白馬のシュプール
塩ト檸檬 しおとれもん
第1話
----- Original Message -----
「白馬のシュプール」
第一章「ペンションいくみの来客」
白馬五竜。
「TOプラス動詞の原形が不定詞なんだよー!あーーっ!」
眩しいくらいの白銀にポット出の素人スキーヤーが、麓まで消えて行った。
会社の同僚4人が滑り納めで年末の白馬に来ていた。
白馬のシュプールは、ジグザグではなく一直線だった。
それは美しい曲線のシュプールや斜滑降したシュプールがスキー白馬五竜のヤーには迷惑な斜めに滑った痕跡を真っ直ぐ打ち消した孝の直滑降の行き先は、宿泊先のペンションいくみ眼と鼻の先だった。
ゲレンデの白雪はペンションのエントランスにまで迫っていた為、ゲレンデの勢いで滑り込んで来る事が出来た訳だ。
ここの宿泊客の九割方が利便性の良い方を選らんでいる。
「あー怖かった。」もう3時か、宿に帰って風呂入って酒飲んで寝ようか?
「やっくーん!大丈夫?」
孝が振り返ると声の主は孝の後をパラレルターンで追い掛けて来た美世子だった。
「なんでそんなに速いの美代子は?」
「やっくんが下手くそだからそう見えるのよ、直美達も此処へ帰ってくるわ!ワイン飲もうか?」八束孝(やつかたかし)、南国功太(なんごくこうた)髙橋直美(たかはしなおみ)、龍山美代(たつやまみよ)ら、4人は揃ってチェックインをした。屋外は、強風が吹きつけている為、引き分けの自動ドアがウォーーーンウォーーーンと断続的に唸っていた。グローブを外しペンを持ちやすい素手にソヨソヨと、エアコンの暖気が吹き抜けていた。
台帳にサインをしている時ペンションの玄関自動ドアが、ウィーンと開いた拍子に冷気が孝の脚を舐めて通りすぎて行った。
台帳が2、3ページパラパラと捲れ慌てて孝の左手がそれを制した。
マホガニーの受け付けカウンターが、すべすべしていて天板は肌触りは冷気が吹いても温かい。
アルファベットのUの字に湾曲して受け付けを形成していた。
マホガニーの1枚板ではなく集成材だった。
「やつかたかし。っと、」
宿泊台帳に直筆して、夕食は6時半からですか?と聞こうとした矢先、
「やつかさんですか?」さっきの来客?
知らない声の主の方へ振り向いた孝には声色も顔色も知らない若い男が立っていた。
グレーのハンチングを目深に被り紺のセーターと白いコーデュロイを鯔背に着こなしていた。
ブルーのストールが長いのか二重に巻いてその端が胸から腰へ垂れていた。
「えっ?ハイ。あ、あのブルーのストール、新神戸オーパに売ってた、7万円の。美代に買ってやれなかったやつ。」知らない若い男?後輩?部下?
ゲイのストーカー?判らないまま、対峙していたが、「先いくよ!?」直美の号令に従い台帳に書き終えた孝以外の2人が直美の後に美代、功太とゾロゾロと付いて行った。
それを見送り南国功太(なんごくこうた)の背中が階段を上り始めた時に「反町八重(そりまちやえ)知っていますよね?」鋭い目付きで若いのに落ち着いたトーンでゆっくり話し始めた。
高倉健を彷彿とさせた彼は正面切ってそれを言い放った。
だが、彼の両手はコーデュロイのポケットへと仕舞われていて胸を張って言ったから物怖じしないタイプか?
そりまちやえ?
ああ、やえちゃんか、「ハイ知ってますよ?」
スナック幻(げん)のママ。
知ってるとも、僕の女だ!
付き合って物凄い年月になる。妻の二番目の女さ。
そういえば会って無いよな!?
ここ5年・・・。
いや15年?
