第15話 完璧な逃亡劇、再び!!


 気がつくと、馬車がありえないスピードで走っている。


わたしが乗っているのは、ヘスペリデス家の豪奢ごうしゃな馬車ではなかった。


街でみかける辻馬車だった。


あまりのスピードのせいで、空中分解するのではないかと、心配するほどの揺れ方だった。


あまりのひどい揺れのせいで、口の中をかんでしまった。


「何かにつかまっていろ!!」


外の御者台から、男の鋭い声がとんできた。


返事はできなかったが、御者のタロウさんの言葉に従った。


わたしは、なぜか声をかけた御者が、『タロウさん』という名前だとわかったいた。


窓の外をみて状況は即座にのみこめた。


馬にまたがる背の高いシスターに追われている。


女の人?


いや。


だれ?


おそらくだけれど……


「王家からの暗殺者だ!」


タロウさんは、声をはりあげた。


やっぱり。


これで、すべて理解できた。


初夜から一夜明けている!


ヤッター!!


しかも、城から直接逃げたワケじゃなかった!


それは、わたしがいま着ている服が、へスぺリデス家のメイド服だったから理解できたことだ。


ということは、初夜の部屋から脱出し、へスぺリデス家に逃げた。


ここまでは、絶対確定でしょう。


それから、屋敷に到着して、お父様に状況を理解してもらい、和解。


そして修道院へむかっている。


いやぁ~今世は、ここからのスタートかぁ。


だいぶ、時間を進めている。


これは、初めての生存というハッピーエンドが、むかえられそうな予感がするわ。


「修道院へ送り届けたとたんに襲われた!修道院側にも手がまわっていたぞ!!」


う~ん、なろほど。


万策尽きて、万事休す。


バッドエンドは、毎度のことだけれど、今世の終わりは、早かったわ~。


意識が戻って秒だったぁ~。


あぁ~、早かったなぁ~。


「なにを呑気のんきに、あきらめているんだ!マリー!!死ぬのに慣れすぎて、死ぬのが怖くなくなるなど、人間の風上にもおけないご令嬢だな!そんなお前に朗報だ!これから、我らは、我が城へむかうぞ!!」


「えええっ!?」


「国境を越え、デスピオ火山まで行くぞ、マリー!」


「ひええええっ!!」


デスピオ火山はたしか、悪魔アスタロト侯爵の根城のはず。


「もうわかっているのだろう!わが名を!?」


タロウ・アスタロト。


お父様から聞いた、狡猾こうかつな侯爵の位を持つ悪魔の名まえだ。


 窓から、暗殺者をみると、走らせている馬にまたがったままでこちらに向かって矢をつがえている。


矢は、今にも放たれようとしている。


「タロウさん!!矢が!?」


いうが早いが、ほぼ同時に暗殺者は、矢を放った。


わたしが、叫ぶより早く、タロウさんは、巧みなムチさばきで馬車をぎょした。


そのおかげで暗殺者の矢は、馬車のキャビンの窓すれすれの壁に命中した。


ひぇぇぇぇ!


あとちょっとタロウさんの反応が遅かったら、窓を通りぬけた矢に、わたしは射貫いぬかれていた。


暗殺者も、直ぐさま次の手をうってきた。


こちらの馬車に向かって、馬を走らせてくる。


「飛びうつる気だぞ!」


タロウさんの読み通り、馬車に飛び移ってきた。


暗殺者は、窓から身をねじ込んできた。


「見つけたぞ!王太子妃!!」


「ええっ!わたしのことですか!?」


この方は、なんと!


わたしのことを王太子妃だとまだ思ってくれている!?


なんて貴重な人なんだ。


尊すぎる。


暗殺者という後ろ暗い職業のわりに、まじめなお方なんだなぁと見直してしまう。


今や、わたしの『王太子妃』設定を覚えている人は、この方だけなのではないだろうか!?


「ふざけてないで!つかまれー!!!マリー!!!!!」


タロウさんの怒号どごうがとんだ。


怒られてしまいました。


どうやらタロウさんは、わたしの思考がよめるようです。


「マリー!!呑気にするな!!緊張感をもて!!!とにかく何かにつかまれ!!!」


タロウさんの顔は見えないが、こめかみに青筋立てて、怒っているに決まっている。


馬車が、急停車した。


窓から半身を入れていた暗殺者は、したたかに体を窓枠にうちつけた。


もんどりをうちながら、外へところげ落ちた。


わたしは、タロウさんに叱られないように、向かい合わせの席にかろうじてつかまっていた。


わたしは、すぐに窓をみて、暗殺者の次の動きに備えようとした。


真剣な態度で自分の窮地きゅうちにのぞまないと、また、タロウさんに叱られてしまう。


顔も見たことないのに、なんだか怒られるとしょげてしまう。


見知らぬ悪魔なのだから、気に病むことはないはずなのに。


わたしは、自分の気持ちに疑問をいだく。


けれど、暗殺者のうごきに注意をはらう必要は、杞憂きゆだった。


タロウさんは、御者台からヒラリとマントをたなびかせ、暗殺者のうえに飛びのった。


「うっ!!」


うめき声がきこえたが、タロウさんのマントにおおわれ、暗殺者の姿は、確認できない。


ほどなくして、スっと立ちあがったタロウさんの手に短剣が握られていた。


マントの向こう側で、なにがおこなわれたかを察した。


でも、不思議とタロウさんを怖いと思わなかった。


「わが城へ行くぞマリー。馬には乗れるか?」


「すこしなら」


「よし。ヤツの馬を捕まえて城へ向かうぞ」


タロウさは、少し離れた場所から心配そうな目を向けている暗殺者の馬をとらえにむかった。


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