第2話偽り

始めたきっかけが何だったのかは、覚えていない。

オレは、物心がついた頃には将棋、チェスのボードゲームにハマっていた。

ハマった理由は簡単だ。

相手の思考や戦術を読み抜き、また、時には駆け引きで相手を出し抜き、勝利することが快感だったからだ。


小学校へ上がる頃には、インターネットを通じて、世界中の人と対戦するようになった。

中には、明らかにプロだろうと思えるくらい強敵もいたが、負けて学ぶことも多く、夢中になり、毎日のようにインターネットで対戦するようになった。


中学校へ上がった頃、オレは、数人のプロと仲良くなり、個人的に勝負を行って教えを乞うようになっていた。勝率は低いもののプロにも勝てるようにもなってきていた。

また、その頃、中学校で知り合った友人がオレの影響で将棋にハマって、一緒によく勝負していた。友人は、全くオレに勝てないが、それでも楽しいと言ってくれてよく勝負をして笑っていた。


高校生の頃は、すでにプロと互角に渡り合えるくらい力を付けており、プロの友人にもプロの世界に来ないかと誘われるくらいになっていた。

最終的にオレは、その誘いを断り、普通に大学へ進学することに決めた。



目が覚めた時、最初に視線に入ってきたのは、オレにスキルを授けた彼女の顔だった。


彼女の顔は、どこか幼さも残しつつ、美しい顔をしている。高校生くらいの年齢だろうか。

彼女の髪は、白藍色の美しい髪をしており、オレを覗き見る瞳も綺麗な青色の瞳をしている。

胸は、主張が少し控えめのようであるが、非常に優れた容姿をしている。


「———目が覚めたようね」


オレが、彼女の顔を見ていると、目が覚めたことに気付いた彼女が話しかけてきた。


「———君は、誰だい?」


「貴様ッ、なんだ、その失礼な態度はッ! 王女殿下に失礼であろうッ!!」


オレが、彼女の名前を聞くと、彼女の後ろにいた大柄な男から怒声が飛んできた。

今は、兜をしていないが、彼女を守っていた騎士のうちの一人のようだ。


「かまわないわ」


「し、しかし…」


「私は、かまわないと申し上げました」


騎士は、渋々といった感じで引き下がった。


気絶から目を覚まし、漸く頭も回ってきた。

騎士が言う限り、目の前の彼女は、王女様のようだ。

先ほどの一戦で、身なりに多少の汚れがあるが、中世の令嬢が着るような良い服を着ている。

高校生くらいの年齢なのに、落ち着いた様子でオレに話しかけてきた。


「ねぇ、まずは、あなたのことを教えてくれる? 私はあなたの、マイロード、だったかしら?」


「———やめてくれ、恥ずかしい。ちょっと変なテンションになっていただけだ…」


オレは、さっきのことを思い出し、急に恥ずかしくなった。

異世界に転移し、可愛い女の子に私の騎士にすると言われ、その上、強いスキルを授けられたら誰でもテンションが上がってしまうだろう。変なことを口走っても仕方ない…そう、仕方ないんだ。

失っていた中二病が少し再発してしまった気持ちだ。


「まぁ、いいわ。それで、あなたのお名前は?」


「———イトウ タロウ。年は二十二。この世界に来たばかりの若輩者です」


「そう、 君っていうのね。年は、二十になるのかしら?」


彼女は、口に手を当てながらクスクスと笑い、聞いてきた。


「なっ! なぜそれを!」


「貴様ッ、失礼な態度にとどまらず、王女殿下に嘘までもッ!」


先ほどの騎士が、オレが嘘をついたことに気付いて、再び怒声を浴びせながら近づいてくる。

それを、王女が手で制して下がらせる。


「素性のわからない者に対して、簡単に自分の情報を渡さない判断力は評価しましょう。ですが、あなたは私の騎士となったのです。主君である私に、……いえ、ユアロードである私に誠意ある対応をお願いしますね」


