大晦日怪炎事件

赤魂緋鯉

前編

大晦日おおみそかにまで仕事とかやってらんねぇっての……」


 大晦日の夜、広範囲で人払いをかけているため、ほとんど車通りがない街中の幹線道路を、文句タラタラの水卜みうら他を乗せた『怪取局カトリ』パトカーが走っていた。


大祓おおはらえでいぶり出された怪異がいるんだから仕方ないでしょ」

「スプレーまいたら出てくるゴキブリみてーだな」

「私はご飯食べ放題だからいいけどねー」

「お前はな」


 真面目な流音も心底面倒くさそうに運転する中、いつもより余計にうろついている下級怪異をたらふく食べているユウリは、非常にご満悦な様子で隣の水卜にくっついている。


「まあ、終わった後のことでも考えてた方が有意義よ。私の家で家飲みでもする? っていうかしてくれないと、10本もあるからウチが酒屋みたいになってるのよ」

「飲めば良かっただろ」

「1週間で1升瓶飲みきる程ザルじゃないの。みんなが当主様と同じだと思わないでって言ってるのに……」

「なんか贅沢な悩みだな。ワンカップしか買えない連中泣くぜ」

「それ言われたら反応に困るじゃない」

「すまんすまん。で、狐二宮こにのみやも呼ぶか? 俺でも流石さすがにそこまでは無理だ」

「アンタの相方が飲めばいいじゃない? あと狐二宮さん下戸だって言ってたわよ」

「お酒は美味しくないから嫌いかなー」

「それにそっちじゃねえ。くすのきの方だ。あの化け狐、馬鹿みたいにザルなんだと」

「あー。怪異だものね。彼女も」


 人選に納得した流音が、年明けして見回りが終わったら誘ってみましょ、と言ったところで通信機から『怪取局』本部よりの司令が入った。


「至急、至急。本部より各車へ。『怪取局』病院から辰美太郎たつみたろうが脱走したとの緊急通報あり。発見次第報告または確保されたし。繰り返す――」

「誰だっけか」

「育成校同期のアレよ。ほら、エラそうなのいたじゃない」

「忘れたな」

「同意ー」

「ホントにあんたらねえ……」


 相変わらず素で惨劇を覚えていない2人に、流音は呆れた様子で1つ息を吐いた。


「しっかし、奴さんがこっち来ねえで欲しいもんだな」

「そうねえ。まあ逃走案件なら機動隊の仕事だし、仮に来ても私達に手間はないでしょ」

「お、そうだな」


 課長が聞いたら小言が飛びかねない不真面目な事を言う2人は、


「そういや、この間高いスルメ貰ったからよ、肴に提供してやっぞ」

「スルメだけも味気ないし、なんかいろいろ買い込みましょ」

「だな」


 さらに不真面目な、酒盛りのつまみの話を始めた。


 その後、Dクラス以下の怪異を捕獲したりユウリが間引きしたりしたが、日付が代わって水卜たちの業務が終わるまで、辰美とは遭遇しなかった。


 狐二宮と合流した水卜班は、流音のSUV車で彼女の自宅アパートへと向かっていた。


 助手席には水卜が座り、その背もたれにユウリが枝垂れ掛かっていて、その隣へ順に楠と狐二宮が座っていた。


「ほほう。大吟醸が山のようにとぐえっ」

「楠。その前に感謝でしょ。――有りがたいですけど、本当に良いんですか宇佐美先輩?」

「いいのいいの。持て余すぐらいなら飲んで貰ったほうが」


 ずいずい、と目を輝かせて、運転席の流音に顔を近づける楠の襟を引っ張って座らせ、気分を害した様子のない流音へ狐二宮は重ね重ね礼を言った。


「流音。常々思ってんだけどよ、防御的な意味でも寮の方が安全じゃねえの?」

「嫌よ。狭いか広すぎるしかないもの。あそこ」

「別に広いなら良いだろ」

「3部屋あると実家の修行場思い出して嫌なの」

「難儀だなあ」


 心配してくれてありがとう、と流音に笑顔で言われた水卜は、そういう意味で言ってない、と照れ隠しに顔を逸らして口を尖らせる。


