第16話 デスピオ火山城


タロウさんこと、アスタロト様の居城きょじょうは、デスピオ火山と一体化している。


馬で城に近づくにつれ、時間の概念がねじ曲り、昼間の太陽はかくれ、空には星が輝いている。


「いつのまにか夜に?」


「この辺り一帯は、常に夜なのだ」


「どうしてですか?」


「雰囲気作りだ。それらしくしておけば、悪役商売ヴィランビジネスに都合がいい」


悪魔も人間と同じく、見た目が第一なのは、滑稽こっけいだと感じた。


が、ここは我慢だ。


「笑いたければ笑えばいい、マリー。人間相手の商売だ、悪魔だってお客様には気をつかうものだ」


いけない。


アスタロト様は、心が読めるようだ。


そう、タロウ・アスタロト様は悪魔だ。


悪魔と知ってのこのこついてくるなんて、わたしは普通ではない。


でも、それが今わたしがおかれている状況なのだ。


アスタロト様にいくども助けられてきた。


だからこそ、わたしには分かる。


今度こそ、わたしは殺される運命から逃れられたのだと。




 城の入り口に門構もんがまええは見当たらない。


しかし、門番らしき人影がふたつ見える。


近づくにつれ、それはゴブリンだとわかった。


わたしは、内心とても驚いたが平静をよそおった。


けれどよく見ると、人間の門番と同じように、まじめな態度でまわりを警戒していた。


見かけは人間とは違うが、真面目な働きぶりに好感をおぼえてしまう。


≪アスタロト侯爵様、お帰りなさいませ≫


門番のゴブリンは、やや硬めの声でアスタロト様に挨拶をし、一礼をした。


何をいっているのかは、わからなかった。


一礼したその様子から、アスタロト様に挨拶をしたのだと理解した。


≪ご苦労≫


アスタロト様は、同様にわからない言葉で、それに短くこたえた。


目下の者に対して、尊大な態度をとる方ではなかった。


ふたりのゴブリンの目線は、わたしにむいていなかった。


無関心なのかとも思ったが、おそらく、アスタロト様が人間の女性を連れてくることは、よくあるのだと気づいた。


なんか、モヤっとする。


「マリー、驚いて声もでぬか?」


「いえ、見慣れぬ姿の方々ですが、職務にまじめな様子がうかがえて感心しておりました」


「……そうか?すこしは、怖がってもらわないと、悪役商売ヴィランビジネス沽券こけんにかかわるのだが……」


「それよりも、人間の女性を連れてくるのは、わたしが初めてではないのですね」


「どうしてそう思った?」


「門番の二人は、わたしを見ても無反応でした。見慣れているんだなと思いましたわ」


「アイツらはクビだな」


「えっ!?」


「マリーに心の内や思考を読み取られるようでは、悪役商売ヴィランビズネスにたずさわる一員として、不適格だろう?」


「そっそれは、気の毒ですわ!」


「冗談だ。はじめのころよりマリーは、ずいぶんフランクになったな」


フフフと無表情ながら楽し気に笑うタロウさんに、わたしはなんだか安堵した。




 デスピオ火山城かざんじょうの中は、スオカ王国の宮殿と遜色そんしょくなかった。


 馬をつなぐ使用人などもみな人とは違う姿ではあったけれど、門番のゴブリン同様に、勤務態度は真面目だった。


悪魔侯爵タロウ・アスタロト様に仕える者たちは、みな自分の主への忠誠心にあふれている。


そんななか、どこかで見覚えのある執事にあった。


ヤギの姿の執事だ。


巻いている角でヤギとわかる。


服装で、執事と判断できる。


ヤギだけど、ヒツジなの?


