第5話


第5章「とんだ結末」


「あー、良く寝た!大丈夫やっくん?」背伸びをしながら運転手の孝をチラ見した。「そんな言葉は白馬を出るとき言ってほしかったよ!?」ふて腐れて美代に小言を言うが、「で、真っ直ぐ帰っちゃうの?」孝に目配せをしていたが、運転に夢中の孝が前を向いていたから気づかない。

「ねえ、やっくん?アタシ火が着いちゃった!昨日の・・・。」

「えっ、ナニ?」

左横!前方!左横!

運転をしくじるまいと、両方の事をやる!

「火が点いたの?」「昨日のキスで!」美代が顔を真っ赤にして叫んだ!「ヤバイ!」ヤバイと言いながら高丸インター横のファッションホテルへ滑り込ませる。

バックミラーを見ながら

プラスチックの暖簾がゆらゆらと揺れているのを確認しながらバックで白いベンツを停めた。

「到着しましたお姫様。」言い終わると右目でウインクして左手で美代の肩を抱き寄せた。同時に美代も孝の左肩に頭をもたげ、眼を瞑った。

「さ、行こうか?」美代を促し、ホテルの各部屋パネルを眺めた。おもむろに部屋選択ボタンを押して左に有るエレベーターに乗る。エレベーターの両開きドアが開いた!先客が降りるのを待って何気にカップルの女性を観た!ガガーーン!キリコ!相手の男はナント!

反町玲音だった!「そりまち君か!?」上ずった声で言うが、澄ました顔の男女は同時に孝へ振り向いた!「なに?」反町が口火を切る!

「妊娠しているかも知れませんね奥さん。」ニヤリと卑屈な笑みを孝へ向けた!明らかに挑発していた。「ナニ!お前!」反町の胸ぐらを掴んだ刹那!反町の左手が孝の右手首を掴んで反転させた!「ウ、ウグ!」歯を食い縛ったが、痛いと叫ばなかった!流石に訓練している。ゴツゴツとした反町の大きな左手が孝の骨を粉砕せん!と、ギシギシと締め付ける!背も高い!身長差は7センチ!孝は173センチだ!

分厚い胸板!孝とは力の差が歴然としていた!

「あら!誰その子?」真ん丸い眼をしたキリコが孝の背後から覗き見た!「ハハン!浮気か~。不倫だねえ?睨まれた!

蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった!

「ちょっとちょっと!玲音くん!弱い者を苛めてどうすんの?早く離してあげてね!?」チュッ!と、反町の耳にキスをした!今まで抱き合っていたそのものを彷彿とさせる抱擁の後のキスだった。顰め面をしている横目で半分くらい臨めたが、余りいい気がしなかった。それもそのはず、貞淑な妻だと思っていたキリコがよりにも寄って昔の女の長男と不倫していたなんて!孝の血縁かも知れない男とベッドをともにするとは、近親相姦じゃないのか!?

「やつかさんが考えている事は真逆の事ですよ?奥さんは僕を愛し始めているから身を任せたんだよ!?僕の母、八重子を抱いた様にお互い合意しているんだ!」勝ち誇った玲音が声高に叫ぶ!

ホテルの一階バネルルームがハウリングしていた。「む、くそ!お前!ソリマチ~!」歯を剥き出しギリギリと奥歯を擦り合わせていた。「ねえ、どうするの?部屋に行くの行かないの?」美代がナチュラルに孝の抱擁をおねだりしていた。それはそれで可愛いが、現時点では、役に立たない!気も漫ろだった。

「キリコ!家に帰って話し合おうぜ!?」話し合いを提案した孝に「良いよ?パパ」しれっと、返事をしたキリコだが、もう結論は決まっていた。

孝の自宅リビングには静寂なバッハのカノンが流れていた。

ダイニングテーブルを挟んでキリコと対峙した孝が「どうすんだこの始末?」「どうもこうも無いでしょ!」前髪を人差し指となか指で挟み長さを図るように眉毛の上で止めたり指を外したりしていた。カチャリ、ブラックコーヒーにココナツミルクを落としただけのコーヒーが孝が好きで、今もそれを口に含んだ。甘い香りがキリコとの結婚生活を醸し出していたが、「おい、香里奈は小学校か?」フフンと鼻で笑い、「今は中学生でしょ!時が止まっているわね貴方には!さんざん浮気や遊びばっか、してきた貴方には香里奈の事なんて!興味はアンタの上の空なんだよね!?シラケる!」ツン!と上向いた鼻頭を差し向け、大きな瞳には憎しみ半分諦め半分、真一文字に結んだ唇には目一杯吸い込んだ呼吸を長く細く吐いていた。離婚の呪文の様に孝の上半身にまとわり着く。

「もういい!キリコと別れる。」「やっと意見が合ったねパパ!?」清々とした表情をしていた。

「もうこれで香里奈を連れて若い子と再婚出来るわ!ありがとうパパ!」席を立った。清清しいというのはこういう事を言うのだと初めて知った様にキリコは、キッチンのシンクの前に立ち、溜まった食器を洗い始めた。カチャカチャ小気味いい音だった。「お前!図ったな!」声を限りに怒鳴った!声の鉄拳が飛んで行きキリコの眼前で弾けて粉砕していた。

ぶつぶつ言いながらトイレに立つ。便座に座ってトイレットペーパーをクルクルと引き出すが、上手く行かない!多分激昂したからだなと、冷たいコーラを飲むためにキッチンに行くとキリコは洗い終わったのか庭に出ていた。シュワーどコップにそ注いだら旨そうな音を立てて炭酸の泡が弾けて消えていた。ゴクリ!

スカッと爽やかな味わいが無い気が抜けたかな?再度飲んだ。いや、不味い!しゃーねえなテレビでも観ようとリビングに戻るが、左足の膝の屈折が不正だった!転けそうな程にソファーに腰を下ろした。何だか後頭部の奥の方から誰か鈍器で叩いて

いるかの様に鈍痛がしていた!「頭痛え!」後頭部を抱えてソファーに寝込む。両手で抱えたのに左手が動かなかった!「パパ!どうしたの?」孝の異変に気付きキリコがハキダシ窓から顔を覗かせ言った。「5分前だったなら救急車を呼ぼうか?とか言ってたけどアタシらは離婚したんだよね!?」「関係ないわね?独りで病院でも行けば?アーッ!玲音くん待ってたのよどこ行く?」庭からエントランスに回り余所行きの赤いハイヒールをに履き替えたキリコは、カシミアのスカーレット色のセーターとグッチの革コートを羽織り反町玲音と愉しげに外出していった。

一人残された孝は左半身から右全体へ痺れ、やがて全身が麻痺に陥り呼吸だけ僅かに出来ていた。

が、とんだ結末だった。

(了)


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白馬のシュプール 塩ト檸檬 しおとれもん @hibryid

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