第2話 動かない斉田さん
さて…聞いたお話です。
斉田さんが営業の時の事です。
例えば赤ちゃん本舗様が新店舗を開店される、そんな時、メーカーさんや卸さんの営業が手伝いに行きます。
猛烈な棚の奪い合いは昔のお話で、すでに棚割りされているほうが多いですね。
搬入、品出し要員として朝早かったり、夜晩かったり。
営業さんは大変です。
大変な作業ですので担当営業だけでなく応援も来ます。
什器や重いものも運びます。
さらにめでたい新店舗の開店ですから、課長、部長、役員まで顔を出すこともあります。
メーカーの役員まで来て新店舗の開店を祝ってくれる…。
小売店としはうれしいと思いますし、仕入れも考えてくれる…との願いがね、大人の事情はいろいろです。
ある日、津久井さんというバリバリの営業さん、ちょっと小柄ですが、もう本当に気が回る、すごい営業さんと斉田さんがある店舗の新規開店準備に行きました。
弊社の課長も加わり棚入れなどの開店の準備を忙しくしていました。
津久井さん、こまめに動きます。
すっごく動きます。
速いです。
斉田さん、動きません…
なぜか動きません。
「斉田さん! 車から見本品持ってきてください! 」
津久井さんがお願いしています。
斉田さん動きません。
「持ってきてください、斉田さん」
聞こえなかったのか、再度お願いする津久井さん。
斉田さん動きません。
津久井さん、斉田さんの穏やかな性格を知っているので不思議でしょうがないです。
でも時間もないしね…
自分で車に取りにいきました。
まだまだ搬入、陳列は続きます。
弊社の部長、役員も、ようは津久井さんの上司や担当役員も様子を見にきました。
津久井さん、がんばって陳列しています。
でも斉田さん、動きません。
大きい体のまま立っています。
不思議に思う部長と役員。
津久井さん、こまめに動いて斉田さんの分までカバーしています。
斉田さん、部長、役員の前でも動きません。
津久井さんを呼ぶ部長。
「津久井、斉田は何しにきたんだ…」
不思議ですよね、同僚が汗まみれで仕事しているのに動かないのですから。
「わからないんですよ…、でも斉田さんだからなにかしらあるんだと思うのですが…」
思うのですが…
訊けません。
もともと大きいのに、さらに服の上からでもわかるボディービルで鍛えられた体の持ち主に
「斉田、仕事! 」
などとは言えません。
誰も言えません。
それに本当にもともとは穏やかな人なのです。
でもね…
その場の部長も役員も黙らせる斉田さんの体とやさしい性格。
だけど困りますよね、時間がないですから。
課長が別の売場からやってきました。
津久井さんと部長が斉田さんのことをお話しています。
斉田さん、黙ってその3人を見つめています。
「わかった…」
課長が意を決してそういいました。
「でも、津久井も来い!」
強引に津久井さんの二の腕をつかみ、斉田さんに向かって二人は歩いていきました。
一人じゃね…不安だし。
「斉田さん…」
課長…ちょっと緊張して斉田さんの顔を見上げます。
津久井さんも見上げます。
「津久井さんもがんばっているんだから、ちょっと…」
困った顔を返す斉田さん。
「ちょっとだけでも手伝ってやってくれよ…」
すまなそうな顔をする斉田さん。
「どうした…体調がすぐれないか…」
この体でも病気はするだろうからね…
そういったことなら仕方ない。
部長と役員の手前、なにかしら動かない理由をつくらないと…
「あの…」
斉田さん重い口を開きました。
「できないんです…そういった作業…」
「どうした…やはり具合が悪いか…」
首をふる斉田さん。
「それじゃあ…なんでだ…」
誰もが思いますよね。
そんないい体してね。
「実は2週間後なんです…」
斉田さんは右手の指を2本たてながらそういいました。
「2週間後に競技会なんです…」
「競技会…」
課長と津久井さんは同じことをつぶやきました。
「なんの競技会なの…斉田さん…」
恐る恐る訊く課長。
「ボディービルの競技会があるんです」
「それがどうしたんだ…」
「変な筋肉つけたくないんです」
すまなそうに頭をかきながら素直に応える斉田さん。
「え…? 」
今度もまったく同じ反応をする課長と津久井さん。
「今動くと変な筋肉がついてしまうんです…」
「はぁ…」
課長と津久井さん、思わずお互い目をあわせました。
「すいません…だから動けないんです…」
本当に申し訳なさそうな様子の斉田さん。
津久井さんから聞いたお話です。
その後はどうしたか…
部長や役員になんて説明したのか…
本当にどうしたんでしょうね。
了
斉田さんは動かない @J2130
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