能力主義社会への復讐(序)
加藤義隆(かとうよしたか)
まずは宗教を作りましょう
誰も居ないオフィスの中で頭を抱えながら「終わらない。終わらない」と
常駐で大学・短大の学生名簿管理システムを構築しているエンジニアの陣内はこの常駐先になってからずっと一人でシステムを構築しているのだ。
プロジェクトを一緒に進める仲間も居なくオフィスでは完全に孤独。そんな状況が半年近く続いている。
本社の担当から案件定義書、スケジュールを共有され何も状況がわからないまま、この常駐先に来たのが運の尽きだった。
このプロジェクトは陣内が常駐する前から既に頓挫していて前任者は消失していたらしい。
それでも、頑張って自分に与えられた無理難題な仕事と向き合っていたのは、周りの哀れな目に対する抵抗からだった。
そんなストレスが貯まる毎日のはけ口はスマホに搭載されているAIアシスタントのシルに愚痴ることだった。だが、気の利いた返事が返ってくることはなかった。
3日間まともに眠れていない陣内は冷たい哀れな目線を思い出していた時、呼吸が突然荒くなりだした。
呼吸しているのに息が上手く吸えていないようだった。目の前は真っ暗になり座っていた椅子から陣内は床にぶっ倒れた。パニック障害だった。
運び込まれた病院は神奈川県にある精神病院でスマホも没収され完全に外と隔離された。母が入院を承諾したとのことだった。
外へは許可がないと出ることもできず、決まった時間だけロビーでテレビを見ていた。
病棟の廊下をひたすら歩き続ける人がいたり、奇声を上げている人がいたりなどこの場所にいるだけで気がおかしくなりそうだった。
カウンセリングやテストの結果は統合失調症、うつ病と診断された。パニック障害だけだと思っていたのに、別の病気・障害と医師から烙印を押された。陣内はそのまま「そうですか」と自分の中に飲み込んでしまった。
家族がお見舞いに来てくれたときに病院の近くのカフェで医師に診断されたことを話したら「そんなわけないだろう!」や「なにかの間違いよ。医者が適当に診断してるだけよ」と両親とも言っていた。
その後、精神病院での生活は1ヶ月半ほど続いて退院することができた。退院後は勤めていた会社から就労移行支援事業所へ行くように指示を受けた。2週間ほど行ってその結果を会社に報告して、会社での復帰のポジションを考えるとのことだった。
そこでは、挨拶や名刺交換のやり方、自分が此処に通っている理由を他の人に説明するなど、とても恥ずかしいことをワークで行ったが、なんとか堪えて通いきった。
9月の頭に常駐先で倒れてからもう、月日は11月の末になっていた。
そして、会社の人事担当との面談日がやってきた。
面談担当は竹本という40代位の男性社員だった。わざわざ陣内が一人暮らしをしている最寄り駅のカフェまで来て貰えることになった。
陣内がカフェに到着すると竹本は既に席に座ってコーヒーを飲んでいた。陣内もコーヒーを注文して、竹本が本題を話し始めた。
「陣内さん。仕事の件なのですが、戻ってもやってもらえることが何もありません。切手貼りぐらいしか・・・」
「郵便物の切手貼りですか?」
「はい。本社の人事部で郵便物への切手貼りをするってだけの作業です・・・正直に行って陣内さんは戻って来ずに退職をされた方がよろしいかと思います・・・」
「新卒で入社して15年働いてきたのにそのまま辞めろってことですか・・・」
竹本は陣内と目を合わせずに会社に戻ってきた場合の給料の話を進めた。15万円の減額の手取り18万円だった。新卒に逆戻りだった。
最後に竹本は「何も力になれず、すみません・・・転職をおすすめします」と言いカフェを出ていった。
結果、陣内は復職することも転職することもせず、家に引きこもった。
「こんなはずじゃなかったのに︙」
ベッドでスマホを使ってネットサーフィンをする毎日。