大体18年か。
感慨深げに想い出を探していたら、「だったら僕のお父さんかも知れないです。」
「へぇー。」
「お!いや、待て!」
荒げた声になったのは穏やかな凪の海面が数十メートルの高さに盛り上がった瞬間にビビっていきなり大声を出した様に節操の無い態度だと若い男は思っていた。
「反町玲音(そりまちれお)22歳です。元自衛官です。」
待てよ、やえちゃんとの最後の・・・いたしたのは、ベンツの中、「やえちゃん!好き!」と言って果てた事を思い出した!
あんな状景を思い出すなんて、でもあの瞬間、本当にやえちゃんが好きだったんだ!
夜明け前の車の中、スナックが終わり二人して晩飯に行った後の車の中、別れがたい二人には磁石でも付いているのか、頬をピッタリ合わせて互いに抱擁していた。
「キスしてよ、久しぶりなんだから。」
言われるがままに八重を抱いて舌を差し入れた。
後は熱い抱擁、二人とも上半身は、裸だった。
が、間もなく必要性に応じて下も脱いだ。
孝も八重も白々としてきた大きな駐車場の一番右端が駐車位置で、そこに停めた黒いベンツで半分眼を瞑って愛し合っていた。
車内が広いからくんずほぐれつ本革シートだから身体が滑り有効なポイントを稼げなかった、まどろこしいと思い両脚をかじをを抱え最終コーナーに入りダッシュ、「ああ、やえちゃん好き!」避妊具は着けていなかったが、愛が先走って孝のアバターが放出された。
あのときの?あんときの猪木?ふざけたフレーズが過った。
「まあ、彼処へ座って話をしよう。ビール飲む?」座って話を促した。
「いえ!自分は部屋で待っている父がいますので夕食を済ませて下さい。
お友達を待たせては悪いですから。」
そう言ってロビーには座らずペコリとハンチングを脱ぎ一礼だけして、立ち去った。
結構礼儀正しいじゃん?今の若者・・・。丸坊主だね。さすが元自衛官!
そう思いながら腰を上げ、3人が待っている食堂へ向かった。
夕食は2階のダイニングだと知らされていて孝は3人が食事しているダイニングに入ったが、そこには4人描けテーブルが各所に鏤められていて先にダイニングに入った直美は体格の良い男と席を共にして、功太は一人だったから孝と美代が相席だった。
当然孝は直美の居る席へ行こうとしたが、ナイフを持った美代とフォークを片手にした功太に制止されアホらしくて止めた。
席に座ると親しい3人で居るせいか昨夜からの疲れがドッと出て、座りながらも本気で寝そうだっただけに直美と体格の良い男は?と観れば口数が少ない2人で、短い言葉で会話は成立していた。
「ナイトスキーかあ~。そうねぇ怪我したら私が診てあげる。」
「そうですか、どうもありがとう。」
今からスキーですか?
と振り向き様に言おうとしたら、「直美は看護師だからそいうの得意だもんな。」
功太が口を挟む!しらけた奴だ。
打ち合わせ通りに事が進んでるって事か!?
大きい声で叫びそうになった時、直美達はさっさと席を立って功太と孝を一瞥してダイニングを出て行った。
ムカムカ来る!
てめえら物欲しそうな顔してんなよと、重低音の呟きを聞き逃さなかった。
功太の皿を観ると肉の大きな塊が二枚、乗っていて、一切れナイフで切って手付かずのまま放置されていた。
功太に理由を聞くと「お前がいきなり来たから食べ損ねた。」と、舌打ちして呟き赤ワインを口に運んだ。
仕事では血も涙もない経理マンが此処でもか!?
孝が後で聞いたらダチョウのモモ肉と合鴨のモモ肉ステーキだという。
功太に言わせるとダチョウのモモ肉は固くて食べれたものじゃないが、合鴨のモモ肉ステーキは、脂が乗っていてとてもジューシーでタレが旨かった。
という事だった。
第二章「謎の行動」
「すみませんこっち夕食未だなんで、お願いします。」
孝は腹ペコだった。
それもその筈、仕事おわりに直接神戸から阪神、名神、東名高速道路をかっ飛ばして午前5時に長野県、白馬スキー場五竜に到着していた。
平均時速150㎞。シフトレバーのクラッチが焼けそうに熱かった。
エンジン音は、ヒュイーーン!と小気味良い金切音を奏でミッドナイトのハイウェイにお似合いのBGMだった、午前5時に到着したは良いが、開店受け付け、チェックインには相当な時間を待たなくては為らない。
そこで車中泊にしたが、一旦睡眠に入ろうとした時、美代と直美が「ちょっとやっくんイビキうるさいヨ!」とクレームが来たので、リクライニングで横になろうとしたが、功太に「おい八束、狭いんだから自分だけ伸び伸びすんなよ!」と言われ神戸から長野県までノンストップで運んでやったのに!踏んだり蹴ったりだった。
なんたる仕打ち!
