しゃぼん玉姫
柴田 恭太朗
王様のむちゃぶりに家来は悩んだ
王様は家来に言いました、島をしゃぼん玉でいっぱいにせよと。
国から遠く離れた海に浮かぶ孤島で王様は自らの誕生日のパレードを行いたいと、王様がパレードする道という道をキレイな花としゃぼん玉で飾りたてたいというわけです。
命じられた家来は困ってしまいました。花なら島にたくさん咲きほこっているので、花飾りの命令をこなすのは簡単です。しかし、しゃぼん玉を島で作るのは難しいと思いました。なぜなら、良いしゃぼん玉は海水から作れないからです。
海の水で洗剤が泡立たない、そんな経験をされた方も多いと思います。それは海水に含まれるミネラル成分が界面活性剤の働きを阻害してしまうからです。界面活性剤として代表的なラウリル硫酸塩を強力なものへと変更し、さらに発泡剤に改良を加えれば、王様が泣いて喜ぶ立派なしゃぼん玉をいくらでも作りだせるのですけど、それでは化学物質で海を汚してしまいます。これではいけませんね。こよなく海を愛する家来の本意ではありません。
それに島には川がありません。ときおり雨は降りますが、それは島の住民の大切な生活用水としてキープしておかなければなりません。しゃぼん玉を作ろうにも、島には余分な水がないのです。八方手づまりです。家来は困ってしまいました。
王様があと半年早く言ってくだされば、ため池を作ったり灌漑用水を引いたりなんてインフラ工事ができて、土木建築技師でもある家来の能力を思う存分発揮できたのに。通信教育で習得した環境コンサルのノウハウがバリバリ活かせて、王様の覚えめでたく出世のし放題と、おいしい話になったのにと家来は思いましたが、いまここで嘆いても始まりません。
はてさて、どうしたものか。家来はまだ困っていました。
島へ向かう船の上でも、家来は考え続けました。たいへん深く考えに没頭したものですから、自分が船の手すりから大きく身を乗り出していたことにも気づきません。とうとう家来は船から海へドボンと音を立てて落ちてしまいました。
たいていこんなときに都合よく現れる生きものがいます。竜宮城から来た大きな海亀でしょうか? いいえ違います。家来の前に現れたのは、それは美しい人魚でした。米国の版権がしっかりしている企業が作ったアニメに出てくるような、ちょっとおしゃれで、おしゃまで、おきゃんで、じゃじゃ馬な人魚です。洗剤みたいな名前をしたアイツです。
命を救われた家来は、波間にプカプカ浮かびながら人魚に言いました。
「さんきゅーべりーまっち」
彼が遠い昔に学んだ英語の感謝表現はこれで良かったハズです。
「いいっていいって、日本語で」
青い目の人魚は片手をヒラヒラ振りながら苦笑いをします。人魚の声はとても透き通っていて可愛らしいと家来は思いました。これが恋の
「お気遣いに感謝。ときに命の恩人、あなたの名前は?」
「しゃぼん玉姫」
ほーら来たと家来は思いました。やっぱり洗剤みたいな名前だ。
「もしかして、しゃぼん玉づくりが得意だとか?」
しゃぼん玉姫は答える代わりに、口笛を吹くように口をすぼめると強く息を吹き出しました。するとどうでしょう、彼女の口からキラキラと虹色に輝くしゃぼん玉が現れて、奔流となって盛大に飛びだしてゆきます。それはまるで空に駆け上る滝のような勢いでした。
「すごいすごい」、家来は人魚の特技に童心にかえって歓声を上げました。
運よく助けられた家来は人魚に連れられ、くだんの孤島へと到着します。たいていの映画ならこの道中で、家来と人魚は恋仲になってしまうものです。この物語だって例外ではありません。反目と相互理解を繰り返し、いい感じに
島へ到着してからの二人が力を合わせて立ち向かうべきはラスボスの魔王ではなく、王様の誕生日パレードに際して、道を麗々しく飾り立てる花としゃぼん玉です。
しかし花は最初から島に咲いていますし、しゃぼん玉の方は人魚のしゃぼん玉姫が何とかしてくれるでしょう。しかし、二人の前にはさらに大きな障壁が立ちはだかっていたのです。
それは、しゃぼん玉姫の食欲。
彼女がしゃぼん玉を造るためには膨大がエネルギーが必要で、その供給源は魚でした。家来は島の漁業組合長に掛け合ってみましたが、彼は首を縦に振りません。
「そいつぁ無理ってもんだ。他国との漁業交渉が必要だな」
人魚の食欲は旺盛で、彼女の腹を満たす漁獲量を確保するためには、孤島だけの話に収まらず、水域を接する他国との交渉が必要だというのです。
ここでも人魚はめざましい活躍をしました。条約締結を渋る外国の大使にしゃぼん玉を浴びせてOKと言わせ、恫喝を繰り返す大国の代表は尾びれで張り倒し、すべての交渉を我が国有利へと導いてしまったのです。
めでたく王様の誕生日を、いっぱいの花としゃぼん玉で飾ることができました。
家来としゃぼん玉姫のそれからは……また別のお話。
しゃぼん玉姫 柴田 恭太朗 @sofia_2020
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