方は、何かを写真に撮っているみたいですよね。何を撮っているかお分かりになりますか?」警察官は聞いてきた。


「いえ」高倉は言った。写真は笠木しか写っていなかった。


 警察官は三枚目の写真を取り出して、高倉に見せてきた。「この写真に写っているのは貴方で、車は貴方のお車ではないですか?見辛いですが、ナンバーご確認いただきたいのですが」


 高倉は写真を見た。今度の写真も夜の防犯カメラの映像のようだが、先程の写真より画質は劣っている。別の防犯カメラの映像のようだ。


 立体駐車場のような所で、車が複数台駐車してある。奥に写っている黒い車に、助手席に近いところで女性を抱えている男が写っている。その奥の立体駐車場の支柱の奥に、遠いが車の方を見ている笠木に似た人物が写っている事が分かる。


 車のナンバーはよく見ないと分からなかったが、ぼんやりと見た感じ高倉のナンバーに似ている数字が見えた気がした。


「ここに写っている男性、あなたに見えませんか?実は先程の女性は現在行方不明届が出されておりまして、その女性に似た女性を最後に目撃されているのが、この駐車場の近辺でして」警察官は言った。


「貴方のお車のナンバーを拝見したいのですが。あと以前、貴方には今年の春頃、同じ案件で任意同行をお願いしましたよね。その時は来ていただけませんでしたが。今回はお話聞かせてもらえませんか?」警察官は写真をしまい、玄関のドアのチェーンの隙間から、こちらに威圧的な目線を向けてきた。






 高倉はパトカーから降り、警察官二人に囲まれて、北警察署の前までやって来た。

夜でも北警察署は明かりが点いており、車も沢山停まっていた。警察官に前後を挟まれた状態で警察署の中に入ると、入り口の待合室の奥に笠木が座っているのが目に入った。笠木はこちらを恐々と見つめてきた。


 高倉は笠木を一瞬凝視したが、すぐに目を背け、警察官に案内される形で待合室の奥まで、長い廊下を歩きながら向かった。


 高倉が通された取調室は、廊下の奥にある狭い個室のさらに奥にある小さな部屋だった。取調室と個室を繋ぐ窓には茶色いカーテンがかかっていた。


 取調室の中は机が二台向かい合うように並べており、高倉は、先程家に来た高倉と同い年くらいの警察官に奥の席を案内されたので、奥の席に座った。その警察官は取調室の窓のカーテンを開けた。


 窓だと思っていた部分には大きな横長の鏡がついており、こちらから向こう側は見えないが、隣接した向こうの小部屋からはこの部屋の内部がマジックミラーで見えている状態なのだろうな、と高倉は思った。昔何かの刑事ドラマで見た事がある。


 その警察官は、高倉の座った席の斜め前の席に座った。


 少し待つと、さらに知らない警察官が一人、取調室のドアを開けた状態で入ってきた。今新しく見る警察官は、高倉の目の前に座って来た。何やら手に持っているバインダーの中を確認していた。眼鏡を掛けた年配の男だった。


「まずですが」その警察官は口を開いた。「貴方には黙秘権があります。それを承知の上でお話をしたいのですが」警察官は話し出した。「貴方は十一月十七日、何処で何をしていましたか」高倉に聞いてきた。


「カレンダーを確認してもいいですか」高倉はスーツの胸ポケットにしまっていたスマートフォンを指差して言った。


「どうぞ」警察官は手を差し出して言った。


 高倉はカレンダーを見た。その日は金曜日の平日だった。仕事をしていたはずだ。高倉はふと思い出し、写真を保存しているアルバムを確認した。


 笠木に見せたWEB打刻表の写真を見た。十一月十七日の打刻履歴が残っていた。その写真を表示させ、警察官に見せた。「二十時十五分まで、会社で仕事をしていました」


 警察官は目を細めて高倉のスマートフォンの画面を見た。「写真に撮らせていただいてもよろしいでしょうか」


「どうぞ」高倉が言うと、目の前に座っていた警察官が横の警察官に頷き、横に座っていた警察官がスマートフォンを取り出し、高倉のスマートフォンの画面を写真に収めた。


「ありがとうございます」目の前の警察官はそう言うと、また持っていたファイルに目線を落とした。


「この瞬間、この時間帯は職場に居たとの事ですが、このタイムカードは正しいものですか?」目の前の警察官はバインダーに何か文字を書きながら聞いてきた。


「正しいものです。私の職場は指紋認証システムなので、他の誰も代わりに改ざんは出来ません。なんなら職場に問い合わせしますか」高倉は言った。職場に問い合わせは嫌だったのだが。


「いいえ、結構です。次の質問ですが、防犯カメラの映像の写真には貴方の車らしきものが写っていました」警察官は言った。「貴方は、この日同僚の方に車を貸していたそうですね。その方のお名前とご連絡先を教えていただきたいのですが」警察官は高倉を見た。


 高倉は、笠木が勝手に色々と警察官に話した事を恨めしく思った。


 高倉は思考した。その日は、同僚になど車は貸していない。キーは自宅にあった。笠木を言いくるめる為についた嘘だ。ここで嘘の情報を教えても何の得にもならない。すぐに分かる事だ。


「その日は、同僚には貸していません」高倉は俯きながら言った。「車のキーは、自宅にありました」


 警察官は一瞬沈黙した。


「では、何故そのような嘘を恋人さんに伝えたのですか?」目の前の警察官は高倉に聞いてきた。


 高倉はたじろいだ。笠木は自分と交際をしている事まで警察に言ったのか。警察にどこから何まで話したのか、と高倉は動揺した。


 高倉はしばらく沈黙したが、「浮気を疑われたくなかったからです」と正直に答えた。


 高倉は警察官の方を見た。警察官は二人で目線を合わせ、困っているようだった。


 しばらく警察官は何か考え込んだが、目の前の警察官がファイルを見つめ、その沈黙を破った。


「貴方は、普段職場に通勤をする際は地下鉄を使用していると先程恋人さんから伺いました」警察官は言った。「この日も地下鉄で移動を?」警察官は聞いてきた。


「はい」高倉は答えた。


「それでは、十七日以外もですが、普段はその車のキーはどこに置いてあるのでしょうか」警察官は聞いてきた。


「自宅です」高倉は答えた。


「貴方の恋人さんは、貴方の自宅の合鍵を持っているとお聞きしました」目の前の警察官は見ていたファイルから顔を上げて、高倉を見てきた。


「恋人さんが、貴方の居ない間に貴方の自宅に侵入し、車のキーを誰かに渡したとは考えられませんか?」警察官は高倉の表情を細かく観察するように、目線を外さずに聞いてきた。


 高倉は動揺した。目線は目の前の警察官と合わせたままだったが、この瞳の奥を覗くような視線が不愉快で仕方がなかったし、自分の手が汗ばんできている事を感じた。


「そのはずはありません」高倉は言った。


「何故そう思うのですか?」警察官はまだ高倉の目を見つめたまま聞いてきた。


「創也…笠木さんは、まず普段車を運転しないので、私の車を運転しないと思いますし、誰かに渡すと言うのも、動機が分かりません」高倉は言った。


 警察官は困った顔で高倉を見てきた。「ですが、貴方の車がこの時間帯ここにある証明はどうすればいいのでしょう?」


「写っている写真は不鮮明でした。私の車かの判断は、その写真では難しいと思います」高倉は言った。


 警察官は高倉をじっと見つめながら聞いてきた。


「科捜研に提出したら判別は可能です。その際、貴方の車だと証拠が取れましたら、またご連絡をさせていただきたいのですが、ご連絡先を教えていただけますか?」

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