②当初気付かなかった理由と惹かれていく理由

「グレヤードの結婚式も華やかな衣装だったし、君等女性陣に取り囲まれていたカイエさんのことをまじまじと見ることもないだろう? そもそも僕はグレヤードの方で久しぶりに会う伯父だのいとこ達だのにあれこれと話しかけられていたし」

「私はそっちの結婚式には参加しなかったんで何ですが、そうだったんですか」

「そうだよ。君、僕の故郷に行ってきたなら解るだろう? あのやたらと皆で騒ぎたがる連中の」

「嫌いなんですね、故郷の人々が」

「嫌いなんじゃない、苦手なんだ。それに今はそこじゃない。だから葬式で彼女に再会した時には、その悲しげで儚げな様子が、全然過去の印象と違って、しかも写真の母とだぶったんだ」

「ああ、驚きは恋に通じますな」


 先輩は聞こえるどうかの大きさでつぶやいた。


「しかも母と同じく、子供を成した男に捨てられた――まあ、僕の父は生きているのかもしれないけど。それでも永久に去ってしまったという点では同じだ。それにこの時点では、あのひとがグレイとちゃんと愛し愛されていると思っていたからね。その悲しみは如何ほどのものだろう、って思ってしまっても仕方ないじゃないか」

「まあそうですね」

「いちいち合いの手を入れなくてもいいよ。僕はもうどんどん勝手に喋って行くから。疑問があったら言ってくれ」


 分かりました、と私は大きく頷いた。


「打ちひしがれている彼女は何とも言えなく綺麗だった。それでいて、翌朝になれば、僕の朝の支度はちゃんと整えてくれる。普段トリールの手際があまり良くないこともあって、その手際の良さとか、髭剃り用のコロンが切れているからと自分のを貸してくれたのとか、そんな小さな気遣いが酷く新鮮だったんだ」


 まあそこに、葬式という日常ではない場であったことも影響したのだろう。

 身内がその場に居ない儚げな女性に一人颯爽とやってきた味方の自分! という型がつい義兄の中で出来てしまったとしてもおかしくはない。


「そして帰ってからも、ついあの手際の良さが、トリールとの暮らしに戻ってからまた思い出されてしまったんだ。そうすると、つい何となくふっと空いた時間に思い出してしまう。無論だからと言って、トリールを邪険にした訳じゃないが」

「そりゃそうでしょう」

「パーコレーターを買ってきたのは君だったな?」

「そうですよ」

「何故だ?」 

「だってあまりにいちいちコーヒーの淹れ方にあれこれ言うって聞きましたからね。だったら百貨大店で最近は手頃に火に掛けるだけでそれなりのコーヒーが湧かせるものがある訳ですし。サイフォンとも思いましたけど、朝のそれだったら薄い方がいいんじゃないかと思ったし、取り扱いもトリールお姉様に合ってると思ったんですよね」

「そう、だから戻ったらコーヒーの味は安定してきた。ただカイエさんはパーコレーターが何だか知らなかったらしくて使わなかった。それでも美味しいものを淹れてくれた。これも大きかった」


 ああ、時間がそこに飛んだのか、と私は思った。


「こっちでカイエ様とじっくりお話とかしたのは、お姉様が留守番を頼んだ時でしたわね」

「ああ。それまではまず顔を合わせることもなかった。そもそも時間がすれ違っていたよ。彼女は部屋を借りて昼間やってきていたし、僕の帰りは遅い。顔を合わせることもないだろう」

「それだからお姉様はただのお手伝い宜しくと思ったと?」

「ああ、きっとそのつもりだったろうな。自分より世話をよくしてくれるだろう、ってことも笑って言っていたよ」

「でもそこで、何だか」

「ああそうだ、そうだよ! 朝から晩まで居てくれて、それこそ普段着ている服のほつれとか、クッションがぺしゃんこになっているから自分のところでいい生地があるから、と作り直してくれたりとか! 料理も美味かった。その後の茶の淹れ具合も。どうしてもトリールと比べてしまう自分が居た。それにかゆいところに手が届く様に世話をしてくれる彼女に、きっと母上が生きていたら、そんな風にしてくれただろうな、とつい思ってしまった」

「でもその時はそれだけだったのですね」

「当然だろう!」

「じゃあ何がきっかけで、そういう仲に踏み切ってしまったんですか?」

「それが君の友人のリスダイト嬢からの縁談じゃないか」

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