「そういえば有理君ってドライブ中音楽とかかけないよね。いつもかかってるの聞いた事ない」


 笠木はカーナビゲーションの音声案内の間の沈黙を破るようにして聞いた。


「俺音楽嫌いなんだよね」高倉は言った。「でも何か聞きたいなら今度借りてくるけど。テレビ付ける?」高倉は聞いてきた。


「じゃあ、付けてもいい?」笠木が言うと、高倉は車のナビゲーション画面を一度閉じ、テレビをつけてくれた。テレビでは丁度お笑い番組の再放送が流れていた。


「これが見たい」笠木がそう言ったので、高倉は画面をそのままにしてくれた。


 お笑い番組を見ているうちに、気が付けば円山動物園の駐車場の近くまで来ていた。


 円山動物園正門とその横にある札幌市円山球場を通り過ぎ、円山陸上競技場を後ろに、円山動物園の西門前にある第一駐車場に向かって行く。


 高倉は普通に駐車場の精算機から駐車券を取って中に車を進めて行く。


「本当に動物園に行ってくれるの?」笠木は驚いて聞いた。


「え?行きたいって言ったじゃん」高倉はびっくりした顔で笠木を見た。「え?行くでいいんだよね?」


「うん、行きたい」笠木は、高倉も動物園には行かずに途中で引き返すのかと思ったのだ。


 高倉は「じゃあ駐車場停めるからね」と聞いてきて、屋上駐車場へ向かった。


 笠木は自分で動物園に行きたいと言っておきながら、緊張をしてきた自分が居る事に気付いた。


 今日は動物を見に来たのだ。そうだ。純粋に動物好きな男二人で動物を見に来ただけだ、と笠木は自分に言い聞かせた。以前高倉とショッピングの帰りにペットショップに寄った事もあるし、その流れだと思えば良いのだと思った。


 だが駐車場が思ったよりも混んでいた事で、笠木は動物園の中が家族連れやカップルだらけなのだろうか、と一瞬不安になった。動物園は笠木も小さい頃に母親に連れられて来て以降、来ていなかった。


 高倉は運転が上手かった。笠木が今まで会った人間の中で一番上手いと思った。安全運転で渋滞時も苛々する事なく落ち着いているし、昔付き合っていた男達とは大違いだと笠木は思った。乗っていて安心出来る。今は器用にバックで駐車をしていた。今日は祝日なので駐車場は混雑していたが、なるべく入口に近い駐車スペースを選んでくれた。






 動物園の券売所で、高倉は大人二枚、と店員に言った。


 笠木はさすがに毎回高倉にお金を払って貰うのは申し訳ないと思い財布を出したが、高倉がいいよ、と言うので今回も甘えてしまった自分が居る事を恥じた。


 笠木は、高倉が自分を、そんなに豊かな暮らしをしていないと思い気を遣っているのだろうかと思った。確かに書店でアルバイトをしているだけだとそんなに豊かな暮らしは出来ない。


 以前、専門学校を卒業した後は正社員として働いていた時期もあったし、その会社を辞めた後も書店と居酒屋を掛け持ちで勤務をしていた時期もあったが、多忙により体調を崩し書店だけの勤務に落ち着いたのだ。現在住んでいるアパートも家賃の安さで選んでいて、とても贅沢な暮らしとは呼べなかった。だから高倉を最初自分のアパートに招待する時は、緊張したものだ。


 高倉はいつも着ている服や持っている車から気品の良さを出しているし、笠木は、自分のような古着で落ち着いている男とはとても釣り合わないのではないかと常に思っていた。今日は手持ちの服の中でも落ち着いた服装にしてきたつもりだった。


 そういえば高倉に珈琲を途中で奢る事を忘れていた、と笠木は思い出した。


 今日は十一月後半だ。もう少しで雪が降るのだろうかと笠木は思った。雪虫が飛んでいた。


 高倉は券売所で貰った動物園のマップを笠木に渡してきた。


「まずどこから見に行く?」笠木に高倉は聞く。


 笠木は軽くマップを確認した後、「アフリカゾーンに行きたい。キリンが見たかったんだ」と伝えた。笠木は先程まで周囲の目を気にしていた自分を忘れて笑顔で高倉に言っていた。


