第28話 王太子と王女の最期


 わたしは、タイムリープすることも、デスループすることもできなかった。


まるで、見えない壁でへだたれている、そんな感じだ。


どんなに大声をあげても、アスタロト様に声がとどくことはなかった。


手を伸ばしても、アスタロト様の体をすり抜けてしまい、ふれることは、かなわなかった。


わたしのテレパシーも届かなかった。


どうしよう……。


わたしは、生き返ることができなかった。


ヤギハシさんが駆けつけたときには、時すでに遅しというていだった。


けれど、ヤギハシさんはあるじのアスタロト様の意向をくみ、わたしの治療に協力してくださっていた。


アスタロト様とヤギハシさんは苦悶の表情が浮かべ、額に汗をかきながら、ふたりは力の限りを尽くしてくれた。


だが、アスタロト様のことばどおり、わたしの蘇生はムリだった。


それでも、アスタロト様は、治療に力を使いつづけた。


まるで、自分の力がなくなってもかまわないというふうに見える。


ヤギハシさんは、そんな主の執着が徒労に終わると悟り、治癒をやめさせようと必死だった。


「もう、これ以上、おやめください、アスタロト様!!」


もういいのです。


アスタロト様、もうやめて!


あなたのお体にさわります!


幾度も、叫んでも、わたしの声は届かない。


アスタロト様が、わたしの治療をあきらめたのは、ご自身の力の大半を使い切った後だった。


アスタロト様は、いつも以上に血の気のない、白い顔をなさっていた。


生気のないご様子だった。


たいせつなものを扱うかのように、わたしの体をゆっくりと横たえた。


そして、とても優しく頬にふれたのだ。


ーマリーもっと早く、君に自分の本心を伝えていればよかった……とは、こんな気持ちになるのだなー


アスタロト様の本心?


それって?


アスタロト様は、ゆらりと立ち上がった。


そばに仕えているヤギハシさんは、なんだか恐ろしいものを見るような目で、アスタロト様を見上げている。


「オイジュスとエリスの姉弟きょうだいは決して……決して許さん!エリス転移!!」


あんなに怖いアスタロト様を見たのは、初めてだった。


目の間に、パッとエリスがあらわれた。


「こっ、ここは!?」


「ようこそ、エリス王女。ここは、弟のオイジュス王太子が、新妻だったマリーを殺して口封じをするために選んだ、エーデンバッハの教会だ。知らん訳はなかろう?おまえがたくらんだんだから!」


「クっ!そう。じゃあ、あなたが侯爵の位をもつ悪魔アスタロトね?」


「そうだ」


「悪魔のわりに、キレイな顔。ああ!その顔で、あの成金女をだましたの?」


「成金女?」


「マリーのことよ」


「だます?」


「そうよ、みんなあのあざとい女に騙される。ちょっと金持ちで、ちょっと頭がよくて、ちょっとー」


「うるさい!」


「なによ!!」


「いつかの弟が、マリーを『カワイイ』といったのが、そんなに腹立たしいのか?」


「!?」


「おまえの愛する弟、いや、王太子が、たった一度ほめたのがそんなにかんさわったか?」


「うるさい!そんなことあるわけないでしょ!!」


「我は悪魔、人の世の悪しきすべてを知る者ぞ。おまえの猜疑心と嫉妬心がなにをしたか、我は知っている」


「一体全体なんのこと!?」


「嫉妬の悪魔、リヴァイアサンにを祈った」


「!?」


嫉妬の悪魔?


「どっ、どうしてそれを!?」


「愛しい弟、オイジュス王太子にあわせてやろう」


突如、空から何かが降ってきた。


地面に強くたたきつけらてたは、一度大きくはね、再び地面に落下した。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


それは、血まみれのオイジュスだった。


おそらく、生きてはいない。


「叫ぶなうるさい!」


不自然にピタリとエリスの金切り声がやんだ。


エリスは、喉をきむしり、ふらふらとあるいた。


口を鯉をのようにパクパクしていた。


白目をむき、よだれを垂れ流す姿に思わず、わたしは目をそむけた。


アスタロト様の仕業だ。


「何度も、『苦しめ、死して詫びろ平民クソ女マリー』と唱えたのであろう?マリーの身にふりかかったデスループは、お前が嫉妬の悪魔に願い、供物としてその身を差し出したせいだろう。ちがうか王女エリスよ?」


そんな!?


「臭いで分かったのだ。お前を呼び出した今な。悪魔との契約でお前の魂は穢れた。その特有の腐った匂いは、臭くて臭くてかなわんのだ。さらによりにもよってお前は、リヴァイアサンの退屈しのぎのおもちゃになったのだな?」


「うううううううぁ」


「マリーは、なんど命乞いをした?そのたびに鉄柵で串刺しにされたり、毒を盛られたり、あまつさえ、母親をそそのかし、マリーを殺させようとした!!お前らは人の皮をかぶった悪魔だ。もはや、人間ではない。自覚もあろう?実の姉弟きょうだいでありながら、肉欲にまみれていたのだから?神が罰しなかったばかりに、お前たちは、平然と何度も何度も何度も、マリーを殺した。ならば、悪魔のわたしが神に変わってやろう。人非ひとあらざる者は、永遠の地獄ゲヘンナへ招待しようではないか!!」


ボッと二人の体は、突如として炎をに包まれた。


「うぎゃぁあああああ」


口をきけなくされていたはずのエリスの聞くに堪えない声が、辺り一面にこだまする。


さらに恐ろしいのは、死んだと思っていたオイジュス王太子が立ち上がろうと、もがきのたうちまわった。


あまりの地獄絵図に、わたしは、咄嗟とっさに背をそむけ、耳をおおった。


「マリー見ているか?お前の代わりに、悪魔の我がこいつらに、罰をくだした。お前には、できないことだろう?人間の優しいお前には?……悪魔になっても、お前は変わらなかった。悪魔になって強くなって、こいつらに復讐しても、マリー、お前の気持ちは晴れなかった……別の苦悩をかかえて、その罪悪感から逃れられなかったのだ、は……」


アスタロト様の頬に一筋の涙がつたい落ちていた。



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