第5話 反撃開始


スッと意識が、鮮明になった。


わたしは、目をまたたかせた。


体が馴染なじんでいく感覚がする。


頭の中に『今世でのわたしの記憶』が、走馬灯のようにながれていく。


が、次の瞬間、強い力でグイグイと強引に、自分の体が押されている感覚とリンクする。


只今、わたしはオイジュスと初夜専用部屋のベランダで、もみ合っている真っ最中だった。


さっきの続きかしら?


突き落とされるまえに、意識を取り戻したの?


(ちがうよ。)


ああっ!違うの!!


また、ダメだったんだわ。


あのまま、オイジュスが言った通り、意識を失った『さっきまでのわたし』は、バラの鉄柵めがけて落されたんだ。


恐怖を感じなかっただけ、今までよりましかしら?


そんなわけないじゃない!!


わたし!!!


首絞められて、苦しかったわ!


殺される恐怖があったでしょ!


自尊心を傷つけることも言われたわ!!


わたしのバカ!お人よし!!


……うん?(ちがうよ)って誰が言ったの?


「やっと静かになったか、手こずらせやがって。観念する気になったか!?」


ハァ~!?何言ってのコイツ!!


「それどころじゃ……ないのよー!」


いままで、口ごたえひとつしてこなかったわたしの変貌ぶりに、驚いたのだろう、オイジュスは、ギョッとした顔をした。


「なっ、なんだよ急に!?生意気な女め!!」


誰?誰の声?妙に説得力のあるバリトンボイス。


「うるさい!黙れ、オイジュス!今思い出そうと……」


オイジュス王太子様への尊敬は、微塵みじんもない。


きっと、どこかの世界線のわたしの中に置きわすれてきたらしい。


「だったら、お前が、静かになって、死ね!!」


オイジュスは、力の限りわたしを正面から押した。


「馬鹿にしないで!毎回毎回、このワンパターンの単細胞が!!」


口ごたえ耐性たいせいゼロのオイジュスが、一瞬ひるんだ。


アイツの何かに対する劣等感を、激しく刺激したらしい。


清らかな身のわたしには、全く理解できませんが、効果は十分あった。


わたしは、アイツがひるんで、力が抜けたその一瞬を,見逃さなかった。


こっちは、遺産目当てで殺されそうになっているんだから必死なのよ。


お上品なお育ちのお嬢様のわたしが、こんな粗野な口をすき好んできくわけがありませんことよ。


わたしは、オイジュスから離れるのではなく、反対にアイツの体に抱き着いた。


オイジュスは、意外なわたしの抵抗に驚きっぱなしだ。


「何するんだ!?」


必死にしがみつく私を引きはがそうとする。


「離れろよ!マリー」


「絶対にイヤ!!」


わたしは殺されたくないんだから、ありとあらゆる抵抗をしていくわ。


「抱き着くなよ!エリスお姉さまに素敵だとめられた礼服が汚れるだろ!」


「エリスが褒めたのは、あんたじゃない。その服をきた『王太子』という立場ステータスによ!」


「黙れ!黙れ!!クソ女!!!お姉さまの俺への愛を侮辱するな!このブス」


オイジュスを切れさせることに成功した!


怒らせれば、いかに屈強な男といえども、隙を突くこともできると思いついたからだ。


エリスを引き合いに出せば、彼を怒らせることは、簡単だと思った。


狙い通りではあったが、胸がチクリと痛んだ。


その痛みにいまは、かまってはいられない。


生きるか、死ぬかの瀬戸際せとぎわだから。


冷静さに欠いたオイジュスの動きは大振りで、隙をつくのが容易たやすかった。


引きはがしたいオイジュスは、上半身を大きくそらした。


アイツの体のバランスが不安定になったのを感じた。


下半身が、ブレブレになっている。


その隙をわたしは、見逃さなかった。


クルッとわたしとアイツのポジションを入れ替えた。


つまり、オイジュスが、ベランダの手すりを背にする態勢になった。


やったわ!!今よ!!!


間髪かんぱつ入れずにわたしは、全体重を勢いよく彼にかけた。


オイジュスの重心は、ベランダの外へ大きくかたむいていた。


オイジュスは、簡単にバランスを崩し、わたしもろとも地面に落ちていった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」


はからずも、夫婦で初めての共同作業は、落下中の悲鳴だった。


今回もやっぱり、『バラの鉄柵串刺し死』かと覚悟した。


が、今までと違うことがあった。


地面にたたきつけられる衝撃が、あったのだ!!


「うぎゃぁぁぁぁぁ!!」


叫び声をあげたのは、オイジュスだけだった。


落ちた先にバラの鉄柵は、なかった。


どうしてなかったのか?


わからないが、わたしにとってはラッキーだ。


ささやかな変化だが、これまでのわたしたちにとっては、大変化だった。


しかも、オイジュスが下敷きになり、わたしはほぼ無傷だった。


神様!ありがとう!感謝します!!


「うううっ……クソッ……」


オイジュスは、背中の激痛に身もだえていた。


ろくに受け身もとれていなかったし、わたしの軽いとはいえ全体重がのっていたのだ。


「オレを助けない……気か……?だれっ……か」


地面で、うめいているオイジュスを見ても、助けなきゃという気に全くならなかった。


こうなってくると、不思議に思う。


あんなに何度も何度もあの部屋のベランダから突き落とされ続けたのは、どうしてか?


今のわたしと過去のわたしたちの差は、なんなのか?


ささやかでも、どうして状況が変化したのか?


見たくないものを、見ようとしていなかった過去のわたしたち。


見たくなくても、殺されかけているから見ざるおえなかった、今のわたし。


自分で、生きることを選んだことが、大きかったのか?


盲目的な生き方しかしてこれなくても、死にたくなかった過去のわたし達の集積が、今のわたしがいる世界を作っているのだとしたら、弱かった過去のわたし達がいた意義は、確実にあったのだ。


原理も、システムもまったくもって不明だけれど、わたしは、大いなる存在に生きるチャンスを与えられているのかもしれない。


だとしたら。


彼を見下ろして、勝利を確信した。


これで、助かる。


現実と向き合ったから、ささやかでも、助かるチャンスを手にできたのだ。


生きるためのこのチャンスは、絶対に掴む。





初夜のための人払いがしてあっても、さすがにこんな騒ぎでは、衛兵たちが飛んできかねない。


わたしは、痛みに悶え苦しむオイジュスに背を向け、一目散いちもくさんにその場を離れた。


目指すべきは、生家せいかよ。


たどり着けば、なんとかなる。


わたしは、マリー・へスぺリデス。


豪商へスぺリデス家の後ろ盾があれば、なんとかなるに決まっている。


今世の夜空には煌々こうこうと輝く三日月が、暗いはずの夜道をてらしてわたしの今世でのウィニングロードを指示しているようだ。


いつかのわたしは、三日月が雲に隠れて薄暗かった中、たったひとりで息絶えた。


でも今のわたしは違うんだ。


月明かりの明るい夜道を、意気揚々と生家にむかってひた走る。



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