相談役の北風くんと浦川さんの恋事情

@cactas

熱に浮かされて

「おっはよー、いやー、今日は暑いねえ。四月の前半でこれじゃ七月とか八月は……って、どしたの。なんかテンション低いってレベルじゃない気がするけど」


 女子生徒――浦川うらかわねいは自分の左隣の席で机に突っ伏したまま、微動だにしない男子生徒――北風きたかぜれいを見て、目を瞬かせた。


 反応がないことを確認すると、『北風さんや〜』と小声で呼びつつ、つんつんと指で肩をつつく。


 これにも反応がない。さて、次はどうしたものかと考えていると、今の今まで反応がなかった零の頭がゆっくりと横を向いた。


「……おはよう……今日も元気そうだね、浦川さん」


「まぁ、うん。今の北風くんよりは元気、かな」


 寧も特別元気なわけでもないが、少なくとも、目の前にいる男子生徒よりは元気なのは違いないと苦笑する。


「で、本当にどしたの?」


「……暑い。眠い。しんどい」


 生まれつき低血圧である零は朝に滅法弱い。その事もあって部活動には入っておらず、休みの日は目を覚ましても布団の中から出てくるのに一時間はかかるタイプだ。


 遅刻こそ一度もないものの、午前の授業は基本的に生きる屍のような状態で受けていることの多い零だが、今日はいつにも増してグロッキーな状態だった。


「まだ春休みが明けたばっかりだけどねぇ。確かに今日は暑いよね。もう初夏かなぁ、って感じで」


 そう言って、寧は手でパタパタと顔を扇ぐ。


 四月の上旬ではあるものの、教室に置かれたデジタル温度計は二十四度と表示されていた。


 五月ならともかく、四月の上旬でこの気温は寒暖差の影響もあって、一層暑さを感じる。


 暑いのが苦手な零にとって、まだ冬用の制服を着なければならないこの時期にこの暑さは深刻な問題だった。


 加えて、日光を遮るためのカーテンが何者かによって破壊されており、窓際から二列目の席に陣取る零にとって、この直射日光を回避できない状況はまさに踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂という状態だった。


「このままじゃ溶ける」


「そんな馬鹿な、って言いたいけど、北風くんの場合、本当に溶けそうだよね」


 寧は脳内で道路に落ちたアイスクリームのように溶けていく零の姿を想像する。ギャグみたいな光景だが、実際そうなりそうな気がしていた。


「ということで、これでも一つ」


 寧はそう言って、ボディシートの入った袋を零の机の上に置いた。


「やー、こんなものでもあるとないとじゃ違いますし、気休めかもしれませんけど、部活で同じの使ってるんで、効果は保証しますよ?」


 寧は両サイドでまとめた髪の毛を指先で弄びながら、捲し立てるように言う。


「これからの時期、私たちクラス全員お世話になりますし。快適な学生生活のためにも、今のうちから北風くんにはをゴマをすろうって訳ですよ」


「……ああ、うん。任せて。今ので、北風ポイントが十ポイント上がったから」


「ほほう、北風ポイント。それが溜まるとどうなるの?」


「……北風零が、快適かつ心地よい涼しさをお届けします。ご利用された方々からのコメントは概ね高評価となっており、効果の程は保証いたします」


「わお、それは良いプレゼントだね〜。ポイント集め頑張らないとだ」


 いつも通りの、その場のノリだけの益体のないような会話。


 零も寧もこの時間が好きだ。基本的にお悩み相談だったり、愚痴の話し相手をすることが多いためだ。もちろん、それも悪いとは思っていない。 


 むしろ、自分なんかでも役に立てるのだと、解決してあげられるのだということに喜んでいる。


 ただ、それが負担にならないわけがなく。


 その負担となった部分をどうにかするためにできたのが、この小気味の良い、けれども益体のない話をする時間だった。


 ちなみに二人のそんなやり取りを見た友人たちは離れたところから満足気に頷いていたとかいなかったとか。


 とにもかくにも、性別こそ違えど立場の近い零と寧が仲良くなったのは必然であり――

 

 (勢いで渡しちゃったー! ま、まぁ、でも、使いかけのじゃなくてストックしてた新品を渡したし、そもそもこれはあくまで善意。そう、混じり気のない純度百パーセントの善意だからセーフ! 好感度アップとか、独占欲が出たとか、そういうの、全然、考えてないから! ‥‥多分)