結局直角に座り背筋を伸ばされて寝れず仕舞いだった。
最初に目覚めた時午前8時だったので、他の3人と相談の上、10時のチェックインまで滑ろうという事で、休憩も無しにいきなりゲレンデに出た次第だ。
が、滑るのが楽しくて4人は昼食を採るのを忘れ今のダイニングに至った。
孝も赤のグラスワインを注文してそれを一気に飲み干した。骨身に染み渡る快感!
後で爆睡する算段だった。
ほどなくディナーの宴も終わり、孝、功太、美代が美代の部屋に集合して予め買ってあったモエシャンとチリワインを飲もうと美代を先頭に301号へ入室した。
300号室は直美の部屋だったが、未だ誰も人は居なかった。
シュポン!
手始めにモエシャンを開け、摘まみにカラアゲくん、カキピー、チーズ鱈、スルメ、などオヤジの花見の様に酒池肉林状態で宴会は始まった。
「直美はナイトスキーに行ったのかな?」まず、美代が口火を切った。
二つのベッドが感覚を開けて並んでその隙間に三人が尻餅をついて座りながらも酒を飲みつまみを摘まんでいた。
「一緒に行った人は誰なの?」唐突に功太が、疑問を呈したが、暫くしてから美代が「赤木さんね。元カレだったっけ?知らないけど・・・。」
そのまま美代はスルメをしがみ味わっていたから無言が続いた。
美代がスルメを飲み込んだ頃に功太がトイレへ立った。
その流れで美代が一つのベッドに寝転がり、「直美がこの部屋に寝てくれたらなあ~。」と、仰向けで独り言の様に漏らした。
「このベッドに寝てあげるよー。」と言いながら美代の寝転がって居るベッドに頭から匍匐前進をして美代の顔の上に来た。
自然と眼を閉じた事を確認して孝は美代の唇に自分の唇を重ねて舌を差し入れた。
熱い抱擁を仕掛けた時、ガチャリ!トイレの戸が開く音がしたので、二人は離れた。
「ここのトイレは、綺麗だね。匂いもしないよ!」と言いながら出て来たからあとコンマ1秒遅れたら元カレ、元カノ同士がバレるところだった。
「そうなの?私直美の部屋で寝るわ!」とその場を立ち部屋を出ようとした刹那!
「痛い、誰よ!?」直美の叫び声が尋常でない事ぐらい分かった!
急いでドアを開けたが、「誰だか判らないわ!背中が赤木さんのに似てたけど。」
「直美!」
美代が直美の300号室へ走る!
後の2人もそれに続いた!