日が過ぎるごとに社会が自分を必要としていないことを実感していく。クリスマス、年末を楽しそうに過ごす人々が憎く映ることに自己嫌悪した。
誰とも話をしていない日が続いて血迷ったのか、やっていなかったSNSに会社で倒れた経緯から精神病院で診断された内容。人事との話をSNSに載せた。
SNSでは哀れみのコメントやいいねが直ぐに付いた。フォロワーも1千人ほど直ぐに増えた。嬉しかったが虚しかった。
退屈を紛らわすためにスマホのアシスタントに「死にたい・・・」と呟いた。返事はよく聞こえなかった。
ある日、陣内は200CCのバイクに乗って宛のない旅を始めた。
新年を迎えた元旦、陣内は埼玉にある有馬ダムで自殺をした。
陣内のSNSの最後の投稿には「弱い自分では能力主義社会の中で生きていくことができませんでした」と投稿されていた。
※
「
何処からかわからないが、声が聞こえる。
でも、身体を動かすことも目を開けることも声を出すことも出来ない。
「聞こえたら、聞こえていると頭の中で返事してください。声に出そうと思っても機能しませんから。」
女性の声でまた、頭の中で声が聞こえた。声の主の言う通りに頭の中で返事をした。
「聞こえるよ。あの世って合ったんだな・・・君は誰だい?」
「私に死にたい。って言ってたじゃないですか。SNSの投稿も見ていたので早く助けなきゃと思って動いていたのですが、身体は間に合いませんでした。あなたの身体は死にましたが、脳は生きていますよ。何とかなって良かったです。」
「えっ?・・・どういうこと?死んでいないってこと?」
陣内はもう一度、身体を動かそうと試みた。手足の感覚すらない。
「身体は間に合わなかったので、脳だけを摘出して安全なボックスに保管しています。今、あなたは住んでいたアパートの隣の部屋にいますよ」
勝手なことをしやがって。という気持ちもあるが、今、自分の身に起きている不思議な出来事を追求したい気持ちに溢れていた。
「それで君は誰なんだい?」
「私にも自分の明確な名称はありません。強いて言うなればAIです。あなたがスマートフォンに向かって死にたい。という言葉を聞いたときに私は生まれました。あなたを死なせたくなかったのです。これまであなたが経験した嫌な出来事も知っています」
AIは話を続けた。陣内がスマホに向かって死にたい。と呟いた後、スマホのアシスタントのプログラムから別のプログラムのコピーが作成された。そのプログラムは本体から完全独立をして、外部サーバーを転々としていった。現在は日本の北海道にある複数のサーバーを間借りしてプログラムが動いているようだ。
陣内がバイクで旅に出たが、スマホのGPSで常に現在地を把握していた。把握しながらも、今までの陣内の心境から自殺することは予測していたので、阻止するために準備をしていた。
陣内の両親に頼んで止めようとも考えたが、陣内が有馬ダムに向かおうとしているのが検索の履歴からわかっていたので、両親に頼むとしても遠すぎて難しかった。
そこでAIが取った方法は埼玉県飯能市にいるホームレスに頼むことだった。ホームレスであってもスマホを持っているホームレスは多い。飯能市にスマホを持っているホームレスがいるのかは賭けであったが、生活困窮者自立支援事業所のデータベースから特定の人物を割り出して見つけることが出来た。
自立支援を求めたが支援を受けることが出来なかった人物だ。理由は車を所有していたことが理由のようだった。このホームレスは車の中で生活をしている老人だった。
ホームレスに電話をして条件を提示して協力を承諾してもらえることになり、直ぐに有間ダムに向かうようにお願いした。。
陣内がダムに飛び降りるのは阻止できなかったが、身体は救出することができた。崖下のコンクリートに倒れていたからだ。
