第32話 アスタロトの思い出 その3
オイジュス王太子から、信書が届いた。
アスタロト様との宣戦布告状だった。
「悪魔退治が目的だが、真の狙いは、マリーの命だろう」
「わたしですか?」
「ああ。おまえには、こんなことは言いたくないが、マリーが生きていることは、ヤツにとっては、都合が悪いだろうからな」
「アスタロト様に恐れをなして、諦めたのかと思いました」
だってあれから2ヶ月が過ぎていた。
「やつは、俺から武功を買っているくらいだ。腕前はたかが知れている。おそらく、宗主国の神の子の国に泣きついたのだろう」
「信心深くないのですよ、オイジュスは。」
「こーゆー時だからだろう」
「都合のいい信仰心ですわね」
「その程度の奴だ。マリーは、ヤツをどうしたい?」
「どうって……」
「
「鼻をあかしてやりたいです」
「それだけでいいのか!?」
「もう二度と、関わりあいになりたいくないです」
「わかった。その望みかなえよう。あああ、言っておくが魂は、売らなくていいからな」
「へぇ?いらないですか?」
「マリー。魂は、もっと大事にあつかいなさい」
オイジュスとの戦いは、あっという間に決着をみた。
悪魔に転身しただけで、わたしは、オイジュスが率いる騎士の軍勢をものともしなかった。
つまり、数の問題ではなく、武力の差は、圧倒的だった。
アスタロト様とわたしのふたりがかりで、王太子軍を撃破したのだ。
敗戦の将は、命をとらるのが常だ。
けれど、わたしは、オイジュス王太子の命までは取るつもりはなかった。
袖すりあうも
わたしの目の前で、情けない姿を見せられ、姉のエリス王女ともども泣きながら、命乞いをされては、気持ちも
「わかりましたわ。命までは取りません」
「あっありがとう、恩に着るよ、マリー。やっぱり君は……」
「それ以上は、言わないくていいわ。あなたのその軽はずみなひとことが、どれほどエリス王女を傷つけるか、よく考えてください。 オイジュス、あなたは王太子よ、次期国王になるひとなのよ。私利私欲ではなく、国民にとって良き国王になってください。それから、わたしとへスぺリデス家には、もうかかわらないで、それだけが、わたしの願いよ」
「わかったよ、マリー」
「ありがとう。……さよなら」
背を向け、わたしはオイジュスに永遠の別れをした。
やっと終わった。
これからは、悪魔として生きる。
そして、愛するアスタロト様の妻として生きていくのだ!
「マリー!!!」
背を向けていたから、わたしは気づかなかった。
オイジュスの性根は、腐りきっていたことに。
私の隣にいた、アスタロト様だけが、いち早く反応し、オイジュスをとっさに切り捨てた。
オイジュスの死は、自業自得だった。
でも、ことは、これだけでは終わらなかった。
エリス王女は、ひとりスオカ王国に戻った。
それ以外に道はなかったからだ。
オイジュスとエリスのふたりの悪事は、生き残ったエリスひとりがかぶることになった。
エリス王女は、世紀の大悪女として国民と宗主国から徹底的に断罪された。
彼女には、弁解の余地も、本音を
エリスの最後の言葉は、わたしへの恨みの言葉だった。
二人の死は、わたしの心に変化をもたらした。
暗い方に。
日々、わたしは二人の死の原因の
オイジュスの性格を理解していれば、防げたのではないかという考えに
スオカ王国は、結局、主を失った。
主を失った王国は、宗主国にほしいままにされた。
政治の名のもとに蹂躙され、属国におとしめられた。
スオカ王国の国民たちは、厳しい生活を余儀なくされた。
また、そのことも、わたしの心の負荷を大きくした。
自分だけ、幸せになっていいの?
感情は、理性を凌駕し、行動を支配していく。
アスタロト様と幸せの日々は
わたしたちの関係は、すれ違いをうみ、ふたりのあいだには、溝ができた。
わたしが、悪魔でも死ぬ方法があると知ったのは、そんな頃だった。
地獄の業火で、
神の国に行くことも、輪廻転生することもできない。
永遠に自分の罪を
わたしは、地獄の業火にむかうため、デスピオ火山を目指した。
そして、身を投げた。
奇しくも、アスタロトはここより生まれ落ち、わたしはここで死にゆくのだ。
わたしは、自分のことばかりに目を向けていた。
だから、アスタロト様のこの後の苦しみに、わたしは、気づきもしなかったのだ。
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