お行儀が悪いのだろうけれど、ついついジッと見てしまっていた。


「おやっ?マリー様、もしかしてきづかれましたか?」


雄ヤギの執事は、わたしに声をかけてきた。


この声、このしゃべり方は


「もしかして、へスぺリデス家執事の……」


「ヤギハシです。お久しぶりですね。ああ、今朝、いや、前々々々々……世でしたか?あれ?いつでしたか?まぁ、へスぺリデス家のお屋敷に戻られて以来ですね」


わたしは、あっけにとられてしまった。


「へスぺリデス家にいたときは、人間の社会で生活しやすいように、人間に見えるように術をかけていた。元はこんな顔をしたヤツだ。驚いたか?マリー」


可笑おかしそうにに、アスタロト様が言った。


「はい。でも、ヤギになっても、意外とわかるものですね」


「ハハハハハっ。相変わらず面白い方ですね。安心しました。お変わりないご様子で。改めまして、ようこそおいでくださいました、マリー・へスぺリデス様。どうしても、お嬢様を助けたいと我が主アスタロト侯爵様が申しており、不便ではありましたが、人間の姿になり、へスぺリデス家に潜入しておりました」


「アスタロト様は、前から、わたしのことをご存知だったのですか?」


白皙はくせき美貌びぼうをもつアスタロト様は、紅顔こうがんの美少年さながらの様子で不自然な咳ばらいをし、話をさえぎった。


ヤギハシさんは、笑いをかみころすために、口元を手でおおった。


楽し気な雰囲気は、城のゴシック様式のおどろおどろしさに相応ふさわしくなかった。


「お邪魔させて頂きます」


わたしは、わざと生真面目な態度で、淑女のお辞儀をしてみせた。


ただし、へスぺリデス家のメイド姿なので、さぞや滑稽こっけいだったかもしれない。


「ここは、へスぺリデス家のお屋敷とさして変わりませんよ。人間は、あなただけということをのぞいてわ」


「人間の出入でいりもあるのでしょう?」


ヤギハシは、タロウさんと顔を見合わせた。


「目鼻がきくだろう?」


「前々々々々世は、このような方でしたでしょうか?タイムリープのせいですか?」


「タイムリープ?」


「そうかもな……」


アスタロト様の口が重くなる。


「タイムリープとはなんですか?」


アスタロト様は、初めてわたしの質問を無視した。


「ヤギハシ、マリーを部屋に案内しろ」


「かしこまりました。マリー様お部屋にご案内いたします。まずは、そちらで身支度をととのえましょう」


急に話を変えられてしまった。


『タイムリープ』という言葉は、口にしていけない言葉だったのか。


長い廊下を抜け、ヤギハシさんに案内された部屋には、さらに意外な人物が待っていた。


そこにいたのは、シンシアだった。


「マリー様、積もる話もあるでしょうが、ずは身支度をととのえてください。シンシアさん、お嬢様の御着替えをお願いします。その後、アスタロト様の執務室へマリー様をご案内します。」


「かしこまりました。ヤギハシ様」


「様はいりません。さん付で結構ですよ。様付けは、わが主、アスタロト侯爵様にだけで結構です」


シンシアは、かしこまりましたと短く応えた。


「シンシアさん、私に対する対応が丁寧すぎますが、初日なのでまぁ大目に見ておきます。でも、ここでは、アスタロト様以外は、みな平等です。よそのメイドの作法は、忘れてください」


「かしこま、いえ、わかりました」


「そうです。それで結構です。マリーお嬢様もシンシアさんが、いてくれたら安心でしょうし、女性の身の回りのお世話は、同じ女性のかたがしていただいたほうが、私がお世話するよりアスタロト様も安心でしょう」


ヤギハシがそう告げた後部屋を下がるやいなや、シンシアと再会を喜び、抱き合った。


「マリー様が、修道院へむかわれた後、ヤギハシさんが、旦那様をはじめとするへスぺリデス家の皆様に、アスタロト侯爵の使いだと名乗られました。もちろん、旦那様は驚かれてはいましたが、すぐにご納得なっとくされていました。それから、宗主国までご一家の皆様のお供をする召使と、その場でお役御免やくごめんにする者とに分けられました。わたしは、へスぺリデス家の皆様の世話係として帯同たいどうするよう言われましたが、どうしても、マリー様のことが心配でたまらず、わがままを承知で、マリー様のお世話係になりたいと頼み込んで連れてきてもらいました」