彼女は、楽しそうに笑いながら言った。


「す、すみません、それはもう勘弁してください。指摘されたとおり、本当の名前は、鈴木 紫苑で、年は二十です。この世界に来たばかりなのは本当です」


オレは、正直に自分のことを話すことに決めた。

この世界には、魔法やスキルがあるのだ。相手の情報を見抜く魔法やスキルがあっても、何ら不思議ではない。この世界に対する認識が甘かった。

目の前の彼女からは、悪い雰囲気が感じられないし、オレのことを騎士にしたくらい悪いようにはならないだろう。


「それで、シオン君は、なぜさっきの場所にいたのかしら?」


「———本当に気が付いたらこの世界にいて、訳もわからず歩いていたら君たちに遭遇したんだ」


オレは、周囲のことを見渡しながら答えた。

どうやらオレが気絶している間に、さっきの戦闘場所からは、移動したようだ。

その場所でいたら、追手がやってくると判断して移動したのだろう。

ここは、周囲が木々に覆われており、身を潜めるのには最適だったのだろう。


「それじゃ、私たちが出会ったのは運命ねッ!」


彼女は、嬉しそうに手を合わせながら、そう言った。

よくわからない状況だけど、彼女の笑顔は、普通に可愛い。


「どういう状況か教えてもらえない? なんで追われていたの?」


「まぁ、待ちなさい。まずは、シオン君のことを私たちに教えてちょうだい。さっき、私のスキルで、ユニークスキルが手に入ったと思うけど、戦闘で使った二つだけ?」


「———手にいれたスキルは、≪蜃気楼≫と≪魔之創造≫の二つ。≪蜃気楼≫は、相手に幻を見せたり、姿を変えたりする力で、≪魔之創造≫は、魔法を一つ創造して、一度だけ使える力だけど、両方とも何でもと言うわけにはいかないみたい」


「そう? それならスキルの検証が必要ね。それで、ユニークスキルとは別に通常のスキルは何か持っているのかしら?」


「他にスキルは、……持っていないと思う。正直なところ、自分ではよくわからない。≪蜃気楼≫と≪魔之創造≫は、スキルが手に入った瞬間、頭に自動的にインプットされるように能力についても理解できたんだ。通常のスキルも同じなら、何も持ってないと思う。——そうだ、オレの名前がわかった力で、オレが他にスキルを持っていないかわからないかな?」


彼女は、顎に指を当てて、少し何か考えているようだ。


「———ん~…、会話の中で、さり気なく私たちの力について探りをいれてくるのは流石かな。まぁ、今後の信頼関係の構築のためにも、正直に答えましょう。残念ながら私のスキルでは、シオン君が持っているスキルを看破することはできないの」


そう答えるのと併せて、通常のスキルは、先天的に備わっている場合もあれば、後天的に身につけることもできることを教えてくれた。努力次第で、色々なスキルを身につけることは可能のようだ。


それにしても、オレの思惑が彼女に見透かされているようで、何となく悔しい。

どうやら、彼女は、頭の良いお姫様のようだ。


「それで、この世界に来たばかりと言ったけど、いつ来たの? この世界のことはどこまで知っているの?」


「来たのは、今日だよ。だから、この世界のことは全然わからない」


「そうなのね。それじゃ、この世界に来た時、周りには誰かいたかしら? 例えば、祭服をまとった聖職者とか?」


「いや、誰もいなかった。人どころか建物も何一つない平野に、いきなり立っていたんだ」


彼女は、また顎に指を当てて、何か考えているようだ。いや、情報を整理しているといったところか。

それじゃ勇者の線は薄そうねとか、ボソボソ呟いている。


「それで、シオン君が、元いた世界は、なんていうのかしら?」


「地球だよ。聞いたことあるかな? ないよね?」


「いいえ、聞いたことがあるわ」


これは、予想外の答えだ。知っている人がいるということは、オレ以外にも地球から転移している人がいるかもしれない。それに、地球に戻る情報もあるかもしれない。

何にせよ、希望が持てそうだ。


「本当に! それじゃ地球の戻り方について何か知らないか? 知っていれば教えてほしい」


「残念ながら、それは知らないわ。人族の勇者が、大規模な召喚魔法で、地球から召喚されると聞いたことがあるの。ただ、シオン君のように召喚魔法とは関係なく、地球からこの世界に来る人もいるとは聞いたことがあるわ」


彼女は、首を振りながら、そう教えてくれた。


「そうか、ありがとう…」


残念ながら、地球への戻り方はわからないようだ。異世界に転移して、少しワクワクしている自分もいるが、やはり帰れることなら帰りたい。

地道に地球に戻る情報を集めなければならないようだ。


「これは、噂程度の話だから聞き流してほしいのだけれど、———魔王を倒したら、元の世界に戻れるって聞いたことがあるわ。本当に噂程度だから真剣にしないでね」


彼女は、項垂れているオレに向かって希望を持たせようなのか、そう教えてくれた。


「いや、ありがとう。戻れる可能性があると知れただけでも希望が持てる」


「そう? それなら良かった。それに私の騎士になったのだから、ちょうどいいわよ」


「え? それは、どういうこと?」


「だって、私の目的は、魔王への復讐だから」


彼女は、笑顔でそう言った。

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亡国の姫と建国の幻王 雪下 ゆかり @yukishitayukari

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