「ナニ?」
「皆してどうしたの?」直美の大きい声がしたからと孝が言って説明をした。
直美の方は、ナイトスキーをしていて木陰に男性が倒れていて、観ればかなりの出血があったから救急箱を取りに部屋へ戻ったら赤木が後から来て、直美を羽交い締めにしてベッドへ押し倒そうとしたから一発肘打ちをお見舞いしたら部屋を出ようと慌てて逃げたから背中に跳び蹴りを食らわせ、部屋のドアに頭をしこたま打ち付けて逃げたらしい。「もともと私の身体目当てで付き合ったらしいから潜在意識にキライが固まっていたのよね?」誰にともなく語った。
「じゃあナイトスキーなんて、どこの馬の骨とも分からん奴と行くんじゃないよ!」
功太が、自棄に興奮して声高に怒鳴った。
「止めとけ功太!」寝不足の孝が興奮して功太の胸ぐらを掴み怒鳴るが、「うるさいボケ!」
それ以外の美代はオロオロとして、ナニがなんだか分からない状態が続いたが、直美の説明でその場は、落ち着いた。
「取り敢えず美代の部屋へ行こう、飲み直しだよ。」と、美代の部屋に集まる事にした。功太は一人拗ねてダイニングのバーで飲んでると言ってその場から外れダイニングへ向かった。
「あの調子でね~功太が束縛してくるから嫌になって別れたのよ。サイテーな男ばっか、当たる。」
あーーー!と、深く長い溜め息をついてグラスのシャンパンを一気に飲み干した。
「モエシャンの一気のみ!久しぶりね、直美?」美代の顔に笑顔が戻った。
「やっぱり腹心の友だな。」
そう言う孝は腹心の友を今さっき失い掛けたが、彼らの友情はいささか混沌としていて、直美が間に入ってなんとかしてくれればもとどおりに復元出来る筈だった。
が、いつまで立っても功太は戻って来ないし、半ば就寝仕掛けの直美と美代を300号室へ送り届けて一人になった孝は窓から白馬のゲレンデを覗いていた。
水銀灯の灯りが昼間の様に明るかった。
四六時中休まず回転するブルー、レッド、グリーンホワイト、リフトのボディーカラーが鮮明に写し出されていた。
ふと水銀灯に照らされた観たこと有る、見慣れた男?夕方孝を訪ねてきた来客だった。
「まだ、白馬に?」
「しつこい奴!」
やえちゃんを抱いた事を思い出してこれから詳しい話をしようとしていたのに向こうが、立ち去ったんだぜ?
口に出したが、向こうに聞こえる筈もない。
ふと、やえちゃんの息子反町玲音がこっちを観たから咄嗟にしゃがんだ!
丸坊主!
「此処が見える筈もないのに、人間とは浅ましい動物です。」
恩師の篠山教授の言葉を思い出していた。
第三章「真夜中のシュプール」
こっちが悪いことをしたわけでも無いのに咄嗟にしゃがむなんて、潜在意識の中に罪悪感が在るんだな。
と、深く胸中を探る孝、胸に手を当てていた。
さすがに向こうの胸中は分からなかったが、差し詰め自分の母親の男が、冴えない壮年のオッサンだとは思って見なかっただろう、孝を初めて観て怒りが増幅されたに違いない。
しかし、直美の言っていた、赤木とナイトスキーで出くわした倒れ込んでいた人は救助されたのだろうか?
赤木が直美の部屋に付いて来たから救助されていない筈。
脳裏の片隅に去来した他人を慮る思考は、白馬に来て初めて持ち合わせた感情だった。
自宅に残してきた妻のキリコと娘の香里奈(かりな)はどちらを取っても計り知れない愛すべき家族だった。
一つの饅頭を二つに割ってどちらが好きかと聞かれても、選択出来ない。どちらも愛して居るからだ。
強いて言うなれば娘の香里奈が一歩リードしていた。
しかし、「わあ~!ボーゲンに毛が生えたよな滑り方ねやっくんたら。」美代がゲレンデで叫んだから皆が皆こっちを向いたんだ。恥ずかしいよな!
美代のやつ!
神戸へ帰ったらお仕置きしてやる。ニヤリと笑う。
沸沸と沸いて来る破廉恥な思いは雪山で閉塞されたストレスから来るものだった。
目眩く走馬灯の様な想いは、「なんであいつが此処に来たことを知ってる?謎の行動ばかりしてるよな・・・。」
反町の事が嫌に気になる。
やえちゃんの息子だから?血縁があれば気にならないし、此処では是非を問えない。
孝の女性関係は孝が臨んでアプローチしたわけではなく女性から何かに蹴躓き孝を目掛けて倒れ込んで来た訳だから30歳をすぎてからやけに持て出した。不思議だった。
第四章「慟哭」
反町に隠れてしゃがみ込み色々考え事をしていたらいつの間にか眠っていたらしい。
昼間はハードだったから。
脱ボーゲンのパラレルを会得したいと旧知の美代を連れてきたが、孝の滑降をバカにされる始末。よっこらしょと思わず口に出して立ち上がる。
腰が冷えたみたいだ尻が痛いのは上半身の全体重が乗っかっていたせいだと思っていた。
急にペンションの通路がドタバタと騒がしくなったのはあの赤木が戻って来て直美に襲いかかっていると思い慌てて通路に飛び出したが、その思いとは、違い一階のロビーの方だったから階段を降りてロビーを覗いてみた。
丸で戦場の様だった。
県警のレスキュー隊、救急隊、重装備の警察官等、入り乱れていた。
間も無くストレッチャーが
走り屋外へ出て行ったのは、顔が腫れた男が横になっていたが・・・。
功太に良く似た!?