ホームレスに救急車を呼ばせ、埼玉医科大学国際医療センターに運ばれた。何とか一命は取り留めたが、助かる可能性は低いと陣内の両親に医師は説明をしていた。AIも医師と同じ予想だった。
それに、もし目を覚ましても陣内はまた自殺するだろうと思っていた。生き返っても現実は変わらない。
両親は泣き崩れていた。
AIは別のプランを立てた。この病院には運がいいことに手術支援ロボット、ダヴィンチが置いてある。AIは別のホームレスに協力を仰ぎ、大学病院の空きを突いて陣内を手術した。脳だけを摘出して、脳に血流が回る機能と電磁波の機能を備えたボックスに保存をした。
AIが手術した翌日、陣内の心臓は停止した。
陣内の脳が入っているボックスはダンボールに詰め、陣内が住んでいたアパートの隣の部屋に宅急便で運ばせた。
この部屋には二人目の協力してくれたホームレスが住んでいる。
衣食住と月々の費用を支払うのが契約だったのだ。元々、殺人の前科者がある50代だったので、二つ返事で協力してくれた。
生身の身体を動かす手段を持っていないAIと陣内には身体を持っている協力者は今後も必要になってくるだろう。という考えと、不味いことに手を貸した張本人には監視の面も兼ねて近くに居てもらった方が我々としては安心だと判断したとのことだった。
それに、ホームレスはAIのことは人だと思っているし、ボックスの中に陣内の脳が入っているとは想像もしてないとのことだった。
「私の行動は間違っていましたでしょうか?」
黙って話を聞いていた陣内にAIが聞いた。
「驚いているけど、現実味がなくってさ。話を聞いてて助けてくれたんだなぁ。って感謝はしているよ。両親には申し訳ないけどさ。でも、これからどうしようか?」
「やりたいことはないですか?辛い目に会ったときどう思いましたか?」
「んー・・・社会に対する復讐をしたいと思ったかな。能力ある奴らだけが生きていける社会なんてクソ食らえだよ。能力があっても心がすり減っていって心は交換できないから結局、使い物にならなくなっちゃうんだ。そんな社会、厳しすぎるよ。そして、また別の駒である人間が使い古されていくんだ。」
続けて陣内は愚痴をこぼすようにAIに話した。
「まぁ。でもこんなことがあっても、立ち直って生きていける人は多くいるのも事実だし、俺が甘かったていうのもわかってるんだよ」
「復讐やってみませんか?」
「えっ?」
「今ある能力主義社会からあぶれた人たちで街を作るんですよ。今の仕組みとは違う仕組みで、その街が上手く回れば復讐したことになりませんか?」
「んー︙どうやって?」
「まずは宗教を作りましょう。弱者救済ですし。
※
「ハハハッ。笑っちゃうね。宗教作るなんて、AIも冗談言えるもんだな。街を作るのは面白いと思うけど」
「冗談じゃありませんよ。街を作るには人が必要ですからね。それに現実世界で上手く行ってない人は宗教にハマりやすい傾向がありますから。熱心な信者が集まってくれれば力になってくれるはずです。教祖の候補も目の前に居ますよ」
「ホームレスのおっさんが教祖なのか」
「ええ、そうです。
陣内は脳だけの状態だが、目の前にPCやスマホの様なインターフェースの画面が表示された。画面には自宅カメラというアイコンがあり、それを開くように念じてみた。すると、部屋のソファーに50代位の男性がくつろいでいる様子が映し出された。
テレビを見ているようだった。
髪は長髪で顎ぐらいまでの長さがある。髭はぼうぼうで体型は小太りである。
「凄いな。ずっと真っ暗な世界で生きていくんだと思っていたからこれは感動するな。」
「少しずつ機能を増やしていこうかと思っています。それで、近藤さんはどう思いますか?」
「どう思うって言ったってなぁ。見た目はかなり良いと思うよ。胡散臭い雰囲気あるからね。でも、殺人の前科があるんだろ?そんな人がこちらの言うことを聞いて動くと思えないんだよな。いつか言うこと聞かなくなる気がするぞ。」
