第4話 悪夢の初夜の再来

オイジュス王太子様との婚礼が、終わった。


市民への挨拶もかねて、二人そろって大聖堂二階のテラスから挨拶をすることになっている。


テラスに二人そろって出ると、広場につめかけていた市民たちからお祝いの歓声がワァーっと上がった。


挨拶は、夫であるオイジュス王太子様がなさるので、新妻のわたしは、にこやかに王太子の隣で微笑んでいるだけでいい。


先ほどの声の主の言葉がよみがえる。


所詮しょせん、王太子妃はお飾りでしかないと感じていた。


けれど、この時代にそれは当然のようにも思える。


女性が、先頭に立ち、なにかをなすことは、ないに等しいことなのだから。


窮屈な生き方しかできていないのは、仕方のないことだと思える。


でも、そんなことを今まで考えたこともなかった。


『女は、地位の高い男性と結婚することが、人生の幸福であり、ゴール』だと考えていた。


なのに、婚礼の時のお父様の物言いに、ひどく傷ついたりもしていた。


今までの価値観が、グラグラと大きく揺らいでいる。


でも、いまさら。


辞めることは、できない。


王太子様を見つめながら、そんなことを頭の片隅かたすみでぼんやりと考えていた。


「マリー!王太子の妻として初仕事だ。みんなに君の幸せをおすそ分けしてあげようよ」


「王太子様、何をすれば、よろしいのですか?」


「市民にむけてブーケトスをしよう!!」


「それは、素敵な考えですわ」


オイジュス王太子様に促され、テラスの柵の前へあゆみでた。


フラッと眩暈めまいのような感覚におちいった。


それから、なにかおを忘れている気がした。


思い出せない。


テラスという場所に不安な気持ちが湧き上がる。


どうして?


満たされない感覚と不安な気持ちが、グルグルと渦まいてゆく。


思考と行動がバラバラで、こんなに幸せなはずなのに、むなしい気がしてならない。


その気持ちを振り払うようにわたしは、市民にむかってブーケトスをした。


白い花束は、青い空に映えてちゅうを舞った。


その瞬間、わたしは全てを思い出した。


『今晩、わたしは夫であるオイジュス王太子に殺される』






 頭の中にわたしが殺されるシーンが、次々と浮かんでくる。


毎回、バカの一つ覚えのようにベランダから突き飛ばされている。


何度も、何度も。


同じわたしが、繰り返し突き落とされているわけではない。


全部、違うわたしが、何回も何回も突き落とされている。


どうして、全部違うわたしだとわかるのか。


正直、『わかる』としかいいようがない。


どいう訳かわからないけれど、わたしは今日まで、幾度となくオイジュス王太子に殺され続けていた。


まるで、『今日』という日を繰り返し続けているようだ。


奇妙な感覚だが、なぜか腑に落ちていた。


だからか。


この初夜のために用意された部屋の隅から隅まで、全て知っている。


寝室もそれに続くテラスも白い大理石でできている。


部屋の真ん中には、天蓋付きの大きなベッドが一つだけある。


ベッドには、シンプルな白いシルクの寝具類でまとめられている。


他に調度品は、置かれていない。


でも、色とりどりの花びらが、ふんだんにベッドにちりばめられている。


ここに来るのは、はじめてだが『初めて』ではない。


ここで起こることが、夢や幻覚ではないこともわかっている。


でも、わたしは、何度もここに来たことがあるのだ。


今わかっていること。


オイジュス王太子に、ベランダから突き落とされること。


へスぺリデス家の遺産相続の権利を手に入れるための偽装結婚だったこと。


最後に、エリス王女とオイジュス王太子は、実の姉弟きょうだいでありながら、愛し合っていること。


むなしいく、悲しい気持ちになるが、そんな感情にひたっている場合ではない。


だって、間もなく私は殺されるのだ。


助かるために、何かをしなけらば、今までのわたしと同じように殺される。


わたしは、かつてのわたしとは違う。


今のわたしには、自分自身の意思がある。


そう考えれば、回避するためにできることは、はっきりしている。


『ベランダに近づかない』の一択しかない!!