まさか!
直美達に教えなきゃ!
美代はどうしてる?
胸騒ぎが押し寄せて上下肢の末梢神経が麻痺して小さな痙攣が起きていた!
取り敢えず階段の手すりに掴まりながら3階へ上がった。
エレベーターを使うという思考はなくなっていた。
3階は通路のダウンライトが明々と点灯していて、先ほど美代が笑顔を見せた名残がそこには有った。
コンコンコン!「直美!美代!」ガチャガチャ!中からロックされていた。
「一体二人とも何処へ行ったんだ?」そうか!爆睡している!かも・・・。
オロオロするばかりの孝をエレベーターから二人の女性が出てきたから直美と美代だと思い抱きついた!
「美代!」
名前を呼ぶと同時に二人の女性の叫び声が上がった!
「キャーっ!止めて!」各階の通路に響き渡る絶叫は、孝の肝を潰した!「ナニをしている!」
警察官が3人走り寄って来て孝は腕を首を腰を!拘束された!
「23時9分、長野県迷惑防止条例違反でゲンタイ!」ゲ・ン・コ・ウ・ハ・ン・タ・イ・ホ!
「現行犯逮捕!」
冷たく重い漆黒の金属が孝の手首に回りカシャカシャ!と金属音を残しジジジ!とロックしていた。初めてだった。
初逮捕だ。
でも女性のポリスアテンダントだったから優しいかと思えば、そうではなく職務に則った女性の敵として、それはそれは、手厳しい取り調べが始まった。「20時にはナニをしていた!?」「ペンションいくみのダイニングで合鴨のステーキを夕食で。」
「食べたの?」
「ハイ。」パチパチとキーボードを叩く音がしていた。あとは、衣擦れの更々と調書に書く紙と警察官の制服の袖の擦れるノイズ。「証明出来る?」証明?出来るとも!直美と美代を起こして証明させる!「ハイ!」胸を張って答えた。両手の平は取り調べ机の上にしっかりと乗せていた!
「ヘエー!」
「誰なの?」
「髙橋直美と龍山美代です。」
「どんな関係?」調書に書きながら上目遣いで睨む!鋭い眼光だ。「えっと、会社の同僚と、元カノです。」
「キミはぁー、既婚者だっただろ!?」
反応が速かった!大きなお世話。テロップの様に右から左へ流れる。
両手は冷たい手錠をはめられ両膝の上に置いていた。ガチャリ!「主任!」女性警官に耳打ちしていた警察官は、私服警察だったが、礼儀正しく孝にも一礼して出て行った。いつも会社では孝にも部下が居て、礼儀の事はコンコンと言って聴かせていたから礼儀正しくしているだろうか?
