後編

 怪異犯罪の疑いあり、ということで、警察官という体の調査課局員がやってきて、鎮火後に丸焦げになってしまった、流音の部屋の現場検証を始めた。


「……はあ。今晩どうしよう……」


 その間に少し冷静になった流音は、自分が家無しになってしまった事を思い出し、またブルーな気持ちとなってハンドルに突っ伏した。


 ちなみに狐二宮こにみやたちは、流音をヤケ酒に誘おうとしたくすのきが、無神経すぎる、と狐二宮にこっぴどく叱られながら、牛車型の式神に乗って帰宅していた。


「狭いけどまあ、とりあえず俺んち来い。実家の世話になりたくねえだろ?」

「恩に着るわ……」


 目は死んでいる流音だったが、運転自体は普段通りに行って局まで戻る事となった。


「おん? なんだあの2人組」


 その道中、人払いをかけているにもかかわらず、白いロングコートの女性とモスグリーンのダウンジャケットを着た、少女らしき2人組が歩道を歩いていたのを水卜が発見した。


「職質かける?」

「勤務時間外だぜ?」

「放火した怪異に関係あったらどうすんのよ。行くわよ」

「へいへい」


 車を路肩に駐めて、自然な事のように認識させる術をかける、局員手帳を手にその2人に声をかける。


「ああ。『怪取局』の方たちでしたか」

「なんだ。ぶっ飛ばさなくていいのか」

「あっ、辰美たつみ椿つばきさんとあざみさんじゃないっ」


 ロングコートの方が退魔師の辰美椿で、ダウンジャケットの方は同じくあざみだった。


「あら。その顔は宇佐美本家の。叔母様はお元気?」

「ええ。元気に怪異をド突き回してます」

「辰美ってえと、逃げたアレの尻拭いかなんかで出張ってんのか?」

「ああ? イヤミかぁ?」

「やめなさい」


 特に悪意はなくそう言った水卜へ、あざみが番犬じみた勢いで眉間にしわを寄せて突っかかるが、椿に制されるとすぐに静かになった。


「それに怒ったってしょうが無いわ。事実だもの」

「けっ。本当にあのクソボケは頭でっかちなクセに、椿に迷惑ばっかりかけやがる」


 うんざりした様子でため息を吐く椿を見て、あざみは今にも本人がいたら殴りかからんとばかりに拳を震わせていた。


「身内の恥はこちらで片づけるから。そちらに手間は取らせないわ」

「それはどうも……」

「……どうしたの? 元気ないようだけれど」

「私のウチが怪異絡みの放火されちゃって……。宇佐美じゃなくて私個人のね」

「そうなの。なにか掴んだら『怪取局』さんに連絡するわ」

「ありがとうございます」

「住むところが用意できるまで、ウチを間借りしてもいいわよ」

「ありがたいお話ですけど、そこまでお世話には」

「そう。困ったら力にはなるからいつでも言って頂戴ね」

「どうも」


 大分機嫌が悪そうなあざみを連れて、椿が立ち去ろうとしたときだった。


「――ひなっち! 11時の方角からなんかくる!」


 ユウリが高速でこちらに飛んでくる何者かを発見し、そう言いつつもやになって、怪異形態の手で水卜と流音をすくい上げ、それを中心にして円形に囲い始める。


「お前らどっちか防御結界張れ!」


 水卜の指示に従って、椿は素早くスキニージーンズの上から太股に捲いたケースから式札を取り出し、ドーム型に5重結界を張った。


「あっ、ちょっと! 車!」

「しまってやれ」

「ほイホいー」


 もやの範囲を広げて回収したところで、十数個の火球が飛来して地面にクレーターを作りながらぜる。


「おー、揺れるなあ」

「すごイ霊力だネー」


 霊力、と言ったのを聞いた水卜は、目を閉じて深呼吸して核透視を発動した。


「んー? マジで人間なのかアレ。大した出力だな」

「呑気なこと言ってる威力じゃなさそうだけど!」


 流音は爆撃でもされているかのような激しい振動に怯えているが、彼女と一緒にユウリに持たれている水卜は池の鯉でも見るかのように言う。


「外の2人は大丈夫かしら」

「とっテもよゆーな感ジかナー。今攻撃の準備しテる」


