高倉は途中コンビニに寄った後、山の中をドライブした。葵は助手席に座って眠っている。


 このまま服を脱がせられたら楽なのに、と思うが止める。決して葵の裸が見たい理由ではなかった。


 いつもの場所に近づいて来た。土の中に斜めに刺さった、誰も見ることのない、もう使用されていない旧型標識が見えた。さらに奥へ深く進むと、私有地につき立ち入り禁止の看板と、公道と私道の境に建てられたフェンスが見えた。


 今フェンスは開いている。そのまま車を進ませた。


 高倉はある程度進むと脇道に車を止め、周囲に人気がない事を確認する。基本この道に一般人は来ないのだが、念のため用心深く辺りを見渡す。


 助手席を見た。葵はぐっすり眠っている。


 後ろを振り向き、後部座席に畳んで積んであった黒いレインコートを手に取った。その下に隠すように置いてあった革手袋をはめると、同じくレインコートの下に隠してあったLEDライトとロープを持ち、車を降り、レインコートを着た。もう十一月半ばなので外は冷え込む。


 高倉は助手席に周りドアを開け、葵がまだ熟睡している事を上から見下ろす形で確認する。起こさないようにゆっくり葵を抱え込み、LEDライトで足元を照らしながら森の中へ入っていく。


 高倉はLEDライトで目標を発見した。高倉は、その古井戸の表面に露出している石積み部分に葵をもたれかかせるように座らせた。LEDライトを地面に置く。


 高倉は眠っている葵を上から一瞥し、興奮した息を押し殺しながら、持っていたロープを自分の皮手袋をはめた左手に何重に巻き付けた。


 そのまま葵の首にもゆっくりロープを巻いていき、葵の顔を正面から見ながら、最後に自分の右手に何重に巻いた。


「葵ちゃん、起きて」高倉は葵の顔に自分の顔を近づけ、小声で葵の耳元に囁く。


 葵は熟睡していて微動だにしなかった。


 葵の頬を叩く。葵は目を瞑りながらうめき声を出した。もっと強く両手で両頬を叩く。何度か試したら、葵はびっくりしたかのように目を開けた。


「えっ…?」と葵がくぐもった声を出した瞬間、高倉は葵に笑みを見せ、その後すぐに葵の背後に回り込み、井戸から葵を少し引き離すようにして思いきりロープを左右に引いた。


 葵は後ろに仰け反らせられた体勢で地面に座ったまま、苦しそうな音を喉から出した。


 葵は酒と薬で酔っているが、自分の首に巻かれたロープを外そうと必死に喉を引っ掻いた。爪が長かったからきっと喉に傷が出来ているだろうなと後ろから見ていて高倉は思った。最初は急に絞めず、呼吸が苦しいくらいに絞め、徐々にきつくするのが趣味だった。


 葵は呼吸が荒く、声にならない音を出し続けた。


 何を言っているのかは分からない。助けて、どうして、とでも叫んでいるのだろうか。葵はきっと理解不能だろうと高倉は思った。


 「私は明日死ぬだろう」か、良い花言葉だと思ったのは本当だ。葵は自分に会わなければもう少し長生き出来ただろう。


 葵はまだ必死にロープを外そうとしていたが、酔っている上に睡眠導入剤を飲まされているので、力が弱弱しい。体勢もきついだろう。


 可能であれば酔っていない状態で絞めて暴れて欲しいのだが、ここに連れて来る上でも声を出される上でも、仕方のない事だった。山の中といえども大声を出されたら目立つ。


 葵の首に巻かれているロープを一旦緩め、高倉は葵の体勢を前に戻してあげると、後ろから「葵ちゃん、大丈夫?」と声を掛けてみた。


 葵ははあ、はあ、とロープを取ろうと足掻き、一瞬ロープが緩んだ事に安堵をしたみたいだ。


「どうしてここにいるか分かる?」高倉は聞いてみた。


 だが、葵は意識が朦朧としているようで、高倉の質問に何も答えず、ただロープを取ろうと意識が混沌とした中で無意識に躍起になっているようだった。葵の体が左右に揺れている。


 ロープを外そうとしても無理だ。指で解けない程度にしか緩めていないし、酔っている女に高倉の力が負けるわけがない。


「答えてくれないならまた絞めちゃうよ」高倉は言った。


「な…なんで…」ロープで絞められて出し辛そうに、か細い声で震えながら葵は聞いてきた。


「なんで?不倫に興味があったんでしょ?」高倉は言った。


 葵は呼吸が少し荒くなってきた。


「い、意味わかんない。だからってなんで、ねぇお願い、帰らせて」葵は泣いているようだった。鼻をすする音がし、肩と声が震えている。「おねがい…」


「お願いされてももう、無理なんだよね。ごめんね」高倉は肩をすくめた。「不倫をするような女が悪いと思わない?」


「ご、ごめんなさい」葵は震えながら謝った。だが、次の瞬間体を震わせると、「誰か…っ」と大声を出した。


 高倉はロープを左右に強く引っ張った。


 葵は苦しそうにひゅっと息をすると、首のロープをまた必死で取ろうと足掻いた。体が前後左右に大きく揺れ、声にならない音が宙に舞う。


 高倉は小さい声でリストの愛の夢を口ずさみ始めた。


 葵の首に巻いたロープを引く手を、段々強くする。葵の息の根が止まるのを待つ。


 高倉は葵の顔を見ないようにしながら、自分の母親の顔を思い浮かべた。


 葵は苦しそうな音を出しながら相変わらず手で足掻いて抵抗しようとしている。きっと前から見たら酷い顔をしているのだろうなと高倉は思った。


 高倉が更にきつく引っ張ると、一瞬暴れる様が酷くなった後、ぶらんと両腕が地面に落ち、急に静かになった。葵の顔ががくんと下を向き、体重が高倉に掛かってくる事を感じた。尿の匂いがした。


 高倉は口ずさむのをやめた。


 遺体の後ろ姿を見る。首を絞める瞬間まで時間が掛かるのに、快楽は毎回一瞬だった。


 高倉はため息を吐いて虚ろな目をし、目の前の遺体ではない何か遠く、暗闇を見ながら、「…これでまた自由になった、父さん」と呟いた。

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