 高倉と笠木は白と茶色で出来たシンプルな建物に近づいて行った。壁には「アフリカゾーン・キリン館」と書いてあり、キリンとダチョウの写真のボードが壁に取り付けてある。


 透明の自動ドアに近づいて中に入ると、中には館内地図や展示動物、お知らせボードが壁に掲示されていた。外は冷えたが、中に入ると動物園だからか室内暖房が効いており、暖かかった。


 入ってすぐ右側に階段があり、その横の壁に「ミーアキャットは二階にいます」の説明文が貼ってあった。


「俺ミーアキャット好き」高倉は唐突に言った。


 笠木は高倉と札幌ファクトリー内にあるペットショップに寄った事があるが、高倉は無関心そうであまり動物好きに見えなかったので、意外だった。どちらかと言えば爬虫類に反応を示していたので、ミーアキャットが好きという台詞が意外過ぎて笑いそうにもなった。


「じゃあまず二階に行こっか」笠木は言った。


 コンクリート造りの内装の階段を上がり右へ歩き、さらに自動ドアを抜けると、木で出来たテーブルや椅子、自販機が置いてあり、休憩所になっていた。休憩所には今人は沢山おらず、子供連れの夫婦と老夫婦が休憩するように座っていた。


 その奥にミーアキャットの居るガラス張りの居住区域が見えた。中は砂の上に太い木の枝が何本か重ねて置いてあり、大型うさぎくらいのサイズの茶色い生物が二匹、ガラスの向こう側で穴を掘ったり、忙しなく移動をしている様子が見て取れた。


「創也、そこの前に立って」高倉はコートのポケットからスマートフォンを取り出して言った。


「え?」笠木は戸惑った。「写真撮るの?」


「創也とミーアキャットを撮りたい」高倉は無表情で言った。


 突然ミーアキャットが好きと言ったり、珍しく写真を撮ろうとするのに、感情が読めなかった。高倉はミーアキャットに向けてスマートフォンを構えたままなので、笠木はミーアキャットの横に移動した。


「これでいい?」笠木は指でピースサインを作った。


「オーケー」高倉はスマートフォンを構え写真を撮った。「ありがとう」


「変な顔してなかった?」笠木は聞いた。


「大丈夫」高倉は少し微笑み、スマートフォンを触りながら言った。「そこに居るの、キリンだよね」


 笠木はミーアキャットの居る休憩所とは反対のガラス窓を見た。そこは一階と二階が繋がっている巨大な区域になっており、キリンの顔が上から見えた。


「おお。これは良いね」笠木はスマートフォンを取り出し、キリンの横顔を写真に収めた。


「下から見るアングルを撮りたいんだけど、下に降りてもいい?」高倉に聞いた。


 高倉がいいよと言ったので、また二階の自動ドアから階段へ出て、階段を降り一階の自動ドアの中に入った。


 中に入ると高い檻に囲まれたキリンが居たので、笠木はキリンの横に移動して、写真に収めた。正面からも撮ろうと移動しようとした瞬間、高倉が「俺も撮りたい、そこに立って」と言ってきた。高倉はスマートフォンをキリンに向け、指で笠木に戻れ、と合図をしている。


「また撮るの?いいけど」笠木はキリンの横に立ち、また指でピースサインを作った。


「オーケー、ありがとう」高倉はまた少し微笑み、満足したようにスマートフォンを触って言う。


「正面からも撮る?」笠木は聞いた。


「いいね」高倉はスマートフォンを抱えたままキリンの正面に行き、笠木にそこに立ってと、また指で合図をした。


 人気がなくなった辺りで笠木はキリンの正面に立ち、ピースサインだけだとつまらなく感じたので、キリンを仰ぐ形で両手を挙げ、上を向いた。


「普通に正面向いて」高倉が言ってきた。


 笠木はしぶしぶ正面を向いてまたピースサインをした。


「ありがとう」高倉は満足したようだったので、笠木も正面からキリンを撮った。


 ふと後ろを向くと、キリンを撮っている笠木を後ろから写真に収めている高倉が見えたので、「何撮ってるの」と笠木は苦笑いした。


「隠し撮り」高倉は無表情で言う。


 笠木は他にもキリンを見ている人が居る事が気になり、恥ずかしくなった。高倉は恥ずかしくないのだろうかと疑問に思った。表情は先程からたまに少し微笑む以外は無表情が多く、感情が読みにくかった。一応楽しんでくれているのだろうか。