(貰った以上、使った方が良いとして、やっぱりなんかお返しはした方が良いよな。同じ物を買って渡すべきか……いや、それは芸がないっていうか、多分気を使わせるだろうし、こういう場合は他のものが良いよな。好物か日用品か、どっちを渡した方が浦川さんは喜んで……じゃなくて。ちゃんとしたお礼になるものを考えないと)


 ――お互いに相手を気になる異性として意識するのもまた必然だった。


 好きか嫌いかを問われれば好きと答える。


 付き合いたいかと問われれば、のらりくらりと答えをはぐらかす。絶妙の距離感。


 『色々と』策を弄してはみたものの、互いに相手が自分のことをどう思っているのか、聞き出せずにいた。


 望むべくは異性として意識されている、あわよくば好意を寄せられていること。友達ならひとまず良し。愚痴仲間ならギリギリ赤点回避。もしそれ以下なら――。


 そんな思春期の人間特有の悩みを抱えたまま、二人は今日まで過ごしてきていた。


 (まぁ、こういうことしてくれるし、嫌われてはいないと思うんだけど……)


 (好きかどうかは別問題だよね……はぁ、どうすればいいんだろ)



   ◇



「普通に告白すれば良いと思うよ?」


「ですよねー」


 女子更衣室。


 練習着に着替え中、友人であり同じ部の仲間でもある遠野とおの千佳ちかに『お互いに相手のことを好きかもしれない時どうする?』と冗談混じりに聞いたところ、返ってきたのは概ね予想通りの答えだった。