「しかし、ありがたい限りじゃあ。静は安酒しか買ってくれぬからのう」

「じゃあ量飲まないなら買ってあげるけど」

「なにおう? わらわは質も量もこだわるのじゃよ」

「私ね、毎日大吟醸一升分買えるだけ貰ってないの」


 楠の肩に手を置いて、狐二宮はゆっくりとかぶりを振って小さい子に諭すよう言う。


「ぬう……」

「そんな顔してもだめ」

「ぬわーん! 水卜殿ー。しずが最近冷たいんじゃー」

「知らん」


 上目遣いでアピールする楠だが、狐二宮ににべもなく断られ水卜に泣きつくも、彼女からも鬱陶しそうにバッサリ切り捨てられた。


「つかあんた自分の取り分はどうした」

「そんなものはもうないのう!」

「無駄遣いするなら減らすよ?」

「静ー、それだけは勘弁じゃー……」


 少し空中に浮いた状態で腕組みをしてドヤ顔した楠は、狐二宮の冷え切った一言を喰らい、涙目で彼女の腕を掴んで懇願し始めた。


「私持て余してますし、差し上げ――あら? 火事かしら」

「年明け早々災難だなあ」


 なんとも情けないSクラス怪異の様子に流音が苦笑いしていると、消防車が3車線道路の最も内側のレーンを駆け抜けていった。


「ぬ。結構な大火じゃの」


 いじけていた楠は、目を閉じて管狐を飛ばして確認すると、アパートの窓から火が噴き出すほど燃えていた。


「――まって、あの辺り私のウチなんだけど」

「おいおいおい」

「っていうか私の部屋じゃないのーッ!」

「ええっ」

「なんと」


 我が家に近づく程に血の気が引いていた流音は、それが自宅だと認識した瞬間、この世の終わりかのような悲鳴を上げた。


「人払いしてたのが不幸中の幸いだったな」

「ですねえ。元旦とはいえ深夜ですし」

「私の家が……」


 流音は呆然とした表情で車を路肩に止めて、ハンドルに額をがっくりとぶつけた。


「妾の酒が……」

「楠。空気読んで」

「痛っ。何も叩かなくても良かろう……」


 部屋の主より落ち込む楠に、狐二宮はチョップを入れてさっきより冷ややかな視線を送った。


「通帳とか耐火金庫に入れてるか?」

「まあ大体は……」

「ユウリ。こっそり回収してきてやれ」

「あいさー」

「で、どこにある?」

「私のベッドの下ね。で、そんな事して大丈夫なの?」

「問題なーいよー」

「コイツには多少の火ぐらいは効かねえよ」


 流石に可愛そうに思った水卜がユウリに頼むと、流音の心配をよそに、彼女は腕をもやにして燃えさかる流音の部屋まで伸ばし、あちこちが焦げた金庫を回収してきた。


「ほーい。これであってるー?」

「ちょっ、熱いでしょそれっ」

「そーおもって冷やしたよー」

「そう……。本当にありがとう……」


 流音が金庫を開くと、中に入っていた印鑑ほかは全て無事だった。


「ひなっちー。ちょっとごほーこくー」

「なんだ」

「あの火ねー。妖力みたいなのがあったから、ついでに回収しといたよー」

「おーそうかご苦労」

「うへうへー」


 褒められたユウリは、水卜へ頬ずりしながら仔犬こいぬのように喜んで、あめ玉を転がす甘い声を出す。


「えっ、付け火なの!」

「穏やかでないのう」

「なるほどなるほど……。――こうなったら犯人つるし上げてやるわよッ!」

「うむ! 協力するぞ宇佐美殿!」


 賃貸でもそれなりに愛着があったため、流音は挙動も表情も怒りに震えていて、今までに無いほどの気合いに満ちていた。――ついでに晩酌を奪われた楠も。


「はいこれ。ごかくにーん」

「おう。そんじゃ送付っと」


 闘志を燃やす2人を横目に、ユウリがもやの中から出した、ツボ型の採取装置をコウモリに化けた式神に持たせて局へ飛ばした。

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