第26話 王太子の罠


 オイジュスが切り込んできた手をつかみ下の方向にひきつつ、わたしは半身をひるがえしヒラリとける。


オイジュスの剣をふりおろす力を、逆に利用したのだ。


わたしが、なにもしなくても自然と剣は、地面に突き刺さった。


その反動で、オイジュスは、手から剣をはなし、勝手に地面に転がった。


「卑怯だ~!こんな悪魔の力をつかうなんて!!」


「使っていませんよ!女学校で習った護身術よ。あなたのお姉さんエリスだってできるはずよ。同じ学校なんだから。でも、オイジュス、あなたってあきれるほど弱いのね」


「いいんだ!!ぼくは、命令するのが仕事なの。こんな野蛮な肉弾戦はしないんだ!!」


言い訳をさせている間に、わたしはオイジュスの落とした剣を手早く地面から抜き、再びオイジュスの喉元に突き立てるように構えた。


「へぇーそう。じゃぁ、強い部下がいないとなにもできないわね」


「まっ、待ってくれマリー」


、命乞い?」


「そうじゃない。……そっ、そうだ!!取引をしないか?」


「取引?」


ー聞く耳を持つな、マリーー


アスタロト様の冷静な声が、わたしに助言してくれる。


わかっています。


大丈夫。


「そうだ、考えてみろよ。ぼくを殺せば、スオカ王国と全面戦争になる。スオカ王国にはあの宗主国がついている。戦争ともなれば、簡単にはいかなくなる!アスタロトがいかに強くても、不利なことはマリーにもわかるだろう?でも、ぼくを見逃してくれたら、この討伐戦を停戦にできる。」


「停戦?」


「そう、そのあかつきには、宗主国で捕まっているへスぺリデス家の人びときみの家族を解放するよ?悪い条件じゃぁないだろう?」


「本当かしら?」


ー信じるな!オイジュス王太子コイツの言うことを!ー


悪魔オイジュスの誘惑を天使アスタロト様が、止めにかかる。


なんだかあべこべだ。


「本当さ!でも、それには、ぼくの無事が大前提だ!」


オイジュスは、そろそろと立ち上がろうとした。


わたしは、オイジュスに、剣を構えることで、立ち上がるのを牽制けんせいした。


ーそうだ!油断するな、マリーー


アスタロト様、心配はいりません。


わたしは、冷静です。


「むろん、君のことも追わないよ」


えっ。


「命を狙ったり、しない?」


アスタロト様、ヤギハシさん、シンシアちゃん、ゴブリンコック長、ほかにもデスピオ火山城にいるみんなをわたし一人のせいで、危険な目にあわせたくない。


へスぺリデス家のみんなもむろん大事だ。


けれど、わずかばかりの日々しか共に過ごしていないが、デスピオ火山城のみんなが、わたしにとっての家族のような、かけがえのない存在になっていた。


「しないさ。殺し屋もクビにするよ!」


面倒ごとにアスタロト様を巻き込まなくすむ?


平和で、楽しい、あの10日間みたいな日々が、永遠につづく?


アスタロト様とも……


ーマリー、王太子の言葉を信じるな!なんどもだまされてきただろう!ー


ーそうですが、アスタロト様……ー


でも。


わたしの心は、オイジュス悪魔の言葉に揺れうごいた。


わたしは、アスタロト様とのテレパシーの会話に集中している隙をつかれてしまった。


オイジュスは、やおら立ち上がり、構えた剣をよけながら、そのままわたしへ倒れこんできた。


はたから見れば、オイジュスがムリに立ち上がり、バランスを崩し、わたしが反射的に支えただけに見えただろう。


わたし自身も、反射的にオイジュスを支えたと思った。


「危ない!!」


アスタロト様だけが、オイジュスの行動のに気づいていた。


わたしは、体に痛みを感じた。


オイジュスの手に、短剣が握られていた。


わたしは、オイジュスの短剣に胸を刺されていた。


今度は、その反動で、わたしが尻もちをつく形になった。


「マリー!!!」


アスタロト様の叫び声をきいた。


「アっハハぁ!!油断したな馬鹿め。やっぱり女だな」


「わたしは、悪魔よ!こんな傷、なんともないわ!!」


わたしは、立ち上がり、胸に刺さった短剣を引き抜いてみせた。


しかし、わたしは血しぶきをあげ、力が抜けて、その場にへたり込んだ。


自分の視界が、血煙で赤くなる。


いつかの日のバラの鉄柵串刺し死殺されたシーンを、繰り返しているかの様だ。


えっ!?


どうして?


「マリー!!!動くな!!」


アスタロト様の絶叫が響きわたる。


わたしは、もう一度、立とうしても立ち上がれず尻もちをつく。


わたしの非常事態をオイジュスは、ニヤニヤしながら見逃さなかった。


「どうした、マリー。悪魔じゃないのかよ!不死身じゃないのか!?」


オイジュスはニヤリとした。


あいつは、私が落とした短剣を拾い上げ、わたしを刺した。


「死ね!死ね!!死ねぇ~!!!」


何度も、何度も刺された。


オイジュスは、わたしの上に馬乗りになり、メッタ刺しにした。


血しぶきが上がり、小さな肉片もとぶ。


痛みよりも熱い。


どうして?


悪魔は、ではないの?


悪魔にたいする造詣が深くないから、わたしの勘違いだったのかな?


どうしよう……助けて、アスタロト様……。


その瞬間、オイジュスは、高くそらを舞った。


アスタロト様の仕業しわざだった。


アスタロト様はいつの間にか傍らに膝まづき、わたしを抱きおこしてくれた。


ああ、きっと、もう大丈夫だ。


アスタロト様がいてくれれば。


わたしは、助かる。


「マリー、すまない。こんなことなら……」


ーアスタロト様?どうなさったの?ー


「マリー、お前は不死身ではない。我はお前を悪魔に転身させては、いないのだ」


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