 予想通りの答えだったのは、千佳が素直で正直な性格だというのもあるが、自分が同じことを聞かれても、ほとんど同じ答えを返すだろうと思っていたからだ。


「脈アリだと思うよ? 神室かむろくんからこっそり聞いたけど北風くんも寧のこと、よく話してるし、結構気にしてるみたいだし〜」 


「そうなんだ、良か……いやいや、さっきのは別に私の話じゃなくて、他の子の話だから」


「あー、うん。そうだねー。他の子の話だったねー」


「……」


 寧は適当な相槌を打つ千佳にジト目を向ける。それに対して千佳はやれやれと溜息をついた。


「あのね。寧も北風くんも普通にしてるつもりかもしれないけど、全然普通じゃないからね?」


「そ、そんなこと……」


「あるよ。誰がどう見ても普通の友達とお話ししてる空気じゃないし。郁乃いくのもそう思うよね?」


 寧を挟んで向こう側で着替えている女子に千佳は声をかける。


「はい。お二人の空気感や距離感は私達と一緒にいる時とは違うでしょう。ほぼ確実に、お互いのことを意識しているかと。両思いですね」


 人差し指で眼鏡をくいっと上げてそう断言したのは、田澤たざわ郁乃いくの。彼女もまた寧の友人であり、同じ部の仲間だ。


 ちなみに今日は風邪で休んでいるためいないが、もう一人騒々しいほど元気いっぱいな少女が一人いる。


 その少女を含めて四人は一緒にいることが多い。だからこそわかる。


 『これはそういうことだ』と。


「そう言えば、今日はなにか北風さんに渡していましたね」


 郁乃が思い出したようにそう呟くと、千佳の目が光った。


「えっ!? なに、その話、まだ聞いてないんだけど!? どゆこと?! 北風くんまた誕生日じゃないよね?!」


「ちょっ、顔近いって」


 鼻息を荒くして、ずずいっと顔を近づけて質問してくる千佳を寧は両手で押し返す。


「で、なにあげたの?」


 興奮冷めやらぬままに質問をする千佳に寧は限りなく端的に説明する。長くなると自分の感情や気持ちの部分まで吐露しそうだったからだ。


「ボディーシートをあげただけだよ。ほら、北風くんって暑いのに弱いでしょ。気休めかもしれないけど、あるとないのとじゃ違うでしょ」


「あー、確かに北風くん、冬は割と元気だけど、夏はその辺で倒れてるときあるもんね」


「この季節にしては、気温も高いですし、北風さんが元気がないのは無理もありませんね」


「いやぁ、予備を持っておいて良かったよ。これで一人の男子の命が救われたわけですし。なんなら二人も使う? 一汗かいた後のこのひんやり感は最高だよ」


「使う使う! いやぁ、使ってみようって考えたことはあるだけど、使わずじまいだったからねー」


「ありがとうございます。寧さん」


 ごく自然な流れで話題の転換を図り、見事二人の意識はボディーシートの方に流れた。


 ――はずだった。


「そういえば、北風さんにお渡しになられたのも同じもので?」


「そ。私もこれ結構気に入ってて、ストックがあったから上げたんだ。柑橘系のやつ。結構いい香りだし、男子が使っても問題がないと――」


「ほほう。つまり、状況次第では、寧と北風くんから同じ匂いがするわけかぁ。なるほどなるほど」


 にまにまと笑う千佳の意図が読めない。


 同じような匂いがするからと言ってどうだというのか。そもそも同じ物を使っているのだから、しない方がおかしい。


 はて、と首を傾げる寧。気づいていないことを悟った郁乃が感心したように述べる。


「気になる異性に自分が日頃から使用しているものを使わせて同じ匂いにさせる。なるほど、そうすれば周囲にも彼は自分のものだと主張ができるわけですね。流石です」


「だよね〜。伊達に数々の女子の恋の悩みを解決した寧さんだけありますなぁ」


「………………っ!?!?!?」


 二人の言葉の意味を少しだけ考えて、寧はその言葉の意味をようやく理解した。


 気になる異性に自分が普段から使用している物、それも『匂いがついている』物を使用させることの意味。


 つまり――


 (私のモノってアピってるのと同じじゃん!)


 ゆでダコのよう、とはこの状態をさすだろうか。寧の顔が急速に熱を帯びていき、赤く染まっていく。


 否、顔だけではない。寧は全身がまるで燃えるかのように熱くなっていくのを感じていた。というか、実際に体温が急上昇していた。


「わ、わた、私、忘れ物と用事となんか色々思い出したから、ちょ、ちょっと行ってくる!」


 素早く練習着に着替えると、一方的にそう捲し立てて、二人の返事も待たずに更衣室を出ていく。


 その光景を見て、二人は満足げに言う。


「青春ですなぁ」


「青春ですね」



  ◇



「おーい、生きてるか」


「……なんとか」


 友人の神室かむろ綾人あやとの問いかけに零は椅子にもたれ、天井をぼうっと眺めたまま、力無く答える。


「はぁ……毎度のこととはいえ、暑いのに弱いとかいうレベルじゃねえだろ。ほれ、水」


「……悪い。助かる」


「いいってことよ。今のうちにポイント貯めとかないと、だもんな?」


 ペットボトルを渡しながらにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて言う綾人に零は罰の悪い表情を浮かべる。


「聞いてたのか」


「別に聞きたくて聞いてたわけじゃねえよ。あんな甘ったるい話。ブラックと間違えてレインボーマウンテンでも買ったのかと思ったわ」


「言いがかりだ。いつも通りだよ」


「だろうな」


 口ではそう言いつつも、『普通だと思ってるのは当事者だけだ』と心の中で愚痴る綾人。


 仲良き事は美しい事。


 綾人としても、零と寧が仲が良いことについて苦言を呈することも無いどころか、むしろ囃し立てる位置にいる。実際そうしていた時期もある。


 とはいえ、何事にも流行、あるいは鮮度というものがある。こうもじれったいと、からかうのが煩わしくなる。要は『早くくっつけよ』と思ってしまう。


 両片思いなのは、お互いに友人を通して聞いているので知るところ。


 後は、そこから先に『どうやって進めさせるか』。この一点に尽きる。


 そして、これが一番難解でもある。


「まぁ、お前と浦川さんの砂糖生成機能みたいなのはさておいて、実際どうすんの? このまま、熟年夫婦みたいな夫婦漫才を卒業するまで続けたいってわけじゃないんだろ?」


「あー、生き返る。……そりゃまあ、俺もこのまま行くわけには行かないとは思ってるよ。このままじゃ、どこかで浦川さんに迷惑もかけるだろうし」


 一息で水を半分くらいまで飲んだことで元気を取り戻したのか、零は体をちゃんと起こすと、綾人にそう答えた。


「まぁ、若干勘違いもあるが、さっさと白黒つけなきゃいけないって話だ。でないとお前らの周りにいるやつ全員糖尿病になっちまいそうだ」


「言いがかりも甚だしいってレベルじゃないな」


 (自覚なし。このままじゃ、マジでこのまま卒業しちまいそうだし、ここらで一肌脱ぐか)


