第10話

 ここから先は、私のしたことではありません。私が言って、私がやりましたが、私はそれをただ見ていただけです。叫ぼうとしても、もがこうとしても、私の体は反応してくれませんでした。そして意思とは無関係に動いていたんです。


 ヘビオは変化した私の顔と声に驚いていました。そして、また戻ってきたのか、今まで出てこなかったのにと、震えた声でつぶやきました。そうです。彼ではなかったんです。彼も私と同じ目にっていた被害者だったんです。


 返せ、さもなくばお前の血をもってつぐなえ、と私は言いました。物凄い怒りというか、うらみが込み上がるのを感じて、ヘビオの腕を握りしめていました。握っている私の指が折れそうなほどでした。ヘビオは泣きそうな顔になって、僕が何をしたんだって、おまえは誰なんだって声を上げました。だから私はこたえました。


 俺は巳ノ山みのやま石泉いしずみ神社にまう、宇迦耶うがやの神、富と財の神、蜷局とぐろを巻く蛇の神。おまえは我がやしろに捧げられた財を奪った。許しがたい罪を犯した。


 それを聞いてヘビオの顔色が変わりました。財を奪った? 罪を犯した? 僕が? 石泉神社なら昨日もお参りに行った。本殿の前で頭も下げて、柏手かしわでも打った。作法さほうがおかしかったのか? ちゃんと賽銭さいせんも入れて……あ、あの賽銭のことか? ヘビオは何かに気づきました。


 私は彼をにらんだまま、口も動かさずにそうだと伝えました。彼は首を振って言い訳を始めました。あの五円玉のことか。あれは盗んだんじゃない、拾ったんだ。拝んで頭を下げたら見つけたんだ。賽銭箱の中じゃない。下に落ちていたんだ。だから僕は、それが神様からの贈り物だと思って。大事な商談があったんだ。だから景気けいきづけにもらって財布にしまっておいたんだ、と。


 私は言いました。賽銭は俺に捧げられたものだ。俺はあがめる者には財をもたらす。さげすむ者には害をもたらす。盗人ぬすっとには何も与えん。お前には罪を償わせると。でもヘビオはそれでも言い返しました。たった五円だ。五円じゃないかって。それでこんなに付きまとうのはひどいじゃないかって。


 馬鹿な人です。愚かな泥棒です。私には蛇神の怒りが心の底から理解できました。金額の問題じゃないんです。俺の物を奪ったことが罪なんです。神域しんいきでは一円玉だって、石ころ一つだって持ち帰ってはいけないんです。罪を犯したこいつが罰を受けるのは当然です。血を捧げ、死をもって償わなければいけないんです。


 だから私は、ヘビオをホームから線路へ突き飛ばしました。


 そのあとすぐに、特急列車が目の前を通過しました。


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