第三話 珍しいね
「おや、おはよう」
「おはよう」
朝、八時。僕は起床していた。
「珍しいね。起きられたんかい。あ、いや、この言い方は良くないね。ちゃんと眠れたかい?」
そうだね。まあ数時間は寝たかな。僕はお姉ちゃんに笑ってみせる。
「大丈夫だよ。それくらい寝れば」
「そうか」
お姉ちゃんはそれ以上何も言わなかった。僕達は朝食を摂る事にする。
「ねえ、お姉ちゃん」
「うん?何だい?」
僕はお姉ちゃんに、暫く気になっていた事を問うてみる。
「僕はさ、まあ何というか、形だけの中学生だけど、お姉ちゃんは二十一歳。大学生なん?働いてるん?」
「ああ、ははは」
お姉ちゃんは微妙な表情を浮かべた。
「働いてるよ。パートだけどね」
そうなのか。僕はヨーグルトを口に運ぶ。ついでに、更に疑問を投げつけてみる。
「大学は行きたくない?ちゃんと働きはしないん?」
「そうだねえ。お姉ちゃんはお前さんの世話をするのが好きだからねえ。がっつり働くというのはどうにも、力が持たないかな」
勿論、僕はお姉ちゃんのお陰で助かっている。でも、そうは言ったって、お姉ちゃんが働いたり、どうこう生活する事を、僕がわざわざ止めるもんじゃあないと思う。
その事をそのまま言ってみた。するとお姉ちゃんは、その疑問に返答する。
「まあ、お姉ちゃんが好きでやっている事よ。なんにも嫌な事なんて無いのさ」
ふーん、まあそれなら安心なんだけどさ。でもさ、それならいっその事、働かなければ良いんじゃないの?主婦っていう形で良いじゃないの。
「うーん、まあ体裁があるからなあ。父さん母さんは良いにしても、おじさんおばさん達が、もしかして、ひょっとして、嫌な顔をするかも知れない」
なら。
なら、やっぱりお姉ちゃんは、自分で自分の生活をするべきなんじゃあ。
「んーむ。難しい話を問うんだねえ。まあお前さんが興味津々なのはそれはそれで良いよ。そうだな、後でまた話そうか。今日は服でも買いに行かないかい?」
服?
「長らく新調してないだろう?」
……良いかもね。ちょっと歩くのもまた、楽しそう。
僕は同意した。そしてデパートに出かけた。
一時間くらい、見て回った。
「もういいのかい?」
「うん、まあ、普通の服でいいかなって」
お姉ちゃんは笑った。服屋は自分達には合わなかったね、と。そして付け加えて僕に言った。
「あっちの方が、行きたくてたまらないみたいね?」
本屋だった。僕は本を見たかった。
「正直に、言いなさいよ」
そのお姉ちゃんの忠告を、僕はなるべく聞くように努力する。
「じゃあ、行きたい。本屋さん」
「うん。お会計済ませたら移動しようか」
「わあ」
「うん?それかい?買うんかい?」
「今、よく見て選んでるとこ。楽しいよ案外。買わずに帰るっていう事もあるかもね。ああ、お姉ちゃんは別んとこ、見ててもいいよ?僕のなんて、つまんないでしょ。吟味が長ったらしくて」
僕は本当に境目無くて、色々な本が好きだった。本を見る時間の方が、何だったら服より長くなるかも知れない。
僕がぶつぶつと呟きながら沢山の本を眺めていると、お姉ちゃんは意外と楽しそうだった。
「ふふふ、好きな事に没頭する少年は可愛いねえ」
「そう?」
聞いちゃいない。僕は返事だけしておいた。
結局、翻訳された、割と原文に近い童話集を買う事にした。要は児童書化されていないバージョンっていう事だ。こういうものには結構、グロテスクな表現であったり、シリアスなシーンも含まれていたりするものだ。それはまたまた味わい深いだろうな。
夜、十時を少し回った頃、僕は読書にふけっていた。今日買ったやつは文字も小さくて、かなり読み応えがある。満足だった。
「やあ、お茶、飲むかい」
「あ、うん、ありがとう」
お姉ちゃんが隣に座った。
「朝の話の、続きなんだがな」
お姉ちゃんは語り出す。
「何というか、昔の事よ。その童話じゃあないけどさ、家政婦、乳母、そういう職が当たり前に存在する世界観。日本だって、ついこの前までそうだったんだと思うよ。働きに出て稼いで来て、家の者を食わしてく係が一家に一人か二人。子供が三人か四人いて、それでさ、その子供を、世話する係っていうのも、また専属、その専門として、いて良いと思うんだ」
「うん」
分かった。ありがとう。お姉ちゃん。
「それで、だな」
お姉ちゃんは、珍しく幼い顔をする。
「私は今、もう少し、お前さんに近寄っても、良いだろうか」
「うん、もっとこっち来てよ」
僕は受け入れる。
「情けないな。ああ」
「疲れたんでしょ。そういう日もある」
「お前さんは、そんな本も読めるくらい、賢いのだね」
「そうかもね」
おやすみなさい。ごきげんよう。
眠れない夜。七つ上のお姉ちゃん かさばる @rinnsyann
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