 零は苦笑するものの、綾人たちにとっては全然笑い事じゃない。


 とはいえ、これ以上深くツッコんでいくと、また頭痛の種というか、聞かされている方が恥ずかしいようなやりとりまで言い出しかねないので、綾人はスルーしつつ、こういうのは自分の役割じゃないだろ、と心の中で深い溜め息を吐く。


 実際、男子間での問題解決は零が主導で行うことが多い。ただ、今回はその零が問題である以上、誰かが動かざるを得ない。


 そしてこういう時、損な役回りをするのは綾人だった。


「そういや、風の噂で聞いた話なんだがな」


「?」


「浦川さん、結構人気あるらしいぜ」


「……へぇ」


「まぁ、当然ちゃ当然だよな。可愛くて、スタイルもそこそこ良くて、気配りができて、優しくて、面倒見も良くて料理もできる。こんな好条件が揃った女子はなかなかいねえもん。俺が知ってるだけでも二十人くらいは狙ってるっつー話は聞くぜ?」


「それはまあ……浦川さん、ならそれくらいはモテるだろうな。うん、当然だと思う」


「だろ? ちなみに俺も浦川さんのこと、ちょっと狙ってんだよ。俺もそろそろ彼女欲しいしな」


「おいおい、そんな軽いノリで決めるのは駄目だろ」


 態度こそさっきから変わらず、暑さにやられて気怠そうなままであるが、その目には、言葉には、確かな『熱』が篭っていた。


 手応えはあった。


 もうひと押しとばかりに綾人は続ける。


「別にお前のものじゃねえし、駄目もクソもなくないか? それとも俺の方が先に彼女ができるのが嫌なだけか?」


 明らかな挑発。


 普段なら適当に流す言葉。少なくとも、ここに綾人以外の人間もいれば『先に彼女が出来たら煽ってくるからな』とでも答えていた。


 だが、ここには今、零と気心の知れた相手である綾人の二人しかいない。だから――零は分かった上で挑発に乗った。


「お前に――いや、他の誰にも浦川さんは絶対渡さない。浦川さんの隣に立つのは俺だ」


 零とよくつるんでいる綾人だからわかる。


 これまでに見せたことのない熱さに、挑発を仕掛けた本人が面を食らい――心底呆れたようにがくりと肩を落とす。


「なんで今のが本人に言えないのかねぇ」


「……言えたらこんなことになってないよ」


 罰の悪そうな顔で零は答える。


 綾人の言う通り、男らしく告白の一つでもできていれば、もっと先に進めていたと零自身も思っていた。


「それはそうだけどよ。それを言ったら……ん?」


 と、なにかに気づいた綾人が視線を教室の入り口に向け、零もそれを追うように教室の入り口を見た。


 ――誰かいる。


 誰かはわからない。見えているのは、教室の扉の向こう側からはみ出ている赤みがかかった茶色い髪だけ。扉の向こう側にいる人物は隠れているつもりなのか、そのまま動く気配はない。


「今の話」


「……まぁ、聞いてませんでしたってことはないよな」


 二人は小声でそう話すと、扉の向こうにいる『誰か』に気づかれないように、足音を立てずに近づいていく。


 そして、扉の前まで近づくと、おそるおそる廊下に顔だけを出して、『誰か』を確認する。


「……マジか」


「あ、浦川さんじゃん」


「ひゃっ! う、え、あの、その、これはですね。決して盗み聞きをしようとかそういうのではなく、たまたまで」


「それ、聞いたって言ってるのと同じじゃない?」


「……………………はい」


 綾人が苦笑しながらそう言うと、寧は答えに迷う素振りを見せた後、観念したようにぽそりとそう呟く。


 それを聞いた綾人は満面の笑みを浮かべると、零の背中を思い切り叩く。


 怒涛の展開にほとんど思考停止していた零はその一発で我に帰った。


「ま、聞かれちゃしょうがねえよな。……零、後は上手くやれよ?」


「……わかったよ」


「そんじゃま、俺はこれで失礼、っと」


 やるべき事はやったと言わんばかりに、綾人は教室にあった自分の荷物を取ると、脱兎の如く、その場から走り去っていった。二人には心なしかスキップをしているようにさえ見えた。


