霊力発電株式会社-2
「ふぅ~う、暑いねぇ~え」
続いて入って来たのは、神栖エリ。あたしと同じ大学に通う学生で、一緒にここでバイトしている。
ダブダブの作業服を着たエリは、ガラガラと音を立てて台車を押している。よほど暑いのだろう。汗だくだ。
台車に載っているは、十和田さんの考案した「霊素収集装置」という機械だ。
「よいしょっと。十和田さん、それなりに採れましたよ。見てもらえますか?」
そう言いながら、エリは装置側面の
透明ガラス瓶の中には、黒っぽい液体が入っている。霊を液体に溶かした、霊素液だ。
瓶に入っている液体は、元々は無色透明なのだが、装置で集めた霊素が溶け込むと、黒くなる。
差し出された瓶をチラッと見て、十和田さんは言った。
「うん、まあまあだね。良い色だ。ラベルに記入して、保管庫に入れておいて」
エリは、指示された通り採集地と日付を書いたラベルを瓶に貼りつけ、保管庫に仕舞った。
液体に溶けた霊素は、光に当たると徐々に分解してしまうため、
今、エリが保管庫に入れた液体は、コーラくらいの黒さだった。これを精製して出来上がるのが、あたしが実験で使っている精製霊素液。精製する事で遥かに純度が高くなり、インクの様な色で粘性も上がる。精製後は気化しやすくなり、取り扱いに注意が必要となる。
「それにしても、外は暑かった~。サヤちゃんは、冷房効いた部屋で白衣着て実験作業とは、
エリは、作業服の胸をはだけ、タオルで首元を拭きながら、あたしに
「ちょっと、エリちゃん。実験室の雑用よりも、アタシと一緒に除霊の仕事がしたいって最初に言ったの、アナタでしょ」
巨体をソファに載せて、ウチワでバタバタと顔を
エリは肩をすくめ、冷蔵庫の方へ歩いて行った。出かける前に、麦茶を冷やしておいたのを思い出したのだろう。
あたしは、彼女の不機嫌は、暑さと疲労だけが原因じゃないだろうな、と思った。
ダブダブの作業服。確かにカッコ悪い。
あたしは、それほど着るものに
元々この作業服は、十和田さんが着ていた物だ。十和田さんは細身だが、それでもエリには大きすぎる。増してや、十和田さんは手足が長い。小柄なエリにとっては、あまりにも作業し辛いのではないだろうか。
もう少し、身体に合うデザイン性の高い服を着せてやってもいいのに。
「あ、エリちゃん、ついでにアタシのビールも取って。冷蔵庫の奥に入ってるから」
ウチワをバタつかせながら、ガネーシャさんが言う。
冷房は充分効いてるはずなのに、ガネーシャさんは、まだ
やはり、大きすぎる身体では、冷却に時間がかかるのかしら。
ガネーシャさんは、エリから受け取ったビールをプシュッと開け、ゴクゴクひと息で飲み干した。そしてプハアァーっと幸せそうな声を出した後、盛大にゲップした。
「はあー。やっと生き返ったわ。それで、十和田くん、今日の実験は、どんな感じなの?」
そのままソファに横になったガネーシャさんが、十和田さんに訊ねた。
「期待通り、100キロワットの出力ですよ、先生」
十和田さんが、答える。先生と云うのは、ガネーシャさんを意味する。
あたしは、大学講師だった経歴の十和田さんこそ先生と呼ばれるべきだと思うけど、そこは恐らく、二人の力関係を象徴しているのだろう。
「それって、凄いんですか?」
麦茶の入ったグラスを片手に、エリが質問する。
身体の熱さも、引いたのだろう。表情を見ると、不機嫌は収まったようだ。
「もちろん。この装置を大型化したら、出力は充分に実用レベルだよ。だけど問題は、持続時間なんだよね。この出力を長時間、安定して出せるのでなければ、意味がない」
十和田さんが、解説した。
「ふーん。まあ、小難しい事は、十和田くん、全部アンタに任せるわよ」
ソファで横になったままのガネーシャさんが、言う。
「こっちはこっちで、けっこう大変だったのよ。なかなか頑固な
ガネーシャさんは、霊が
今日は、懇意にしている不動産屋から、除霊の依頼を受けて、出かけて行ったのだ。
聞いたところによると、取り壊す予定の廃屋に悪霊が取り憑いて、解体作業が出来ないのだとか。無理に壊そうとしても重機のトラブルや事故などが起きてしまい、その度に作業が中断するのだそう。
不動産業界の人によれば、そういう物件は、意外と多いらしい。今回の依頼人である不動産屋の社長さんは、多少は視える能力を持った人で、自分たちの手に負えない時は、こうしてガネーシャさんに除霊を頼むのだ。
除霊された悪霊は、空中に
「さてと。充分休んだから、次に行くわよ、エリちゃん。占いの予約が、入ってるの。アンタ、助手やって頂戴」
ガネーシャさんは立ち上がると、エリを急かした。本当にガネーシャさんは、忙しい。
エリは、慌てて作業服を脱いで、身支度を整えた。
作業服をハンガーに掛けながら自分の身体の匂いを嗅いで、「やだ、汗臭い」と
小走りでガネーシャさんを追いかけたエリは、振り返りながら、テーブルの上に置き去りにされたグラスを指差し、あたしに「洗っといて」と声を掛けて出て行った。
あたしと違って、エリは車の運転免許を持っている。こうしてガネーシャさんの移動に運転手として付き添いながら、助手の役割も担っているのだ。
やれやれ、慌ただしい。
それにしても、あたしとエリが、こんな浮世離れしたところでバイトしようとは、少し前なら想像も出来なかった。
思えば、あんな場所での肝試しに誘われたのが、全ての発端だったのだ。
オカルトテック 霊力発電株式会社 桜梨 @sabataro
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