眠れない夜。七つ上のお姉ちゃん
かさばる
第一話 台所の炊飯器
僕は十四歳だった。ああ、そう言えば誕生日が近付いてきているな。そんな事をぼんやりと、回らない頭で考えた。
頭が回らない。だってもう深夜二時だ。
「ねえ」
僕の、七歳上のお姉ちゃんは、隣で静かに眠っている。
「ねえ、起きて」
お姉ちゃん、お姉ちゃん。
五秒くらいして、ようやく返事があった。掛け布団がしゅるしゅると擦れる音がする。お姉ちゃんは背が高かった。
「んん、どうしたん?眠れないんか?」
「うん」
「そうかい」
お姉ちゃんは静かに微笑んで、僕を布団の中に招いてくれた。
「ほら、ここでゆっくりあったまってなさい」
「え、ねえ、お姉ちゃん」
どこか、行っちゃうの?
「いんや?どこも行かんよ。ただちょっと、台所に用があるだけさ」
台所……?
「大丈夫さ。すぐ戻って来るから。安心しなさい」
うん…………
僕は頭で、細かく数えていた。三分。百八十秒は、ギリギリ経っていないくらいだろうか。お姉ちゃんは台所から戻って来た。
僕はお姉ちゃんに訊ねた。
「何しに行ったん?台所、寒かったでしょ?」
「んん、そりゃま、寒いさ。だからお前さんには待っててもらったのよ」
「何しに行ったん?」
「炊飯器を、入れてきた」
お米、炊くん?
お姉ちゃんは言った。
「どうせ、まだまだ眠れんだろう?そしたらお腹もすくよ。大したもん無いけどさ、中学生だろ?お前さん。そんだら、ケチャップご飯に、鶏肉もあるし、あと、ちょっと背伸びできるなら、辣油なんかも美味しいよ」
……ふーん。
「なかなかね、眠れなくて、でもちょっと眠くって、いっぺんかったるくなっちゃうとさ、何の用意もできなくて、そうして体が冷えちゃうよ」
僕はその時、ちょっとだけわがままを言ってみた。
「一緒に寝てくれれば、体温上がると思うんだけどな」
「はは、多寡が知れてらあ」
「…………」
「絶対に、お腹にモノ入れた方があったまるよ。まあ、でもね、分かるよ勿論。お前さんにそんな、泣きそうな目、されちゃあさ。お姉ちゃん逆らえないよ」
お姉ちゃん……
「おいで、布団でゆっくりあったまろう」
「ねえ、お姉ちゃん」
「んー?何だい?」
「お米、もうじき炊けるかな」
「んー、まだだろうね。あと半分くらいかな?」
「長いね」
「長いねえ。お前さんはまだ十四だもんなあ」
どういう意味?僕はそれが分からなかった。だから興味本意で。というか。
「お腹すいたよ。台所見てきていい?」
「だめ。寒いよ。風邪引いちゃう。それに怖いだろう」
そんな。寒いって言ったって厚着はできるし。ましてや怖いなんて事ないよ。たかが薄暗いだけの、自分の住んでいる家の中だよ?
「馬鹿にしちゃあいけないよ。甘えんぼさん、どうせなら振り切っちゃいな。ここだけ大人ぶる事無いのよ。夜は怖いよ。用意周到なお姉ちゃんが言うんだから間違い無い」
そうなんだ。夜は、怖いのか。うん。分かったよ。そうしたら僕、夜はちょっとだけ怖いよ。
僕は訊ねる。お姉ちゃんは、夜が怖かったり、寒かったりする事を、どうして知ってるの?
「そりゃあね」
お姉ちゃんは、それ以上言葉をつぐんでしまった。
「お前さんは、お姉ちゃんと一緒にいるの、好きだろう?」
「うん」
「なら、いいのさね。それでいいのよ。まだまだ健やかに大きくなれるよ」
実はさ。僕もちょっとは知っている。不眠症っていうのは、症の文字が付くくらいだから、病気の類のものなんだって。まだ十四歳。幼い時分に、眠れないなんて。
「ま、気落ちするのも良くないよ。そんなに深く考えない事。らくーにいれば、じきにほぐれていってくれるよ」
ピーッ
「ほら、ご飯。炊けたみたいね」
「ほかほかだ」
「うん、美味しいね」
「ふふ、おやおや」
微睡みの中、お姉ちゃんがクスクスと笑って、僕の頭を撫でてくれたのが分かった。
あったかい。ふわふわしてる。好き。好きだな。好き。好き――
おやすみなさい。ごきげんよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます