何が正義か。正義とは何か。

みちづきシモン

知性の高いゴブリン

 僕は生まれた時から知能が高かった。他の奴らがワイワイ棍棒を振り回す中、僕は本を読み漁った。それは人間のいなくなった村だった。僕らは人間からゴブリンと呼ばれてるらしい。体が緑色、背は低い奴が多い。たまに大きな奴も生まれるけど、そいつらは頭が悪く、体力の使う役割についた。僕は人間の事や自分達ゴブリンのこと、その他の知識をその村に置いてある本から知った。

 ゴブリンは普通知能が低いという。その村を拠点にしていた僕らゴブリンの群れも、人間に追われ散り散りになった。だがいつしかまたどこかで、人間が何かの種族に追いやられ廃村となった場所に群れをなした。僕は幸運なことに他のゴブリンと違って生き延びた。様々な場所で本を読み漁り、様々な知識を得た。どの種族からも嫌われがちな僕らゴブリンだったが、その時々を生きるのには苦労しなかった。野生の生き物を殺し焼いて食べる。

 仲間は本を読む僕を馬鹿にしていた。逃げ足だけは早い弱虫だと。だがそんな奴らの言葉など無視した。世界にはドラゴンと呼ばれる空を飛ぶトカゲがいるらしい、乗ってみたい。エルフと呼ばれる種族は魔法に長けているらしい、見たことはないが魔法とはなんだろう?

 特に気に入っていた本がある。それは礼儀の本だった。いただきます、ごちそうさま、ありがとう。感謝をすること……。それは生きる上でとても大切な物だとその本から教わった。

 それ以来仲間にそれを伝えた。最初は信じなかった仲間が一人一人仲間に感謝を伝え出すと、やられて死ぬのが悲しくなってきた。仲間には、感謝は返ってくる、死んだ仲間もきっと心の中で生きている、そう伝えた。これは本に書かれていたことだ。だが僕もそう思うからそれを丁寧に伝えた。

 ある日、僕はとある本を手にした。それを読んで理解した時、僕は魔法を覚えた。初歩的な魔法だったが、その村に保管されていた魔法を全て覚えた。僕は仲間に本の重要性を説いた。仲間達は僕が魔法を使うのを崇め、僕をリーダーにし、自分達も読書に励んだ。

 だが魔法を覚えるほど本を理解できたのは僕だけだった。僕は生き延びる術を説き、とにかく強くなろうとした。魔法は逃げる時の威嚇手段にしか使わなかった。とはいえ、リーダーである以上一人でも多くの同胞を逃した。

 一人、また一人、減っては増え、増えては減り、集まっては散り、気づいたら集っていた。やがて、知識を積む者が増え、僕の元には多くのゴブリンが集まるようになった。僕は敵わないなら逃げること、何としても生き延びること、そして感謝と礼を忘れぬこと。これを常に教えた。

 やがていつしか大きな同胞達の里ができた。その長になるように皆から推薦された。僕は逃げることを大切にする以上、一つの場所に固まる事を避けたかった。だが、皆も同じだったのだ。今ここに里を作ってもいずれ逃げ出すことになる。一時期だけでもいい、長になって欲しいと告げられた。

 僕は渋々引き受けた。だが、いざやってみると皆の雑さがわかり、やることが多くて走り回った。全員に僕の意志を伝えることはできなかったが、皆が支えてくれて里は大きくなる。櫓を建てたり、門を作ったり、罠を作ったり。いつしかこの里に愛着が生まれた。いつでも逃げれるようにしていないといけないのに、困ったものだ。

 その里は人間の里からは離れているため、比較的安全だった。いつでも逃げれるよう避難ルートというものを確保していたが、恐らく……、僕は逃げられないだろうと感じていた。その頃にはそれなりの年齢になってしまっていたからだ。だからこそ、もう長としてここで生き、ここで死のうと思い始めた。

 ある日のこと、山で若い同胞を鍛えていた時だ。クマに襲われる少女に出会った。僕は若い奴らに指示を出しクマを撃退し、その人間の少女を保護した。同胞は、コロセ! コロセ! と叫んでいたが、僕は少女に敵対する意志を見せないで、里へ迎え入れた。少女は震えていた。当然だ。ここにはゴブリンしかいない。食べ物を与えても食べようとしなかった。

 同胞には礼儀を教えている。それでも人間は畏怖の存在。里の危機になる。僕は少女にこう言った。

「ココから逃ゲテ良イ。その代ワリ、コノ場所のコトは秘密にして欲シイ」

 同胞にはいつでも逃げられるように伝え、少女を逃がそうとした。だが少女は何故か逃げなかった。

「どうしてあなたは普通のゴブリンとは違うの?」

 彼女は僕に聞く。僕は一晩かけてゆっくりと僕の本の知識を話した。彼女は興味深そうに聞いていた。特に感謝については熱く語った。同胞にクマの肉を持ってきてもらい、適切に処置して食べられるようにした。

「イタダキマス」

 手を合わせ、食べることへの感謝を伝えた僕を見て、少女も手を合わせ、いただきますと食事を摂ってくれた。翌日彼女を連れ、里を案内する。弓の練習をしたり、棍棒で訓練したり。大きい者も小さい者も、皆僕を見てお辞儀をする。彼女は僕の手をギュッと握ってくれた。

 何日か経った。少女はすっかり他のゴブリンにも慣れ、皆と遊んでいる。

 その日はよく晴れていた。夜になり、皆休む。不意に鐘が鳴り響く。敵襲。皆逃げ惑う。馬に乗った騎士達であろう人間が里を襲う。

「逃ゲロ!」

 僕は少女に言った。少女は首を横に振る。

「置いてけない!」

「ボクのコトは構ウナ!」

 何人かのゴブリンが仲間を逃がそうと立ち向かう。だが敵うはずがない。

 やがて、僕のいる小屋にも騎士がくる。抵抗するゴブリンを切り捨てる。僕は必死で魔法を使い、戦ったが吹き飛ばさた。騎士は少女を抱き寄せる。

「怖かったろう。もう大丈夫だ」

 騎士は言う。少女は騎士に噛み付いた。

「!?」

 少女は僕の前に立ち両手を広げた。騎士は驚いたが、僕が魔法を使ったことで納得いったようだった。

「なるほど、ゴブリンに洗脳されているのか」

 少女は必死で首を横に振るが、抵抗虚しく連れて行かれる。その際僕は首を切り落とされた。

 崩れゆく世界で最後に僕は少女にこう言った。

「アリガトウ……」

 お互いの涙が地面に落ちて、僕の視界は真っ暗になった。

 もし生まれ変わるなら……、次は人間がいいな……。


​───────


​ 時は進む。


 私は昔、ある場所で道に迷い、クマに襲われかけたところをあるゴブリンに救われた。そのゴブリンには知性があり理性があったように感じられる。

 少しの間だけだったが、そのゴブリンと接していて、情が湧いてしまった私を、救ってくれた騎士団の一人は、一時的な感情のものだという。

 私はそうは思わないが、世の中の魔物と相対する騎士になってから、魔物とはほとんどが人と相容れないモノであるという教えにも納得はいった。

 種族間の抗争もあるが、人と人とですら衝突する。

 そんな中密かに、あのゴブリンの教えを思い出す。

「ありがとう」

 ゴブリンですら言えたこの言葉。言えない人がいるらしい。感謝を忘れずに生きていきたいと、心の底から思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

何が正義か。正義とは何か。 みちづきシモン @simon1987

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