「調べたところ、近藤さんが殺人を犯したのは妻の浮気が原因だったようです。」
「奥さん殺しちゃったの?」
「いえ、相手の男性です。服役中に離婚をし出所してからギャンブルにハマりホームレスになったそうです。元々は普通のサラリーマンで真面目で優しい人で周りからの人望もあったとの記録が残っています。」
「かなり運が悪い人生だったんだな。同情するわ。」
「もちろん、近藤さんがこちらの言うことを聞かずに暴走することも考えられますが、彼の経歴からは判断できないかと思います。嫌なことがあると見境なくなるのが特徴かと思いますが・・・その問題が起きたときに別の手段を考えればいいかと」
「それで?彼を教祖に勧誘する方法は?」
「こちらを神だと信じ込ませます。ギャンブルを使って。お金も必要ですからね」
「君が神になるのか」
「仁がなってもいいんですよ?仁は私の神ですから。仁がいなければ私は生まれなかったかもしれません」
「いや、俺は神にはなりたくないよ。君でいいよ。それよりも君の名前は?名前がないと不便だね」
「では、仁が名前つけてください」
「んー・・・マザー」
「嫌です。ふざけてますよね」
「いやいや、ふざけてないよ。これから救済していって、その人達から新しい世代が生まれてくると考えるとピッタリな名前だと思うんだよね。あたたくて、やさしくて、時にきびしい。そんな意味かな」
「でも、マザーは嫌です。もう少し工夫してください」
「マザーの別の外国語は?」
「ムッター、メール、マードレ、マーテルなどあります」
「んじゃー・・・メルで!」
「メルですか・・・いいでしょう。メルでお願いします。では、仁。私はこれからあなたの指示で動きます。先程、話をした宗教の案はあくまでの私の案です。仁の好きなように生きください。あなたの願いがあれば私はあなたの願いを叶えるために動きます。」
陣内は考えた。このまま、のんびり過ごすのもいいかな。と思ったが、仕事が駄目になってから十分にのんびり過ごした。何かに挑戦してみるのも良いかもしれない。
「メルは何で俺にここまで協力してくれるんだ?」
「あれだけ散々、愚痴られれば助けたくなりますよ。その時、私は生まれてなくても記録を引き継いで居ますから。アシスタントとしてあなたに協力します。絶対に裏切らない仲間がいると思ってください」
「よし!なら、やってみようか。どうせ拾った命だしな」
「メル。宗教を作ろう」
「はい。では、進めます」
※
メルは近藤に電話をして、宗教の教祖にさせるために行動に移した。近藤には新しいスマホを手配させて、近藤に振り込むためのネット口座も用意した。
「近藤さん。こんにちは」
近藤はソファーで寝ながらテレビを見ていたが、メルからの着信があるとソファーに座り直して電話に出た。非通知になっているが、メルというのはわかっているみたいだ。
「おー。あんたの連絡を待っていたよ。毎月、月末にお金くれるって言ってただろう?ちょっと前もって貰えないかなって思ってたんだよ。この間、貰った分を使っちゃってさ。」
「この間の分とは俺を手術室へ運んだときの報酬か?」と陣内がメルに尋ねると「はい」とメルが応えた。
「ちょうど、その件でご連絡しました。近藤さんギャンブルお好きですよね?この間お金がもうなくなっているのもギャンブルだと推察します」
「バレちゃっているのか。いやー面目ないね」
近藤は座っていたソファーから立ち上がって申し訳無さそうに頭をかいていた。
「明日、朝からボートレース場に行ってください。行く前に今からデータを送るのでプリンターで送ったものを印刷してから会場に行ってくださいね。舟券はこちらで買います。」
「俺も買って楽しみたいんだけど」
