再臨
話したくない。
それが素直な感情だった。
あれから白川さんと話すことはなかった。勿論、瀬戸君とも。
文化祭が始まって、すぐ。
基本一人でいる私が白川さんのために時間をあけるのは、とても簡単なことだった。
「結局、あれだけ揉めて、たこ焼きなんですね」
一言そう、話しかけただけ。
それだけ。
それだけなのに私の心臓は、杭が刺さったかのようなダメージを受けた。
「南……」
白川さんからはその一言だけ。
「もっと他になかったんですかね。おでんとか」
「世間話するような仲じゃないでしょ、私達。何の用?」
自分のクラスで焼いたたこ焼きをはふはふしながら話す白川さんは、私なんか見ずに、たこ焼きを焼いてる瀬戸君の後ろ姿を見ていた。
「須藤君に頼まれて来ました」
「場所、変えよっか」
誰もいない、明るい教室。
遠くでにぎやかな声がする。
そんな中に、私達2人。
沈黙が続いた。
「あれ以来だっけ、南と話すの」
「罪悪感なんて持ってませんよ、私」
「別にいいよ、それで。持たれても気色悪いし」
殴ったことに、罪悪感はあるけれど。
「それで、どういう風の吹き回し?」
猫を被らない白川さんは、ちょっと怖い。
圧のある目。
そのキレイな顔からは想像できないような、冷たい雰囲気。
それでも今は、友達として、彼を助けないといけない。その義務感だけで私は、息を吸った。
「単刀直入に言います。彼と別れてください」
「やだ」
怒るでもなく、軽蔑するでもなく、ただ一言。
「白川さんだって、わかってると思います。彼がどんどん壊れてること。このままじゃ、死んでしまいそうなこと。もう、精神的におかしくなってること。このままじゃきっと、瀬戸君は、どんどん歪んでいく。それはきっと、あなたの影響で……」
「違うよ」
「違わないです。元々彼は、私にも笑顔を向けてくれるような……」
「南は瀬戸君のこと、何もわかってない。瀬戸君がどういう人間なのか、どういう思考で生きてるのか」
そういう白川さんは、仮面をつけたような笑みをこぼした。
「瀬戸君はね、元々壊れてるよ」
「そんなこと……」
「瀬戸君には、裏表がないの。思ったことを言うし、嘘もつかない。だからこそ、私のことしか考えてないんだよ。前から、そう。誰も気づいてないだけ。ただ私を、愛してくれてるだけ。ただ私しか、見えないだけ。興味ないんだよ、他のことになんて」
違う。
違うはず。
私の思う瀬戸君、つまり私の見てきた瀬戸君は、そんな人じゃなかった。
他人を見て、他人に気を使う、むしろ周りばかり気にしてる人。
私は確信した。
壊したのは、白川さんだ。
でもだからといって、私にはどうすることもできない。聞いて何をするんだって言われても、話すことしかできない。
「白川さんはさ、何がしたいの?」
だからこんな、単純な質問しか、できなかった。
それがわかっていたのか、はたまたテンションが上がったのか、白川さんは踊るみたいにクルリと回って見せて、天井を見上げる。
私は彼女が話すのを待った。
「私はね、生きやすい世界が欲しかったの」
「今の世界でも十分、白川さんにとっては生きやすいでしょ」
そういう私を彼女は、軽蔑するような目で見た。
「つまんないんだよ。全員私の言いなりで、私の顔色ばっかり見て。そのくせに勝手に好きになって、勝手にネガティブになる。この世を生きてて、明日が楽しみと思ったことがなかった。ずっと毎日気持ち悪かった」
「それを変えてくれたのが瀬戸君とでも?」
「そうだよ。私の心を見て、私の人柄を見て、私そのものを受け入れて、好きだと言ってくれる。そんな人と生きる毎日は、楽しくて仕方がないんだよ。もう私は、元の日常には戻れないの。彼と見える、新しい世界から、目を話せなくなってる。これから、どんな人生を送れるのかってね」
そこまで言うと白川さんは、脱力したみたいに突然、扉にもたれかかって、静かになった。
ノビをして、手をぶらんと下にさげる。
白川さんがまだ何か話しそうで、私は待った。
「ちょっと、話しすぎたね」
「もっと聞かせてくれてもいいんですよ」
「まっさか〜」
ゆっくりと彼女は扉を開き、振り返ることなく、出ていった。
代わりに手をヒラヒラとさせ、「またね〜」とだけ言って。
これで終わっていいのか。
結局私は、ただ白川さんの価値観を聞かされただけ。
瀬戸君のために何か、できること。
彼を開放するために、できること。
それらを頭の中で懸命に探す。
「賭けをしませんか?」
「いいよ」
クルンと振り返って、白川さんはニヤッと笑った。
ごめん、瀬戸君。
私に出来ることは、これくらいだった。
学年一の美少女が僕の彼女だと、誰も知らない 真白 まみず @mamizu_i
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