 二人はその後場所を移動し、色々な動物を見に行った。笠木も動物を写真に撮ったが、時折高倉が笠木と動物を写真に撮りたがるので、このペースだと今日中に全ての動物を見終えられるだろうか、と笠木は思った。


 閉園時間になる前に、急いで最後に見たかったホッキョクグマ館に二人で小走りし、見に行った。


 ここの見どころは水中トンネルだ。ホッキョクグマとアザラシが泳いでいる姿が、水中トンネルによって下から見えるのだ。勿論ホッキョクグマとアザラシのプールは分かれているらしいが、一緒に泳いでいるように見えるらしい。施設内の階段を降り地下のトンネルに入ると、ブルーのトンネルが目に入った。


 ここには人が沢山居た。さすが円山動物園の見どころの一つである。


 トンネルの中に入ると、一面ブルーの世界で覆われた。カメラを構えた人や興奮して声を上げている子供が沢山居た。


 上を見上げると、ホッキョクグマとアザラシが悠々自適に泳いでいた。確かに同じプール内で共に泳いでいるように見える。


 食べる側と食べられる側が一緒に優雅に泳いでいる様は不思議な光景だった。


 笠木はスマートフォンで沢山、色々なアングルから写真を撮った。ふと、スマートフォンを降ろすと、高倉がまた指で合図をしながら「写真撮らせて」と言ってきた。


 笠木は丁度後ろにホッキョクグマが居る状態で、周囲を確認してピースサインをした。


「ありがとう」高倉は微笑み、今日一番満足したような表情だった。


 トンネルを出て階段を上り出入り口から外に出ると、外に居るホッキョクグマが柵の中で、居住区域の山の上を歩いている姿が見えた。ふと、笠木は下に降ろしている自分の手の甲に、手の甲をすり合わせるように密着してきた高倉に気付いた。


「どうしたの」笠木は咄嗟に手を離し、周囲を見渡して焦って聞いた。驚いたし自分の顔が赤くなっている気がした。今のは誰にも見られていないといいのだが。


「一緒に写真撮ろう」高倉は外にいるホッキョクグマの方を指差しながら言った。


「え?」笠木は戸惑いが隠せずに慌てて小声で言った。「ツーショット?ここで?」


「うん」高倉は自分のスマートフォンを持ち、ホッキョクグマを背景に立ち、笠木の横に並んで言った。「だめ?」


 笠木は動揺が隠せなかった。普段高倉は外ではクールで、距離感があるデートしかしないのに、今日は何故こんなにも絡んで来るのだろうと思ったのだ。それに周囲に人も居る。一瞬近くに居た十歳くらいの女の子と目が合った。笠木は視線を逸らした。


「まじで撮るの?」笠木は小声で聞いた。


「すぐ終わるって」高倉は既に自分のスマートフォンのカメラをインカメラ設定にし、スマートフォンを持った腕を掲げ、笠木に近付き、写真を撮る態勢に入っていた。


「はい、笑ってー」高倉は笑っていないのに笠木には笑えと言う心情が笠木には理解が出来なかった。笠木が表情を作る前に、カメラを見た瞬間写真を撮られた。


「はい、終わり」高倉は写真を撮った後はすぐに笠木から離れ、スマートフォンで撮った写真を確認した。


「それ僕にも後で送ってよ」笠木は急に撮られた事に納得していないように不貞腐れながらも言った。「せめてもう少しましに撮って欲しかった」


「もう一枚撮る?」高倉は聞いてきた。


「やだ」笠木は高倉の方を見ずに言った。近くにいた十歳くらいの女の子がずっとこちらを見ているのが気になって仕方がなかった。


 笠木は自分の腕にはめた、高倉に去年クリスマスに貰った腕時計を見た。「もう閉園時間になるし、帰ろう。お土産屋は見る時間多分ないよね」


 高倉も腕時計を見た。「走ればワンチャン?」


 笠木は自分と高倉に土産を買いたかったので、「走ろう」と高倉を誘った。高倉が走るイメージはなかったし、走っている姿を見た事はなかったが、一緒に走って土産屋まで行った。

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