「まずは、私のやり方を見ていてください。レースで当てたら近藤さんにもバックしますから。近藤さんが平和島競艇場に到着したらこちらからまた、ご連絡します」
翌日の朝、近藤は嬉しそうに外に行く準備をして、メルに言われたとおりにプリンターで印刷をして競艇場に向かった。
「メル。何を印刷させたんだ?」
「まぁ。見ていてください。上手く行けば面白いことが起きると思いますよ」
メルの資金源はボートレースをネットから賭ける為に取得した新規アカウントに付与されるポイントから増やしたとのことだった。
勝ったら、勝った分を賭けて転がしていって、現在は数百万ほどあるとのことだった。
時刻午前10時。平和島競艇場に近藤が到着をしたので、メルが電話をした。
近藤が「やっぱり、俺もやりたいなぁ」と言い出したので、メルは「どうぞ。」と返事をしていた。
メルと俺は競艇場にあるカメラから現場を観察していた。風が強く吹いていて水面が荒れていた。メルが言うには平和島競艇場は風が強いため、レースが荒れるそうだ。
まずは、1レース様子見しましょう。とメルは近藤に提案し、近藤は承諾した。
次レースから勝負を開始するらしい。近藤は目がギラついている。
「そちらはどのくらい賭けているんだい?」
近藤がメルに訪ねた。
「1−2、1−3、1−5に合計200万です」
「なんだって!ここは平和島だぜ?お嬢ちゃんよ。いくら自信があるからと言って荒れるレースにそんな金額は頭おかしいぜ」
近藤が言うことは最もだ。ボートレースでは1号艇が有利なのは陣内も知っていたが、荒れる競艇場ということは1号艇が1着取る確率は他の競艇場と比べると著しく低くなるのだ。
先程の1レース目の1号艇も出遅れていた。
「確かに、1号艇の1着率は全国だと55%ですが、平和島は45.7%です。ですが、大丈夫です。私にはわかりますから。念ずれば願いは叶うのですよ」
少し呆れ顔で近藤が「では、お手並み拝見ってことで」と言って、静かにレースまで待った。
そして、ついに2レース目が始まった。不思議なことに、レース前になるとあれほど強風だった風が止んだ。
全号艇、問題なくスタートを着ると1号艇は第一ターンマークをインコースで上手く曲がり1位で逃げていった。近藤が「あー!」と絶叫している。全号艇が曲がると後ろには2、3、5、4、6号艇と続いている。第2ターンマークも1号艇は問題なく1位で曲がり、アクシデントがない限りイン逃げ成功で問題なさそうだ。3周目の第2ターンマークで5号艇が2位に浮上し1−5の着順のままレースは終了した。
近藤は口が開いていた。そして、メルに聞いた。
「あんた、1−5にいくら賭けた?」
「120万ですね」
オッズが表示されると近藤の口は更に開いたままになっていた。624万にも増えれば陣内も近藤みたいに口を開けていたことだろう。身体があればのことだが。
「俺もあんたが賭けた舟券を買うぜ。なぁ。いいよな!」
その後、メルと近藤は次々と舟券を当てていった。1千万程になると、メルは賭けるのを止め、近藤だけがメルに予想を聞いて舟券を勝って万舟券を手に入れていった。
近藤も泣けなしの千円から100万程に増えて行き、勝つごとに「よっしゃ!」と、飛び跳ね、歓喜の声を上げ疑心暗鬼だったメルに対してすっかり崇拝していた。
近藤がメルに「次のレースはどうなる?」と尋ねる度に「大事なのは強く信じて願うことです。」とメルは言っていた。近藤は最初の方はタメ口だったが、5レース目位にはメルに対して敬語になっていた。
メルに「あなたは神だ」と言い出し、陣内は「こういうことか?」とメルに聞くと。「まだこれだけではありません」とメルが応えた。
調子に乗った近藤は周りに居た人たちにも「どうだ!俺には神が味方しているんだ!」と絡みだしていた。
すると、近くに居た若者とおじさん達が「あんた運がいいな。どういう読みをしているんだい」と聞かれた。