夜も更けてくるころ、わたしは、緊張感につつまれていた。


初夜だから緊張している風を装いつつも、殺されないようにオイジュスの一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに目を配っている。


肝心かんじんなのは、絶対に誘われても、ベランダには出ない。


三日月がきれいだから眺めよう。


とか、マリーが早くほしくて体が火照っている、夜風でさましたい。


など、鳥肌級の甘い言葉を囁かれても、もはや気味が悪いだけだ。


ゾッとする。


もはや、オイジュスへの愛も尊敬もなかった。


恥じらいの一点張りで、上手くかわし続けているものの、助かる方法は見いだせていない。


ベランダに近づかないの第一目標は、クリアしている。


が、次の一手が思いつかない。


どうやったら、この場から安全に逃げ出せるかが次の課題だ。


朝になったら、気が変わって、遺産殺人をやめるだろうか?


いくども『今晩』遺産目当てで殺されているせいか、今夜さえ乗り切れば、わたしは助かる気もする。


日付をまたぎさえすれば、なんとかなるだろう?


明日になったら、何もかもが劇的に変わる……?


そうだろうか?


朝が来ても、わたしは、助からない気がする。


だって、オイジュスは遺産殺人をあきらめたりしないだろう。


エリスがいる限り、わたしとではなく、彼女との幸せな未来を目指すにちがいない。


わたしは、オイジュスと別れてどうするのか?


いや、そもそも別れたいのか?


小国といえども、王太子だ。


ステータスがある。


ダメだ~!!


嫌な女になっている。


女性でも自立した一個人として生きていきたい。


そんな風に見てもらいたいと望みながら、オイジュスには、本人ではなく彼の環境にしか魅力を感じていない。


自分がされて嫌なことを、オイジュスにしている。


やめよう。


やっぱり、愛はもうないのだから。


尊敬することもできない。


難しいかもしれないが、生きてここを出られたら、自分ひとりで生きていこう。


困難しかないかもしれないけれど。


でも、そこには、何にも囚われていない自由なわたしがいる気がした。


オイジュス王太子とふたりっきりでベッドで、グラスを傾けている。


彼は、色々話しているが、わたしは、すべてがうわの空だ。


「マリー、聞いている?」


「えっ?ええ、もちろん」


「そうかなぁ……ちっとも、ぼくの話を聞いてないよね?……緊張しているの?」


「ええ。……そうなんですの」


「そうか……じらしたら可哀かわいそうかな」


オイジュスは素早くわたしに馬乗りになり、向かい合った。


意味ありげにわたしの頬に触れてくる手!気持ち悪い!離して!


「マリーは、いまが華の盛りだね」


「盛り?」


「そうだよ。清らかな華だ」


わたしの髪の毛をクルクルからめとる。


やめて~気色悪い!!


「マリー、知ってる?清らかな体のまま死んだら、天使になれるんだよ」


「!?」


しまった……!?


「マリー、幸せになろう?君は天使になる。ぼくは、貧乏な王子様から裕福な王様になる」


髪に触れてきている手がスっと私の首にかかった。


やられた!


ベランダから突き飛ばされる、別々の『わたし』だけがいくつも見えていた。


だからてっきり、オイジュスは馬鹿の一つ覚えでベランダから突き飛ばすしかしてないと思い込んでいた。


わたしの首に手をかけたオイジュスが、絞め上げてきた。


「なっなにを……なさる……」


苦しいぃ。


彼の手に手をかけ引きはがそうとしたができなかった。


オイジュスが、締め上げる手に力を込める。


その手に、わたしは無意識にひっかきなんとか手をどけようともがいた。


「やめろよマリー。痛いじゃないか」


言葉と同時により一層締め上げる力がつよくなる。


首のあたりからメキメキっという音が頭蓋骨に響いて聞こえてくる。


足をむやみにばたつかせるも体格差で、上に載っているオイジュスをはねのけることもできない。


「こらこら、おとなしくしろマリー。王太子妃が、はしたないぞ」


意識が、遠のき始めた。


「マリー、苦しまないで死なせてあげる。意識がなくなる、死ぬ一歩手前の仮死状態で、ベランダから落としてあげるよ。だから、痛くないよ。意識がないんだから。そうすれば、イチャイチャが過ぎての事故死だ。間抜けだど、君にぴったりだ。そうエリス姉さまが言ってた。最高に間抜けな王太子妃ねって」


ふたりは、この計画中にわたしを笑いものにしていた。


知りたくなかった。


すくなくとも、わたしは、オイジュスをひとりの人間として尊重しようとしていた。


わたしの意識は、霧散していく。


「一度くらい、味見をしておくべきだったかな」


オイジュスは、そんな価値もない、最低ヤツだと思いしった。



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