亡国の姫と建国の幻王
雪下 ゆかり
第1話 目覚め
————周囲を見渡してみると見覚えのない風景が広がっていた。
さっきまで電車に乗り、いつも通り大学に向かっている最中だったはずだ…。
電車からぼうっと外を眺めていて、太陽の光に眩しさを感じ、一瞬目を閉じて、開いたらここにいた。
思考が停止するとはこういうことを言うのだろう。あるいは茫然自失というのだろうか。
しばらくの間、その場から動けず、ただ周囲を見渡しているだけだった。
「ココはどこだ?」
周囲を見渡しながら呟く。
さっきまでいたはずの都会とは異なり、周囲には何もない。
建物は、何一つ見たらず、少し離れたところに森林が見えるくらいだ。こういうのを平野というのかな?と少し呑気なこと考えられるくらいには落ち着いてきた。
ポケットから携帯を取り出して確認してみるも圏外と表示されており、位置情報サービスは使うことができない。
電柱があれば、それを道伝いに歩いていけばいいのだが、そういったものも見当たらない。
「はぁ、さて、どうしたものか———」
小さくため息を吐き、少し考えた後、森林が見える方向とは、逆の方向に歩いていくことに決めた。
そっちの方から視線を感じるというわけではなく、単に知らない森林を一人で彷徨うことは危険だと判断したからだ。
幸い太陽は、まだ昇っている最中だ。日没までには時間的余裕があるだろう。
そう思い、リュックを片手に歩き始めた。
◆
念のため携帯の電源は切っており正確な時間はわからない。初めて腕時計をしておくのだったと後悔した。
代わり映えのしない平野をひたすら歩き続け、たぶん1時間くらい歩いたところで、街道が見えてきた。いや、道として現在も使われているか怪しいので古道と呼んだ方が適切か。
歩いていれば一人くらい誰かに出会えるだろうと安易に思っていたが、結局、誰にも出会えていない。
なんにせよ、道を見つけたことでオレは少し安心した。距離はわからないが、とりあえずこの道を辿って行けば街には着くだろう。歩いていれば誰かに出会えるかも知れない。
街に着いたら、交番を見つけて事情を話してお金を貸してもらおう。
気が付いたらこんなところにいましたって説明して、ちゃんと話を聞いてくれるかなとか呑気なことを考えていた。
しばらく道沿いに歩いていると、砂煙を上げて何かが近づいてくる。
段々とその影が大きくなってくる。
「なんだ、アレは?」
だいぶ近くまでなると装飾のされた馬車に、数騎の騎馬がはっきりと見えてきた。
馬車と騎馬は何かに追われているように、猛スピードでこちらに向かってくる。
ようやく会えた人に声をかけるか迷ったが、何か怪しい雰囲気を感じて、見つからないように近くの岩陰に身を隠した。
そこで様子を観察していると、馬車と騎馬の後ろから、十騎ほどの騎馬が追いかけて来ているのが見えた。
やはり馬車の方がスピードは出ないようで、ちょうど隠れた岩辺りで追いかけてきた騎馬隊に捕まった。
追いかけてきた騎馬隊の人が、もう諦めろと片言の言葉で叫んでいるのが聞こえてくる。
逃げていた騎馬隊の人は、フルフェイスの兜をしており顔が見えない。対して、追いかけてきた騎馬隊の人は、小さい角がおでこより二本生えており、肌も緑色をしている。漫画とかでみるゴブリンやオークを連想させられる姿だ。乗っている動物もよく見ると馬ではなく、豚のような顔をしている不細工な動物だった。
こんな場面、アニメや映画でしか見たことがない。よくメイクされているなと思いながら観察を続ける。
それじゃ撮影中だろうし、これが終わるのを待って出て行こうと考えた。
逃げていた方も諦める様子はなく、剣を抜刀し対抗する構えだ。
馬車からはメイド姿の女性が二人降りてきて、ナイフを片手に騎兵と一緒に馬車を守るような形で陣を取る。
騎兵三人、メイド二人、御者一人に対して、相手は十人の化け物だ。
人数差もあるし、こりゃ化け物側の勝利かなって思いながら様子を見守る。
化け物側の一人が突進し、戦闘が開始される。
思っていた以上に騎兵一人ひとりが強く、一対二でも上手く戦っているが、メイド二人と御者は予想通り弱く、すでに傷だらけである。諦める様子はなく懸命に戦っている。
オレは、撮影って迫力があるなと考えながら、携帯に電源を入れていた。邪魔にならない範囲で撮影して、後で友達に見せて自慢してやろうと考えていた。
携帯に電源がつきカメラを起動させ、シャッターを切った。
——パシャ!
