第5話 革命

 わたしの名前を彼女に伝えてから、視覚では分からなかったけれどよどんでいたような空気が何か変わったような気がした。相も変わらず周りは白くて何もない。

「あら、分かるようね。ここの空気少し雰囲気が変わったでしょう。これもアナタが作り出した作品なのよ。今この作品は未完成だから上書きして完成する過程を実感しているのよ。」

「そうですか。わたしはこの作品とやらを完成させることがあまり好ましく無いと思っているのでなんだか複雑な気持ちです。」

「そうね。ねえ、お嬢さん・・・じゃなかった。頼は、生物にんげんがどうやってなにものになることができるか知っているかしら。」

「今の状態で言うならばここが完成した時ですか。」

「まあ、そういえばそうなのだけれど。じゃあ完成した、と決定するためにはどうすれば良いと思う?」

わたしはその質問に答えることができなかった。なぜならわたしはこの完成の姿を知らないからだ。例えば体操選手人なりたいとか、パティシエになりたいという具体的な姿が思いつくならばそれらになれるように努力して、その職につけたら叶ったと言えるだろう。しかしわたしはどうだ。特にこれと言ってなりたいと思える職業や人物像がなく且つ自覚が芽生えたとはいえ血の滲む努力をしたいと思えるほど強く何者になりたいと思えるかというとそうでもない気がする。結局、わたしも境界線がないとまともに生きていけないのだ。自分が普段思考していることとは反している。もちろん分かっていたことだけれどいざ向き合ってみると本当に自分は情けない人間だと思う。

「頼って割とネガティブよねえ。最初に会った頃も浮かない顔をして難しいことを考えていたし。」

「そうですかね。まあわたしは基本的に自信がないからポジティブな考えは考えようと意識しないと出てきません。」

「アタシ、アナタみたいな異人スキよ。」

「はあ。それはどうも。」

「頼の考えって全然間違ってないのよ。それに最初の頃にも考えてた過程を重視するような視点を大切にすることと、目に見えない抽象的な価値観を大切にすることって普通に何も考えずに生きている人間には気付けないポイントだからこれに重きを置いて生きていくことって並大抵な人じゃできないもの。」

一度言葉を切ると彼女はどこからか一冊の分厚い時点のような本を取り出して慣れた手つきでとあるページを開いた。

「人がなにものになれるのか、それは自分が自分であることを自覚すること。それがどんな感覚なのか、どうしたら自覚できるのかはこれからアナタが見つけていきなさい。」

そう言いながら本に何かを書いてそれを確認するように目で追った。するとその文字が金色に光って空間に浮かび上がってきた。それはわたしの名前だった。

「亜島頼。これがアナタだと証明する記号。ここに来るためにはそれが鍵となるから、無くさないように忘れないように大事に懐にしまっておきなさい。」

目に映る文字はあまりにも眩しくて、でも痛くなるようなトゲトゲしい光ではなくて、キラキラと発光しているようだった。

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