 上空には、紫色に燃えさかる火の玉をいくつも連れた、禍々まがまがしいオーラをまとう男は、壊れたように笑いながら火球を絶え間なく投下してくる。


 男はテレパシーで何かしら煽り、椿がこめかみに手を当てて冷たい視線を送っているが、ユウリが念のため遮断しているせいで3人には聞こえていない。


「じゃあ俺らの出る幕はなさそうだな」

「任せちゃって良いのかしら」

「良いんじゃね? 業務時間外だし」

「アー。なんカ、撃ってきてるのがタツマキさん太郎みタい」

辰美太郎たつみたろうね。なにその駄菓子みたいなの」


 あまりにも緊張感のないゆるい会話をしていると、水卜の持つ端末へ通知が来た。


「お、霊力の鑑定結果出てんな」

「見せて」

「ん」

「ええっと……。これ辰美太郎じゃないの!」

「丁度良いじゃねえか。ぶっ飛ばしに行くか?」

「……やめておくわ」


 怒りで流音は目の端が釣り上がったが、丁度、辰美が巨大火球を放って結界と衝突させた衝撃で空気が激しく揺れたため、自身の手でぶちのめすのは断念した。


 大技を放ったため火球の雨が止み、その隙に水のよろいを纏ったあざみが辰美へ突っこんでいき、巨大な腕型に形成した水の塊をたたき付けた。


 その水に包まれてたたき付けられた辰美は、負傷はしなかったが意識を失い、全裸で交差点の真ん中で引っくり返る、という無様な姿をさらしてしまった。


「ひなっチー。そろソろ安全かモー?」

「そうだな。他に怪異はいねえみたいだしな」


 戦闘が終了し、安全が確保された事を水卜が周囲を見回して確認すると、ユウリはもやから人型に集束して水卜を後ろから包むように抱き寄せる。


 術で布を操り、全身をミイラのように捲いた辰美に封印札を貼った椿は、あざみにそれを持ってくる様に言い、


「あなたには身内が迷惑かけたわね。どうもコレはあなたを逆恨みしていたらしいの」

「はい?」

「まだ例の件は試験だと思っていて、あなたが何かをしたせいで滅茶苦茶になった、みたいな口振りだったわ」

「ええ……」


 家を焼かれた流音へ、重ね重ねお詫びを言って丁寧に頭を下げた。


「コイツはフィジカルだけなのに何言ってんだ。俺ならともかく」

「その言い方なんか嫌なんだけど……」

「ともかく、家財の補償は掛かった分だけ私のポケットマネーでしておくわ。家を通すと何かと面倒でしょうし」

「これはご丁寧にどうも」


 頭を上げた椿は肩にかけていたバッグから、名前だけ書いた小切手を流音に渡して立ち去っていった。


うわさに違わねえ仕事の速さだったな」

「そうね」


 その後ろ姿を見ていると、2つほど離れた交差点を2人は右に曲がっていき、少ししてから車のドアの開閉音がし、黒塗りのリムジンが横切った。


「……ちょっと割り増ししてもいいんじゃね?」

「……。……それはちょっと」


 少し気が迷ったが、いくらなんでもがめつ過ぎると思って、流音はかぶりを振って考え直した。


 その後、辰美は念のため『怪取局』の拘束衣で巻きにされ、衛生院病院ではなく蒐集しゅうしゅう院の怪異確保施設へと移送されて24時間監視下に置かれる事となった。


「で、結局単身者向けに入るのかよ」

「そこは妥協しなきゃね。襲撃されるぐらいなら狭い方が全然いいわ」

「ほうほう、これは上物の大吟醸じゃのう」

「じゃんじゃん飲んじゃってください」

「うむ」

「だからってラッパ飲みしないで。……なんで15本もあるんですか? 増えてるじゃないですか」

「見舞い品よ……。焼け出された娘には要らないって分からないのかしらね……」


 そして、流音は元日の午後に水卜たちが暮らす部屋の隣に入居し、そこで延期になった酒盛りに狐二宮こにみやくすのきも呼んで、心底うんざりした様子でヤケ酒を食らっていた。

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大晦日怪炎事件 赤魂緋鯉 @Red_Soul031

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