小さい音だったが撮影音がその場に響いた。
戦闘に参加せず、少し後ろで様子を見守っていた化け物がシャッター音に気付き、こちらに向かってきた。明らかにこの岩陰に誰かいることがわかっている様子で警戒しながら近づいてくる。
———仕方ない、オレは、撮影の邪魔をしてしまったことを素直に謝罪しようと思い、岩陰から姿を出した。
「すみません。撮影の邪魔を—————」
お腹が焼けるように熱い。少し遅れて激痛が走ってくる。
化け物は、オレの謝罪など聞かず、騎乗よりオレを槍で突き刺したのだ。
オレは、激痛でお腹を押さえながら、その場で倒れこんだ。手は、ぬるりとした感触があり、真っ赤に染まっている。
「ダレダカシラヌガ、オワリダ!」
化け物が、片言の言葉で終わり宣言する。
なんだよ、コレは————。
オレは、意識が朦朧としている中、馬車から一人の女の子が降りてこちらに走ってくるのが見えた。
「———やめなさいッ!!」
彼女がオレを守るように覆い被さる。
化け物は、とどめを刺そうとしてきた槍を引っ込める。
「ドケッ! オマエハ、イカシテ、ツレテコイッテ、シジダ!」
そんなことを言っている化け物の言葉を無視し、彼女はオレに話しかける。
「聞こえますかッ? 生きたいなら全てを捨て、私に忠誠を誓いなさいッ! 全てを捨て忠誠を誓う代わりに力を授けますッ!」
———訳がわからない。頭の中が痛いとしか考えられず、思考ができない。
でも、死にたくないッ! こんな訳がわからないところで死にたくないッ!
「……生き…た…ぃ……」
精一杯、声にならない声で、オレは言った。
「忠誠を誓いなさいッ!」
「……ち……か…ぅ…」
彼女は、薄く笑った気がした。
「オイッ! いい加減にしろッ!」
騎獣から降りた化け物は、彼女の腕を取り、無理矢理オレから引き離した。
「もう遅い———、ダウト国、マリィフル=リ=シルヴィアーナが命じるッ! 彼の者を、我が騎士に任ずるッ! ≪我之騎士(ナイトオブナイツ)≫ 」
その瞬間、オレと彼女が青白い光に包まれ、彼女への忠誠を引き換えに異能の力を手に入れたことをオレは理解した。
「オマエ、ナニヲシタッ?」
化け物が、彼女に問いただすも彼女は何も答えない。
何か異変があったことを感じたのか、他の騎士や化け物も戦闘をやめ、こちらの様子を伺っている。
彼女は、オレを見て、一言こう言った。
「我が騎士よ、敵を殲滅せよ」
「———イエス、マイロード」
オレは、腹の傷を回復させ立ち上がる。
オレは、理解した。ココは、地球でない、別の世界なのだ。
それも魔法が存在する、剣と魔法の異世界なのだと———。
彼女への忠誠と引き換えに得た力を連続で発動する。
「———≪
≪
もう一つの力である≪
二つのスキルを手に入れた瞬間に、そういう能力だと理解した。
まずは、≪
また、≪
創造を願った魔法は、化け物全員が爆発する魔法であったが、何も発動されなかった。
オレの力が足りないのか、他の要因があるのか、いずれにせよこの力にも制限があるようだ。
検証は後でするとして、まずはこの状況を解決することだ。
オレは、再度、≪
今回、願った力は、王道の力≪身体強化≫だ。それも可能な限り強くなるように願った。
その力は無事に発動されたようで、オレの体が淡く光色に輝いている。
身体も軽く、何でもできるような万能感のようなものが感じられる。
——恐怖はある。
しかし、せっかくの異世界、せっかくの力、試してみたいと思うのは仕方のないことだろう。
オレは、まだ状況を理解できずに周囲をキョロキョロ見渡している化け物に向かって踏み込んだ。
化け物は、反射的にオレの方を見るが反応が遅い。
オレは、槍を持っている腕を全力で殴って槍を奪い、化け物の喉を一突きする。
身体強化のおかげか、難なく貫通させることができた。
残りの化け物も、オレ以外の者の姿が消えて、困惑した顔でオレの様子を伺う。
「背後から斬れッ!」
その瞬間、化け物三匹が背後から斬られ、血しぶきをあげながら倒れる。
オレの言葉をすぐさま理解し、姿が消えている騎士が化け物を斬ってくれたのだろう。
化け物は、突然のことで慌てふためいている。
オレは、槍を片手に突進し、化け物との距離を縮める。
化け物は、慌てふためきながらも、突進してくるオレを迎撃する姿勢を取った。
姿が唯一見えるオレにだけに注意しているようだ。
化け物は、突然のことで正確な状況判断ができていないのだろう。
それならば、オレは囮として立ち振る舞おうと決め、わざと槍を大きく振り回し、化け物の注意をさらに向けるように行動した。
化け物は、オレに注視したところで、さらに三匹、後ろから騎士の強襲を受けた。
化け物の注意がそっちに向いた瞬間、オレはさらに踏み込むを強くして接近し、槍で化け物の胸を貫いた。
その後、残りの化け物も数の優位性も失い、そのまま何もできずに、オレと騎士達にあえなく倒された。
戦闘が終わると、≪身体強化≫の力が解除され、オレはそのまま倒れこんだ。
身体強化の反動がきたようで、手足が震えて、全身が酷い筋肉痛のようだ。
それに、オレを殺そうとした化け物とはいえ、殺した感触が思い出されてきた。
どうやら戦闘中は、身体強化の力で何も感じないように精神も強化されていたようだ。
オレは、異世界に転移した疲れや戦闘の疲れからか、倒れたまま意識が暗い闇へと落ちていった———。
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