第二話 追憶
目が覚めた。こんな時間に。
と言うより、寝た時間と環境がまずかったのだろう。
僕は夜、テレビを見ていた。その状態のまま、寝落ちてしまった。
体の節々が痛む気がする。ソファーで寝た訳だし、一応、布団らしきものは被っていたけれど。
「おや、おはよう、お前さん」
「お姉ちゃん」
声をかけられた。良かった。どうしようかと思っていた所だ。少し寝てしまった手前、この場でもうひと眠りというのも苦しいし、夜は怖いし、動くのは億劫だし。
「いや、心配したよ。テレビはついてたから私が消してしまったけど、起こすのも悪いしね。対応に困っていた。良かった。自然に起きてくれて」
うん。そうだね。
「あるいはそのまま朝まで寝てくれたら、それはそれで良いのかも知れない。でもそれも難しそうだしね」
僕はお姉ちゃんに話しかける。寝落ちる前に、さっき見ていたテレビのニュースについて。
「あのさ、どこだったか知らないけど、自殺未遂があったんだってさ。だけど、それを間一髪止めた人がいたんだって。だから、自殺に至らずに未遂で終わった。そういう事件というか、まあニュース」
自殺をしようとした人は、泣きわめいていた。でもじきに落ち着いて、家に帰ったらしい。そして、自殺を止めた人は表彰された。良い人なんだってさ。そういう人は、多分。
お姉ちゃんは僕の話を聞いて、ふうん、と頷いて。
「それで?お前さんは、その話が何か気になったんかい?」
「夢を見たんだ。その後寝落ちて。さっき見たニュースに影響されたんだと思うんだけど」
ニュースでは当然、事件の現場なんて映さないから。話だけが伝えられて。でも夢の中ではリアルなんだ。本当にリアルに事件の現場、突進して来る電車に飛び込む若い人間の姿が描写されて。それを呆然と見ている、困った表情の人の群れ。そして、夢の中だからこそ脚色されるものだけど、そこだけ光が強くて、輝いているような若い人がいるんだ。
ああ、多分この人が自殺を止めるんだろうな。
「でもね、止めないんだよ」
その人は自殺を止めない。そして自殺をする人は、そのまま飛び込んで死んでしまうんだ。
「と、そういう話。おしまいです」
「そうか」
お姉ちゃんは問うてきた。どう思った?と。その夢を見て、果たしてどう思った?と。
「なんか、さ、安心したっていうか」
良かったなあって。ちゃんと死ねて。
「うん」
それにさ、ちょっと話は逸れるけど、これって夢の話だからさ、その自殺の夢の後に。切れ目がどこだったか分からないけど、小学校の頃の夢を見たんだよ。クラスメイトが沢山出てきた。
それで、なんだか懐かしいなって、僕は思った。そりゃあ思った。でも、それであると共に、なんだか気持ちが悪かった。ぬるぬると、ぬめるような、嫌な感じ。クラスメイト達の笑顔。きっとあの子達も、いや、歳を重ねているんだからそりゃそうだけど、今はあの子達も中学生で、それなりにうまくやってるんだろうなって。それを考えて、吐き気がした。
「うーん、そうさね」
一通り話を聞いて、お姉ちゃんは少し考え込んだ。
「まあ、程々にやってくれよ。お前さんはお前さんの道を往けば良い。それでもう手一杯だろう。人の事なんて考えるんじゃあないよ」
あんまり答えになっていないけれど、と、お姉ちゃんは苦笑いした。
……口の中がぬめぬめする。
変な汗、かいたかも。
「お姉ちゃん」
「何だい?」
「コーヒー、淹れたいんだけど、お姉ちゃんは飲む?」
あ、そうか。飲まないよな。お姉ちゃんは多分、これから寝るんだもんな。
でも、お姉ちゃんは答えてくれた。
「いただこうかな。砂糖とかは入れるんかい?」
「いや、ブラック。ただのコーヒー」
「良い感性だ。きっと旨いよ」
お姉ちゃんは、僕がブラックコーヒーを、まだあまり得意ではない事を知っている。
最近新しくした、殆ど錆びてないやかんでお湯を沸かして。
コーヒーフィルター、ちゃんとセットして。
良い香りだな。なんだろう。どこの豆?全然分かんないけど。でもどこか、違う土地の美味しいコーヒー。連れていってくれるかな。いつか行ってみたいな。そんな場所。
「美味しい」
「うん?お前さん……」
僕は少し、涙をこぼした。
「ふう」
「ああ、いいねえ。良いコーヒーだった」
「お姉ちゃん、寝たの?」
「うん。私はもうね。でもお前さんは不十分だろう?どうするかい」
うーん。僕は考え込んだ。
とりあえず。
差し当たって、ソファーに座った、お姉ちゃんの腕の中があたたかい。
「朝まで、いっちゃうか」
そんな事を、唐突にお姉ちゃんが言った。
「……いいね」
僕とお姉ちゃんは、悪戯っぽい笑みにより同意した。
「お話、しようか。お前さんの好きな事でいいよ」
そうだな。じゃあね。さっきの悪い話はもう忘れてさ。最近嫌な夢が多いから、願わくば、こんな夢が見たいなっていう話なんだけど。
「ふふ、そうかそうか」
明け方。気持ち良い温度。ああ、いいな。これはいい。どこだろう。ここは、夢かうつつか、ここはどこ?でも、とりあえず、何にも悪い事ないから。それでいいや。ああ――
おやすみなさい。ごきげんよう。
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