シンシアからさらに嬉しい報告があった。


「ヤギハシさんは、不思議な魔法を使って、へスぺリデス家の皆様と召使たちを一瞬で宗主国まで送り届けたのですよ!!」


「じゃ、みんな無事なのね」


「はい、あのヤギハシさんが言うのですから、まちがいないです」


胸のつかえがとれた。


もうなにも心配することはない。


家族は助かり、わたしも助かったのだ。


それもこれもアスタロト様のおかげだ。


悪魔なのに、なんてお優しい方なんだろう。


「マリー様、そろそろお支度をしないと、アスタロト様がしびれを切らしてお待ちですよ」


そういいながら、シンシアは、部屋にあるクローゼットの扉を開けようと背を向けた。


その後ろ姿に見慣れるモノがあった。


黒い先端が矢印の形の尻尾が《しっぽ》生えている。


「シンシア!それはどうしたの!?」


「えっ!ああ……これはそのう……、ここにいるなら、他の魔物たちに食べられないように悪魔にならないとだめだといわれたんです。そうしないとマリー様にお仕えできないといわれて、悪魔になりました」


「そっそんなシンシア!わたしのために!?」


「いいんです。戻っても、家族のための結婚をするか、よそへ働きにいかないとだめだろうし。それなら、マリー様のおそばでお使えしている方がよっぽど幸せです。……マリー様には、申し訳ないけれど、スオカ王国随一の豪商へスぺリデス家のお嬢様でも、お家のためにあんなダメ王太子様と結婚しないといけないなんて……。女は損ですね。自由に生きていくことがこんなにも難しいですから」


「ダメ王太子様って、そう思ってたの?」


「あっ、そっそれは……」


シンシアは、ハイと消えりそうな声でそう返事をした。


「わたしも、今はそう思うから、安心して」


シンシアは顔を上げてわたしと目が合うと、ふたりで思いっきり笑った。


ひとしきり笑いあってから、アスタロト様に怒られないうちに本腰をいれて支度を始めることにした。


ドレスは、クローゼットにぎっしり詰め込まれていた。


アクセサリーや靴も所狭ところせましと並んでいた。


白を基調とした家具や鏡台は、猫足デザインのロココ調。


そこへ座り、久しぶりだと感じならが、シンシアに身支度を手伝ってもらった。


ドレスは、サテンの紺のドレス。


丈は、すねのあたりの丈。


セーラー襟の白がよく映える。


アクセサリーは、パールの楕円状だえんじょうのイヤリングとそろいのパールのカチューシャをつけた。


サテン生地の紺のローヒールの靴だけれど、甲の部分にキラキラのビジューがリング状にデザインされている。


普段着用のドレスだが、上品で華やかだった。


わたしの好みにピッタリだ。


ヘアースタイルを鏡台にむかって整えていてシンシアと話していた。


「マリー様、とても不思議なのですが、アスタロト様はいったいどんなお仕事をされているのでしょうか?」


「ヴィランビジネスをしていると伺ったわ」


「そんな商売があるんですか?」


「なんでも、敵役として、騎士や勇者にお金をもらって、わざと退治されたふりをするそうよ」


「何のためにですか?」


「そうすれば、騎士や勇者は、武功を得たとして、危険な目に合わずにランクアップできるからだそうよ」


「それって、やらせじゃないですか!?」


「オイジュスはそれで、武功を買っているとお父様もおっしゃっていたわ」


「じゃ、あの勲章の数々はーー」


「張りぼてだったの」


「やっぱりあいつは、お嬢様にふさわしくありません」


「でも、王太子様だから」


「王族だからって、関係ありません。お嬢様にはふさわしくありません!」


ありがとう、シンシア。


「よっぽど、アスタロト侯爵様の方が、ふさわしいですわ」


「どうして?」


「イケメンだし、悪魔なのに優しい方です。マリー様のことをずいぶん心配されていました」


「わたしを?」


「はい。なんでも、安易に助けると、マリーお嬢様のためにならなかったとか」


「助けた?わたしのためにならない?」


「はい。よくは分かりませんが、何か事情がおありのようでした」


「事情?」


「それに、ここにあるものは、ほんの一部だったんですよ。お嬢様の好みをわたしに聞いて、山ほどあったものから選らんだんです。なのにまだこんなにあるんですよ」


「じゃ、もとはもっと」


「はい、クローゼットからあふれて部屋にまで雪崩なだれていました」


「ここに来ることが、わかっていたのかしら?」


「はい、そうでなければ、あんな量の準備はできません」


身支度が終わるころ、タイミングよく部屋をノックする音がした。


ヤギハシさんが迎えに来てくれたのだった。


「マリー様、アスタロト侯爵様の執務室へご案内いたします」


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