第14話 完璧な逃走劇の敗北
なんだか、久しぶりに笑ったり、食べたり、ゆっくり眠れた。
人間らしい生活ができた気がした。
それ以上に、わたしは、とても楽しかったのだ。
タロウさんとの旅も、まもなく終わってしまう。
なんだかんだと言いながら、ここまでわたしを
修道院へ身を隠すことは、本当に安全なんだろうか?
家をでるときには、そんなこと
必死だったからか?
それとも、タロウさんに会うまえだったからか?
タロウさんという頼れる存在は、わたしを気弱にさせる。
こんなことではダメだと、頬をパチパチとたたいて自分自身を
他人に安易にたよれば、死を招く。
これまで、何度もそれで死んできた。
命を狙われているこの状況を考えれば、今は修道院に身を隠すことが、一番の安全策であり、最善策だわ。
山間に消える夕日が、窓から見える。
「修道院には、知り合いか、ツテはあるのか?」
キャビンに通じる小窓ごしの会話は、いまではスムーズなものだ。
「知り合いはいませんが、母が
「そうか……上流階級の奥様方の
「ええ、亡くなられた王妃様が」
そのひとことで、タロウさんの雰囲気がサっと変わった。
「まずいな。オイジュス王太子たちの手が回っているかもしれないぞ」
「でも、社交界では、王太子と王女は
「こんなヒドイことになったのは、神への信仰が至らなかったとか何とかいって、
「言われてみれば、そうかもしれませんね……」
「現に、お前たちがそうしているだろう?マリー、新入りには近ずくな。特にここひと月くらいの間に入ってしてきたヤツは、警戒した方がいい」
「わかりました」
「男子禁制の場所だからな、このまま一緒に行くことはできないが、俺の知り合いをなるだけ早くよこす。それまで、ひとりでがんばるんだ。」
「そこまで心配していただけるなんて、タロウさんは、お優しい方なのですね」
なんだかすごくうれしいかったから、おもわず口をついてでてしまった。
タロウさんの背中が、照れている?
どうしてかしら?
「優しわけなかろう!のりかかった舟だからだ!……それにおまえとは、初めて会った気がしない。」
「
「そうか……これも何かの縁だ……生き延びるんだぞ、マリー」
こちらをちらりとみた深い黒い目に、遠い記憶が呼び覚まされる気がした。
結婚式……門番……御者……。
タロウさん、あなたは本当は誰なのですか?
夕日は、すっかり山影に姿を消した。
暗闇が、本格的な夜の訪れを告げていた。
修道院へとうとう着いてしまった。
もう、タロウさんとお別れしなくてわ。
馬車は、静かに車寄せに停車した。
修道院の車寄せで、出迎えてくれた人がいた。
その人は、ランプを手にしていた。
ランプの明かりだけでは、照らし出すことはできていなかった。
わたしは、近づいて初めてわかった。
到着を待っていたのは、一人の背の高いシスターだった。
タロウさんは、御者台に座り、わたしの後ろ姿を見送っていた。
御者台からでは、そのシスターの異質さはわからなかったかもしれない。
出迎えてくれたシスターにお辞儀をして、名をなのろうとしたが、シスターの一言にさえぎられてしまった。
「へスぺリデス家は、大変なことですわね」
ギクっとした。
「ここまで、うわさが」
「もちろん。不義密通だなんて汚らわしいことですわ」
「悪いうわさです!」
「あら、そうぉ?火のないところに煙はたたないというではありませんか!?」
「そんなことが、真実ではないということは、お世話をしているーー」
「
メイドちゃんって、なんだか変だわ。
話の内容に気を取られて、シスターの異常さに気づくのが遅れた。
このシスター!?
「庇うわけでは……」
距離を取ろうと、わたしは後ずさろうとした。
「そうよね。本人なんだから」
わたしは確信を得たが、おそかった!!!
「さよならマリー。メイドちゃんに化けるなんて発想はよかったけど、残念だったな!!」
わたしは正面から首を真一文字にかき切られた。
血しぶきが、たちのぼる。
視界のシスターが、ニタリと笑っているのが見えた。
このシスターは、男だ。
わたしは切られた反動で、体がクルリと180度まわった。
ひどく驚いた表情のタロウさんが、御者台からとびだした。
「マリー!!!」
彼は、膝からくずれおちるわたしを、正面から抱きとめてくれた。
その感触で、わたしは気づいた。
ああ、そうか。
あなただったのね。
そして、わたしはタロウさんの腕に力ずよく抱きしめられた。
なんて、安心するんだろう。
わたしの首は、力なくガックリと折れ曲がった。
それは、まるで彼の肩に顔をうずめる子供のような姿。
わたしは、小さな子供に戻ったように安心して、タロウさんに全身をあずけた。
次にあったら、わたしはタロウさんのことを疑ったりしません。
疑って、疑心暗鬼にかられました。
タロウさん、ごめんなさい。
でもね、わたしの最後に見えたのがあなたでよかった。
タロウさん、またね。
今度こそ、あなたのもとにたどり着きます。
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