此処と一般社会とは格段に違って居るだろう。
取り調べの女性警官が、「被害者が覚醒したから容疑を殺人未遂から傷害容疑に切り替えます。」と、穏やかな目付きに代わり口調も刺々しいから普段の会話に変わった。
僕は殺人未遂容疑を掛けられていたんだと、改めて胸中で慟哭した!なんでこうなる?世間の冤罪の多くは単なる紙一重のすれ違いが多いんだろうな・・・。
何と無く考えていた。
やがて手錠が外され、僕の勘違いから生まれた冤罪だと判明したため容疑者不明のまま釈放された。県警のトアを開けたら太陽が低い日射をプレゼントしてくれていた。
もう昼か。
2日寝てない事になる。土産話が沢山出来た。
ペンションいくみにパトカーで送られ車内で色々聞かされたが、ゲレンデで倒れた人は、凍死していたらしい。
気の毒だ、と孝は胸を撫で下ろした。
功太の顔面の腫れは、ダイニングで酒を飲んでいたら酔っぱらいに絡まれて、立ち上がった拍子に態勢を崩し、倒れる時にテーブルの角に顔を打ち付けて倒れたらしい。
完璧な冤罪ですと、県警は孝に謝罪して、パトカーでペンションいくみまで護送してくれた。
急いで直美の居る300号室へ駆け上がる。
エレベーターを使用しなかった孝はハアハアいいながらコンコンコンとドアをノックした。直美が部ぼけ眼で、対応して効太が寝ている事を告げ朝食を食べに美代と、ダイニングに行く。
朝食を食べながら「お前、パラレルが出来なかったから帰りも運転シナヨ」と、告げられ口からスキーの宿泊代の割引をゲットするために人数を稼ぐ口から出任せで「俺がパラレル出来なかったら帰りも運転するよ。
だからパラレル出来なかったら往復の運転は俺だよ!?」と言った事は有る!しかし、スキーの冒頭で直滑降からパラレルが出来た瞬間は3人とも誰も観ていなかった。
まして、孝の存在を忘れていたと言うことだった。
必死に弁明をした挙げ句、
「そんなの冤罪だよ~」と泣いていた。
第5章「とんだ結末」
「あー、良く寝た!大丈夫やっくん?」背伸びをしながら運転手の孝をチラ見した。「そんな言葉は白馬を出るとき言ってほしかったよ!?」ふて腐れて美代に小言を言うが、「で、真っ直ぐ帰っちゃうの?」孝に目配せをしていたが、運転に夢中の孝が前を向いていたから気づかない。
「ねえ、やっくん?アタシ火が着いちゃった!昨日の・・・。」
「えっ、ナニ?」
左横!前方!左横!
運転をしくじるまいと、両方の事をやる!
「火が点いたの?」「昨日のキスで!」美代が顔を真っ赤にして叫んだ!「ヤバイ!」ヤバイと言いながら高丸インター横のファッションホテルへ滑り込ませる。
バックミラーを見ながら
プラスチックの暖簾がゆらゆらと揺れているのを確認しながらバックで白いベンツを停めた。
「到着しましたお姫様。」言い終わると右目でウインクして左手で美代の肩を抱き寄せた。同時に美代も孝の左肩に頭をもたげ、眼を瞑った。
「さ、行こうか?」美代を促し、ホテルの各部屋パネルを眺めた。おもむろに部屋選択ボタンを押して左に有るエレベーターに乗る。エレベーターの両開きドアが開いた!先客が降りるのを待って何気にカップルの女性を観た!ガガーーン!キリコ!相手の男はナント!
反町玲音だった!「そりまち君か!?」上ずった声で言うが、澄ました顔の男女は同時に孝へ振り向いた!「なに?」反町が口火を切る!
「妊娠しているかも知れませんね奥さん。」ニヤリと卑屈な笑みを孝へ向けた!明らかに挑発していた。「ナニ!お前!」反町の胸ぐらを掴んだ刹那!反町の左手が孝の右手首を掴んで反転させた!「ウ、ウグ!」歯を食い縛ったが、痛いと叫ばなかった!流石に訓練している。ゴツゴツとした反町の大きな左手が孝の骨を粉砕せん!と、ギシギシと締め付ける!背も高い!身長差は7センチ!孝は173センチだ!
分厚い胸板!孝とは力の差が歴然としていた!
「あら!誰その子?」真ん丸い眼をしたキリコが孝の背後から覗き見た!「ハハン!浮気か~。不倫だねえ?睨まれた!
蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった!
「ちょっとちょっと!玲音くん!弱い者を苛めてどうすんの?早く離してあげてね!?」チュッ!と、反町の耳にキスをした!今まで抱き合っていたそのものを彷彿とさせる抱擁の後のキスだった。顰め面をしている横目で半分くらい臨めたが、余りいい気がしなかった。それもそのはず、貞淑な妻だと思っていたキリコがよりにも寄って昔の女の長男と不倫していたなんて!孝の血縁かも知れない男とベッドをともにするとは、近親相姦じゃないのか!?