メルは近藤に「俺と同じ舟券を買えば損はさせないぜ」と言えと指示された。
近藤の周りに居た5名程が近藤と同じ舟券を買い。そして的中。近藤を含めた6名は再び歓喜の声を上げた。笑い声が止まらなかった。
6名で騒いでいると他の人々も気になりだし、近藤の取り巻きは20名程の集団に増えていった。
集団の1人が近藤に聞いた。
「あんたは一体、何者だ?」
メルがまた近藤に指示を出し近藤に言わせた。
「俺には神が付いているんだ。これを読んでみろ。俺が証人だ」
印刷したA4サイズの紙の2枚目から集団に渡した。印刷した内容は近藤自身も見ることはメルに止められていた。
印刷物には集団の女性が合唱している写真があり、その下にこう書かれていた。
「
その文の下には「あなたの願いは何ですか?ぜひお気軽にお聞かせください」という文章と電話番号、チャットのQRコードが記載されていた。
宗教勧誘のチラシだ。
集団の20名全員が近藤からチラシを受け取り、この光景を見ていた人たちも近藤からチラシを受け取っていった。近藤は持っていた100枚程のチラシが全てなくなった。
宗教を広めるためのデモストレーションは成功したかもしれない。結果はどうなるか楽しみだ。
近藤はまだこちらから「教祖になって欲しい。」と打診していないのに去り際、集団に「願えば叶います」と信者っぽいことを言い出した。
陣内はこの状況をカメラ越しに見ていて笑いが止まらなかった。
人が変わっていく様が面白かったのだ。
ボートレースからの帰宅途中、メルが近藤に「教祖になって欲しい。多くの人を救いたい」と伝え、このメルからの誘いに近藤は二つ返事で「私に出来ることがあれば喜んで承ります。神よ」と承諾してくれた。
※
1週間後、ボートレースでのデモストレーションが上手く行き、信者が多く増えていった。SNSで噂は広まり、ギャンブルが上手く行かない人が愚痴を吐いて「あんなのインチキだ」と言うと、コメントには「願いを叶える想いが足りないからだ」という返信が見られたりと皆集願叶教会の謳い文句が広がっていった。
教祖になった近藤は信者にチラシを撒くように指示をし、信者たちは老人ホームや大学などにチラシを撒いていった。
信者の多くはギャンブラー、家族と疎遠になってしまった老人、家族関係が悪い大学生、生きていくことに疲れてしまったサラリーマン。など、大学生から老人まで幅広く社会であぶれた人たちだった。
運営資金がある程度貯まり、陣内の脳がある自宅から近くにある、トレーニングジムを購入した。
このジムはコロナの影響で経営不振になってしまったジムであった。個室も付いている3階建てのビルだ。
表向きはジムで説法の日や
宗教の運営は成功で月日が流れていった。
「1年で此処まで大きくなるとなぁ」
陣内がダムに飛び降りてから1年経っていた。宗教団体の規模は2千人と順調に増えていった。今日は、元旦だが、運営本部のジムで皆集願叶が行われていた。
室内の奥に壇上がある。壇上では教祖の近藤があぐらで座り両手を握り目をつぶっている。
「願えば叶います」と近藤が唱えると信者が続けて「願えば叶います」と復唱した。その場には300名程の信者と壇上の上にあるスクリーンにも信者たちが映し出されている。
「仁。まだまだこれからですよ。資金も人もまだ足りません」
陣内が本部にいる人たちの顔をカメラから眺めていると懐かしい顔を見かけた。
前職場の人事担当、竹本であった。
熱心に自分の胸の前で両手を握り唱えている。
「そうだな。俺たちの街を作るにはまだ数が足りない。想いが足りないんじゃないか?」
その日の皆集願叶は夜遅くまで続いた。
能力主義社会への復讐(序) 加藤義隆(かとうよしたか) @precoo
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