第25話 王太子との戦い その2


 多勢に無勢ぶぜい


数でいえば、不利なのは、わかりきっている。


数のうえでの、勝敗は明白だ。


オイジュス王太子側の圧勝だわ。


でも、この場は、多数決がまかり通る議会室ではないのだ。


個々の能力が抜きんでている、アスタロト様とヤギハシさんがいる。


だからこの戦いでは、数の有利なんて、まったく問題にならなかったのだ。


ヤギハシさんの戦闘スタイルは、一見、物腰柔らかに見えるが、慇懃無礼いんぎんぶれいで、不遜な戦い方だった。


つまりは、いつも通りだ。


ひとを喰ったようなような戦闘スタイルだ。


「申し訳けありません。ニンゲンの皆さん、わたくしめが圧倒的に強すぎてすみません」


心にもない謝罪を口にしながら、落ちていたのを、踏んだら危ないからという建前たてまえで拾った剣で戦っている。


けっして、強奪したわけではない。


王太子側の騎士のなまくらな剣も、ヤギハシさんの手にかかると、聖剣エクスカリバーもかくやというほどの切れ味を見せる。


「すみません。ああ~申し訳ございません。こんなに一太刀ひとたちでやっつけてしまいすみません。ああ、金の亡者モブ騎士の皆さん、恨むなら、オイジュス王太子あのバカになんかに雇われた、金に目のくらんだご自身を恨んで下いね」


ヤギハシさんは、バッタバッタとモノともせずに騎士を倒していく。


切られる以上にあの口撃こうげきが耳に痛すぎる。


精神病んでしまうよ。


ヤギハシさんの言うことだけは、ちゃんと聞こうと思わず神に誓ってしまった。


けれどそれ以上に凄かったのは、アスタロト様だった。


悪魔の世界で侯爵の地位をゆうするのは、伊達だてではなかった。


彼のもつ剣のひと振りで、一瞬でぎはらわれていく騎士たち。


恐ろしさのあまりに、アスタロト様に近づかづかないように遠巻きにしていた騎士たちですら、倒されていた。


アスタロト様との戦いには、敵にとっての安全圏というものは、存在しないようだ。


そもそもアスタロト様と闘うということ自体が、無謀なのだ。


アスタロト様と騎士たちの戦力の差は、歴然れきぜんとしていた。


アスタロト様は、桁違けたちがいな戦闘力をお持ちなのだ。


それが、悪魔侯爵アスタロト様なのだと、わたしは改めて理解した。


造作ぞうさもない」


「凄いです!アスタロト様」


アスタロト様が、めずらしくフッとかすかに口元に微笑ほほえみを浮かべたその瞬間、


「マリー様に褒められて破顔一笑はがんいっしょうなさるとは、単純なお方ですね」


五月蝿うるさい!ヤギハシ、今度そんな軽口かるくちをたたいたら承知せんぞ!!」


「あら!?アスタロト様!喜んでくださっているのですか?」


「マリー!喜んでない!嬉しくなんかない!」


ーうん?……照れてる?ー


「照れてないし!慣れてるし!!」


なんだかうれー


「喜ぶなマリー!王太子の姿が見えないぞ!!」


「ほんとですわ!?」


「王太子はいなくても、ワタシはいますよ」


そう言って、わたしにむかって切りかかってくる騎士がいた。


でも、その騎士は、騎士らしからぬ動きをする。


騎士は背後から切りつけたりしない。


騎士の誇りがあるからだ。


ということは、あの殺し屋だ。


「お二人とも、ここは、わたくしめが引き受けます。王太子を追ってください」


わたしとアスタロト様は、顔を見あわせ、おおきくうなずいた。


ー大丈夫だ、ヤギハシなら。ああ見えて性格の悪さも、剣の腕前も一級品だー


プっと吹き出してしまった。


ー笑えるようなら大丈夫だな。マリー、王太子を討つぞ、しっかりつかまれー


アスタロト様に抱えられひらりと空中を飛ぶ。


その力強さに、たおやかな外見のアスタロト様からは、想像できないような逞しさを感じる。


わたしの顔を見ないでほしい。


きっと、真っ赤になっている。


アスタロト様と密着している部分が、熱くなる。


ちらりと見上げるお顔は、わたしのことなど意識していない様子で、いつも通りだ。


ヤギハシさんの先ほどのような軽口に、アスタロト様はわたしのことを特別に思っていると考えてしまう。


わたしは、イチイチ嬉しくなってしまうが、アスタロト様はいつも通りだ。


イケナイ!


いまは、この戦いに集中しなきゃ!


木々の上をゆうにこえてゆく跳躍力。


アスタロト様は、こんな力もお持ちなのだと驚いた。


逃げる王太子の姿を悪魔の力のひとつの超視覚でとらえた。


ーあそこです!ー


ー前に出るー


王太子の逃亡経路をはばむように着地した。


アスタロト様は、オイジュス王太子と前をゆく警護の騎士との間に着地した。


「あら?どこへ行くおつもりかしら、オイジュス王太子!?」


「うっっ!きっ汚いぞ!やっぱり悪魔の力を身につけてるじゃないか!」


「悪魔になっていると、ちゃんと最初に教えてあげたでしょ。どんな技が使えるか聞かなかったあなたが甘かったのよ」


「くっそー」


王太子は、間髪かんぱつ入れずにわたしに切りかかってきた。


ーマリー後ろへ跳躍しろー


ーはいー


アスタロト様のアドバイス通りに動き、王太子の突進を後ろに飛ぶことでかわした。


オイジュス王太子は、大きく前につんのめるように倒れこむ。


「!?」


えっ?


うそでしょ?


かわしただけで、なんにもしてないのに。


ーそいつは、運動神経がよくない。そのうえ、鍛錬のたぐいなんかとは無縁なヤツだー


「マリー!よくも……ぼくに恥をかかせてくれたな~」


「なんにもしてないわよ?王太子アンタが勝手に転んだんでしょ?」


「うるさい!うるさい!!うるさい!!!殺してやる!!!!」


オイジュス王太子は、供の騎士から剣をなかば強引に奪い取ると、わたしに構えて切りかかってきた。



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