「やつかさんが考えている事は真逆の事ですよ?奥さんは僕を愛し始めているから身を任せたんだよ!?僕の母、八重子を抱いた様にお互い合意しているんだ!」勝ち誇った玲音が声高に叫ぶ!
ホテルの一階バネルルームがハウリングしていた。「む、くそ!お前!ソリマチ~!」歯を剥き出しギリギリと奥歯を擦り合わせていた。「ねえ、どうするの?部屋に行くの行かないの?」美代がナチュラルに孝の抱擁をおねだりしていた。それはそれで可愛いが、現時点では、役に立たない!気も漫ろだった。
「キリコ!家に帰って話し合おうぜ!?」話し合いを提案した孝に「良いよ?パパ」しれっと、返事をしたキリコだが、もう結論は決まっていた。
孝の自宅リビングには静寂なバッハのカノンが流れていた。
ダイニングテーブルを挟んでキリコと対峙した孝が「どうすんだこの始末?」「どうもこうも無いでしょ!」前髪を人差し指となか指で挟み長さを図るように眉毛の上で止めたり指を外したりしていた。カチャリ、ブラックコーヒーにココナツミルクを落としただけのコーヒーが孝が好きで、今もそれを口に含んだ。甘い香りがキリコとの結婚生活を醸し出していたが、「おい、香里奈は小学校か?」フフンと鼻で笑い、「今は中学生でしょ!時が止まっているわね貴方には!さんざん浮気や遊びばっか、してきた貴方には香里奈の事なんて!興味はアンタの上の空なんだよね!?シラケる!」ツン!と上向いた鼻頭を差し向け、大きな瞳には憎しみ半分諦め半分、真一文字に結んだ唇には目一杯吸い込んだ呼吸を長く細く吐いていた。離婚の呪文の様に孝の上半身にまとわり着く。
「もういい!キリコと別れる。」「やっと意見が合ったねパパ!?」清々とした表情をしていた。
「もうこれで香里奈を連れて若い子と再婚出来るわ!ありがとうパパ!」席を立った。清清しいというのはこういう事を言うのだと初めて知った様にキリコは、キッチンのシンクの前に立ち、溜まった食器を洗い始めた。カチャカチャ小気味いい音だった。「お前!図ったな!」声を限りに怒鳴った!声の鉄拳が飛んで行きキリコの眼前で弾けて粉砕していた。
ぶつぶつ言いながらトイレに立つ。便座に座ってトイレットペーパーをクルクルと引き出すが、上手く行かない!多分激昂したからだなと、冷たいコーラを飲むためにキッチンに行くとキリコは洗い終わったのか庭に出ていた。シュワーどコップにそ注いだら旨そうな音を立てて炭酸の泡が弾けて消えていた。ゴクリ!
スカッと爽やかな味わいが無い気が抜けたかな?再度飲んだ。いや、不味い!しゃーねえなテレビでも観ようとリビングに戻るが、左足の膝の屈折が不正だった!転けそうな程にソファーに腰を下ろした。何だか後頭部の奥の方から誰か鈍器で叩いて
いるかの様に鈍痛がしていた!「頭痛え!」後頭部を抱えてソファーに寝込む。両手で抱えたのに左手が動かなかった!「パパ!どうしたの?」孝の異変に気付きキリコがハキダシ窓から顔を覗かせ言った。「5分前だったなら救急車を呼ぼうか?とか言ってたけどアタシらは離婚したんだよね!?」「関係ないわね?独りで病院でも行けば?アーッ!玲音くん待ってたのよどこ行く?」庭からエントランスに回り余所行きの赤いハイヒールをに履き替えたキリコは、カシミアのスカーレット色のセーターとグッチの革コートを羽織り反町玲音と愉しげに外出していった。
一人残された孝は左半身から右全体へ痺れ、やがて全身が麻痺に陥り呼吸だけ僅かに出来ていた。
が、とんだ結末だった。
(了)
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