第33話 今世のマリー


 心臓がバクバクする。


前世まえのわたしが、自ら火口に飛び込み、を選択するなんて……。


生きる努力と悪あがきしかしてこなかったと思っていた現世いまのわたしには、ショックだった。


 再び、昼夜がグルグルとまわり、ひとつに溶け合うと、今世になった。


惨劇の跡が色濃く残る景色とアスタロト様の疲れ切った表情、そしてわたしが見えていない様子からも今世に帰ってきたのだと確信した。


「わたしは、マリー・へスぺリデスを愛している」


アスタロト様は、再びはっきりとわたしへの思いを口にしてくれた。


わたしは、涙があふれて止まらなかった。


嬉しい。


あのアスタロト様が、わたしを愛していると明言してこれたこと。


悲しい。


わたしの嬉しいと思うこの気持ちを、アスタロト様に伝えるすべがないこと。


わたしも同じ気持ちなのに……


そして、わたしには、もうすぐ永遠の別れお迎えが来ること。


悪魔になっていなかったから……。


「思えばなにかにつけ、お前は、わたしに魂を買ってくれ、買ってくれと、前世も今世ももせっついてきた。……正直、戸惑ったよ」


えっ!?


悪魔なら人間が魂の契約をすることを、喜ぶものだとばかり思い込んでました。


「店の閉店セールの売れ残りみたいに。たたき売りするんだから。たったひとつしかない、貴重なものを、買え買えとおしつけてくるんだから。我はこれまでの永遠の時の中で、そんな人間に初めてあったぞ。」


おおっ!


わたし希少種!?


いやいやいや、そうではなく。


わたしの決死の覚悟が、アスタロト様にそんなふうに思われていたなんて、いささかショックです。


「マリー、純粋な魂ほど悪魔にとって、そしておそらく神にとっても、甘美かんびなものなのだ。お前の魂は、その純粋さゆえに、なのだ」


えっ!?


意外とわたしの魂は、高評価なんですね!


「なのに、これ見よがしになにかにつけ、我に売りつけようとする。そんなに悪魔がいいならと前世一度は思った。……でもマリー、君には王太子と王女そして祖国の一連の結果は、耐えられないものだった」


たしかに、そうだった。


前世まえのわたしが苦しんだ気持ちは、痛いほどよくわかる。


だから、今世いまのわたしは、王太子や王女に一矢いっし報いたいと思っても、命をとることまでは、考えなかったのかもしれない。


「マリーは悪魔になっても、良心の呵責かしゃくに苦しんでいた。そんなは、この世に存在しないのだ」


でも、前世のわたしからどうやって、今世のわたしはタイムリープできたのか?


「あの時は、間一髪だった。火山に身を投げた直後に助けることができた。さっき、エリス王女を転移させたように。我が助けた前世あの時のマリーは、意識を失っていた。……けれどあっという間に、我の腕からしていった」


消失?


「あの出来事は、マリーがタイムリープしてゆくのを、我が目の当たりにした瞬間だった。だが、それこそが、我にとってはショックだった。まるでマリーが、永遠に手の届かない存在にな天に召される疑似体験をさせられたんだからな!」


そうだったのか。


えっ、じゃどうして、わたし、悪魔の能力を使えたりしたの?


辻褄つじつま合わなくない?


万が一とは思いますが、やっぱり悪魔にしてもらえていたりとか……


わたしは、淡い期待を抱いた。


「だからこそ、今世では策をねった。悪魔の基本能力のごくごく初歩を使えるようにだけした。でないと、勝手に大技なんかを身につけそうで、ある意味おそろしかったからな」


アスタロト様、わたしの性格をよくわかっていらっしゃる。


「そして、と決めた。たとえ、そのことで、我が永遠の命を持て余し、孤独を味わうはめになってもかまわなかった。マリーを失う喪失感の方が、よほど恐ろしかったのだ」


アスタロト様の苦々しい思い出が、わたしの胸に迫ってくるようだった。


だって、アスタロト様はその時も今も、こんなに憔悴しょうすいしているから。


「なのに、今世でも持ち前のバイタリティーを発揮して、あんなに悪魔の力を使いこなすとは、舌をまいたよ」


なるほど、あれは、全部初歩だったんだ。


なんだ。


アハハハハと乾いた笑い声をアスタロト様は発した。


アスタロト様の様子が心配になり、わたしは思わず顔を覗き込んだ。


うん?覗き込めた?


見えました。


美貌の悪魔は、疲れた顔もまた色っぽい。


あれ~?


透明な壁みたいなのものが、なくなっている。


「マリー君には、間もなく天から迎えがやってくる。このままここで、頑張り続けても、漂うだけの魂としてしばらくの間は存在できるだろう」


わたしはそうしたいです!


できれば、アスタロト様に憑りついて、おそばにいたいです。


「……なんだか急に悪寒が……」


えっ、悪魔も悪霊わたしに憑りつかれそうになっているとわかるらしい。


これは、あんまりよくないよね、アスタロト様にとって。


「マリーの魂は、じきに限界がやってくる。これまでにタイムリープを幾度も繰り返してきた君の魂の強度は、もう限界だ。わずかな時間とはいえ、消えてなくなるのを待つだけの身となる。そんことをマリーに味合わせたくないんだ」


アスタロト様の声は、だんだん弱々しくなってゆく。


「マリー、どこにいる?近くにまだいてくれるのか?もう間もなく、迎えが来る。君なら、天使長にだってなれるはずだ。そしたら、もう二度と、我の前にあらわれるな。もう、我の心を開放してくれ……」


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