 その背中を見届けると、零は覚悟を決めて、寧の方へと向き直る。


「浦川さん。聞いてほしいこと――」


「ちょ、ちょっと待って! 私にも心の準備が必要っていうかもう聞いたから言おうとしてる事はわかってるけどとにかく私に落ち着く時間ちょうだい!」


 一息でそう言って肩で息をする寧。


 状況が状況だけに今の勢いで自分の気持ちを伝えようとしていた零としては、その勢いのまま、想いを告げる気であったのだが、あまりにも必死すぎる制止に頷くほかなかった。


 零が待ってくれたことを確認すると、寧は自分を落ち着かせるように、胸に手を当てて、深呼吸をする。


 三度、四度と繰り返し、落ち着くどころか尚も激しくなっていく心臓の鼓動に、寧は思わず破顔する。


「あ、あはは……全然、落ち着きませんでした」


 わかっていたことだが、落ち着くわけはなかった。好きな人からの不意打ちの告白。こんなことをされて、平静さを保てる人間がいるはずもない。


「浦川さんが落ち着くまで一旦離れておいた方がいい?」


「いやいや、そっちの方が逆に緊張しますって。それに、うん。、私も好きって、ちゃんと言う……あ」


「あ」


 言った。言ってしまった。


 言うつもりはあった。想いを伝える意思も、覚悟もあった。なかったのは冷静さだけ。


 だから、気持ちだけが先行した。好きだと伝えたい。誰にも渡さない、とそう言われて本当に嬉しい。私も、あなたのことを誰にも渡したくない。


 それをどうしようもなく抑えきれなかった。


 二人の間になんとも言えない微妙な空気が流れる。


 自分から気付いた手前、気づかなかったことにはできない。零も普通に気づいて反応してしまっている。


 静寂の中、二人はほとんど停止した思考をフル回転させる。当然というべきか、二人とも、名案など出てくるはずもない。


「……今の聞かなかった事にした方がいい?」


 静寂に耐えかねた零はひとまずの妥協点を提示する。


 それが一番無難な案で、寧もその案に乗りたい。


 でも――それはフェアじゃない。


「ううん。今のでいい」


 自分だけやり直しをしていいなんて、そんなのはずるい。


 零が許してくれても、そんなずるい真似は寧自身が許せなかった。


 だから続ける。零がしようとしていたことを寧は実行する。


「私は北風くんが好き。北風くんと同じように北風くんの隣は誰にも譲りたくない。先に答えは聞いちゃったけど、北風くんが良ければ、私と付き合ってください」


 心臓の鼓動が一層激しくなり、張り裂けそうな気がした。顔は誰が見てもわかるくらいに真っ赤に染まっている。


 けれど、寧は零をまっすぐに見つめていた。わかっている答えでも、一言一句聞き逃さないために。


 その健気な姿が、零の目にはあまりにも可愛らしく、そして美しく映った。


 ――衝動的に抱き締めてしまうほどに。


「き、北風くん? こ、これはどういう返事です?」


「俺にも改めて言わせて。俺は浦川さんのことが好きだ。ずっと一緒にいたい。だから、その告白、喜んで受け取らせて」


 改めて告白されて、受け取ってもらって、寧は思わずガッツポーズしそうになって、それができない事に気づいて、自分も強く抱き締め返した。


「浦川さん。凄いね、体温とか、心臓の音」


「それを言うなら、北風くんも。こんなに熱いとみんなに涼しさをお届けできませんよ?」


「困ったなぁ。これからは北風じゃなくて南風を名乗らないといけなくなるのかな……なんて」


「「ふふふ」」


 二人の表情に自然と笑みが溢れる。


 待ち焦がれていた時間。こいねがっていた関係。


 手に入ったそれを噛み締めながら、二人はしばらくの間、抱き合っていた。


 余談だが、全然帰ってこない寧を心配して、探していた千佳と郁乃には、ばっちり現場を目撃され、しばらくの間イジられることになった。

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